【アマノ文筆クラブ】ショートショート『これっきりですか?』
(これっきりだ。あと一度しか変身出来ない)
これまでの戦いで体力を消耗しつくしたヒーロー宇宙人のダンは、上司の強い勧めもありあり、故郷の星に戻ることを決意した。ダンの尋常ならざる雰囲気を察したのだろう、ダンに密かに好意を寄せていたアンヌは彼に声をかける。
「……ダン」
「アンヌ。ぼくは、ぼくはね(人間じゃないんだよ)――」
言いかけたダンのシリアスな言葉をかき消すように、アンヌのスマホがけたたましい音を立てた。
「もしもし、叔母さん……元気。えっ、これから手術!」
突然の連絡にアンヌが声を張り上げる。
「えっ、叔父さん、そばにいないの!」
短い連絡の後、通話は切れた。
アンヌの叔父である敷島博士は、有名な生物学者だ。携帯の電波も届かない小笠原諸島の小さな島へ研究に赴いていることは、アンヌも承知していた。
(きっと、緊急手術で叔父さんに連絡が取れないんだわ)
「ダン! どうしよう……」
いつも、大事なときには彼に頼ってしまうのが、アンヌの常だった。
しかし、ダンは厳しい表情をアンヌに向けた。
「いつまでも僕に頼っていてはだめだ。西の空に、明けの明星が輝く頃、一つの光が宇宙へ飛んでいく。それが僕なんだ」
そのとき、アンヌの瞳から涙がこぼれる。ダンは何も言わずアンヌに背を向けた。
ジュワ!
最後の力を振り絞って本来の宇宙人の姿に変身する。
アンヌの目に西の空に、大きな光が宇宙へ帰っていくのが見えた。
「……ダン。もうこれっきりなのね」
しばらくして、静かな部屋にアンヌの携帯が鳴り響く。アンヌが驚いたのは、スマホから流れるその声がダンのものだったからである。
「ダン! あなた宇宙へ帰ったんじゃ」
「早合点するのは君の悪い癖だよ。僕はあの時、南の方角――小笠原へ向かって飛んでいったじゃないか」
「そ、そうだったかしら?」
博士が常駐する島の研究船には、衛星通信で外部と連絡が取れる設備がある。ダンはそこから電話をかけてきたのだ。
受話器から聞こえるダンの話によれば、博士は妻の手術について知っていた。叔母は夫が二ヶ月の研究旅行に出ている隙に、目を二重にするプチ整形の予約を入れていたのだ。アンヌは手術という言葉に動転し、詳しい内容を聞きそびれていた。
「君のお陰で、僕はもう故郷に戻れなくなった。これからは地球人としてこの星で暮らす」
だが電話の向こうの彼の声は、先ほどの深刻さをみじんも感じさせない、いつもの快活な調子だった。
「もう、これっきりにしてくれよ。君の早とちりは」
アンヌは込み上げる嗚咽で返事が出来なかった。
了
こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。
