『狭き門をこじ開けろ!』第4話 NASA大混乱とライバル国の勘違い
ブラックアウトの数時間を経て、受信された最新の画像データがメインモニターに映し出された瞬間、NASA管制室のスタッフたちは我が目を疑った。
「おい、何が起きているんだ……!?」
「レイチェルが……あの徹底的な男性嫌いで、握手すら拒んできた鉄の女が、マモルの膝の上に頭を乗せて幼児のように丸くなっているぞ!」
「エリックはどうした!? なぜ床に正座して、マモルの一挙手一投足を手帳にメモしているんだ!?」
管制室が文字通りのパニックに陥るのも無理はなかった。
ブラックアウトの数時間、船内で何が起きていたのか。リアルタイムの映像や音声は一切届かず、ただ沈黙した宇宙船の機体データだけが送られてきていたからである。ブラックアウト中の詳細な船内記録は、宇宙船が地球に帰還するまで回収できない。つまり、何一つ理由が分からないまま、画面の向こうのパワーバランスだけが完全に激変しているのだ。
画面の向こうでは、完全に再起不能となってピュアな人格に生まれ変わったレイチェルが、マモルの服の裾を掴んで離さずにいた。マモルはマニュアル通りに彼女の頭を優しく撫で、介抱している。
そしてエリックの熱狂ぶりに困惑したマモルが「とりあえず自分の仕事に戻ってください」と促すと、彼はしぶしぶ自分の担当業務へと戻っていった。しかし、船内の行動についてなぜかマモルに一々お伺いを立てていた。マモルが穏やかに頷くたびに、深く感銘を受けたような真摯な表情を浮かべるその姿は、完全に主従関係のそれだった。
混乱するNASAからの矢のような問い詰めに対し、ジェイコブ船長と機関士トーマスが通信に応じたものの、その内容はまったく要領を得ないものだった。
「俺たち軍人出身者には理解できない、超常現象が起きた」
「地球までの運行は二人でなんとかオペレーションできる」
これらの異常事態を受け、NASAの誇るスーパーAIが即座に現状の分析を開始した。
もともと、このブラックアウトのタイミングでドッキリをカミングアウトせよ、と指示を出したのはこのAI自身だった。AIのシミュレーションによれば、ネタバラシ後の展開はおおむね三つのパターンに予測され対策済みだった。
パターン1。マモルが絶望して職務をボイコットする。
パターン2。マモルが激怒してクルーを激しく糾弾する。
パターン3。マモルが気まずさから、後半戦の航期をより一層従順に過ごす。
しかし、送られてきた最新の映像は、そのどれでもなかった。ブラックアウトの間に一体何があったのか。カミングアウトしたはずのクルーたちが精神的に支配され、標的だったはずの日本人が穏やかに君臨している。
予測不能のバグに直面したNASAが誇るスーパーAIは、原因分析のためにあらゆる可能性を探り始めた。メインサーバーの冷却ファンが悲鳴を上げ、天文学的な規模の計算リソースを消費した挙句――不気味な沈黙と共にフリーズした。
*
一方、NASAのデータをリアルタイムで傍受していたライバル国のスパイ組織もまた、凄まじい大混乱の渦中にいた。
彼らはそもそも、半年前から始まった宇宙船内の「番長システム」という独自の人間関係が、NASAの仕組んだただのドッキリだとは知らない。密かに傍受した映像のなかで、クルー全員が高度な緊張感を保ちながら日常業務を完璧にこなし、極めてスムーズに船内を運用している姿を見て、これを長期宇宙飛行における生産性を極限まで高める「画期的な最新システム」だと本気で信じ込んでいたのだ。
しかも、ブラックアウトのせいで電波が遮断されていたため、彼らはクルーたちがマモルにドッキリのネタバラシをした経緯を一切知らない。
そんな状況で、交信が再開した瞬間の船内映像を見たスパイ組織の幹部たちは、凄まじい衝撃に絶句した。
「……バカな。船内カーストが完全に逆転している……!」
「影番としてトップに君臨していたあの冷酷なエリックが、新入りの日本人に心服し、一々お伺いを立てているぞ!」
「ナンバー2のレイチェルにいたっては、完全にマモルに手懐けられて赤ん坊のようになり、彼にすがり付いている……!」
幹部たちは、冷や汗を流しながら一つの恐るべき結論に至った。
あの東洋から来た大人しい男、マモルは、お飾り船長や狂暴なクルーたちをすべて裏から操り、地球との電波が切れたブラックアウトの闇に紛れて、組織を完全掌握した「底知れない怪物」だったのだ、と。
指示通りに動いていただけの男が、最先端AIをフリーズさせ、ライバル国に怪物と恐れられる。この勘違いは、やがて最悪の形で結実することになる。
ライバル国のスパイ組織は、半年前からNASAの情報を傍受し、こう分析していた。
『アメリカの最新の宇宙心理学に基づいた階級制度(番長システム)は、クルーの生産性を極限まで高める画期的なシステムに違いない』
怪物の出現に焦ったライバル国は、遅れを取るまいと、自国の宇宙プロジェクトに秘密裏に導入していた成果を正式に発表することを決めたのである。
*
火星からの帰路を急ぐ宇宙船内、私、宇宙飛行士の高橋マモルは、地球からのニュース映像を信じられない思いで眺めていた。
メインスクリーンに映し出されたのは、地球で公開された、中国とロシアの合同宇宙ステーション計画に参加する次期クルーたちの最新映像だった。
驚いたことに、地球で記者会見に臨む彼らの宇宙服は、全員が黒のガクラン姿だった。
しかも隊長は特注のガクランを着て、首から太い鉄鎖までぶら下げている。
「このガクラン……空条Q太郎じゃん!?」
「奴ら、我々の半年間の会話を盗み聞ぎして……あのAIの作った『番長システム』を本気で信じたのか!?」
本物の番長役だったトーマスが、あまりの衝撃に額を押さえて絶句する。
「おい、誰だよ。地球に向けて『番長システム最強』なんて国家機密っぽい電波を垂れ流した奴は……」
私は真顔で答えた。
「あなたたちです」
船内に重苦しい沈黙が流れる。
続いてニュース映像では、中国側の宇宙飛行士代表による大真面目な発言が流れた。
「番長制度は、東アジア独自の文化。統率と秩序、現場主義、そして根性を兼ね備えた最強の階級構造だ」
中国側は、まるで番長があたかもアジアに古来から存在した伝統文化であるかのように熱弁を振るっていた。
「いやいやいやいや……!」
私はあわてて画面に向かって否定する。
「番長なんて、日本の学校のどこにもいませんから!! あれ、完全に漫画の中だけの存在ですから!!」
私のこの必死の否定発言は、ニュースとして地球に瞬く間に広がった。
だが、彼らは聞く耳を持たなかった。
「……日本はいつもそうやって、核心情報を隠す」
「隠蔽国家だ」
「うむ、世界を欺くための嘘だ。『本物の番長』は確実に存在する」
翌週、日本政府は公式に声明を発表した。
「番長? そのような制度は、我が国としては一切承知しておりません」
しかし、これが火に油を注ぐ結果となった。
世界中のメディアが「ほら見ろやっぱり! 国家機密だから隠蔽されているんだ!」と確信したのだ。
その結果、世界は狂い始めた。
・中国は本気で「宇宙番長階級」を宇宙探査マニュアルに正式採用。
・ロシアは国家エリートを集めた「特務影番養成機関」の設立を発表。
・アメリカは責任逃れのため、「番長プログラムはそもそも日本発祥の超システムである」と公式に明言。
・インドは、ガンジー番長という哲学システムを提案。
・フランスでは治安維持のため、女性警察官の制服にスケ番スタイルを採用。
そして今日、私は宇宙船の中で、コーヒーを飲みながら、遠くの窓にうっすらと映る、ガクラン姿で船外活動の訓練をしているロシアの次期宇宙飛行士のニュース映像を眺めていた。
「……これ、全部私の『エエエエ』のせいなの……?」
誰か、これが超高度生成AIの書いたドッキリシナリオの続きだと言ってくれ。
続く
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