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【毎週ショートショートnote】「好き化粧」と山姥と干し柿の知恵

 昔々、ある里に、働き者だけれども器量の良くない、みなしごの娘がおりました。娘は朝から晩まで泥にまみれて働きましたが、村の男たちは誰も見向きもしません。
 それどころか「その顔では一生独り身だ」と嘲笑う始末。絶望した娘は、いっそ山の神様に命を差し上げようと、女の立ち入りが禁じられた深い山へと登っていきました。

 深い霧の中で、娘は目を見張るほど美しい女に出会いました。

「可哀想に。お前の清らかな心根に免じて、これを授けよう」

 女はそう言うと、娘の顔に指先でそっと触れました。それは「好き化粧」という魔法でした。

「これは男を虜にする化粧だ。だがな、一度でも感情を露わにすれば、魔法は解けて元の顔に戻るぞ。ゆめゆめ忘れるな」

 里に戻った娘の姿に、男たちは仰天しました。誰一人として、それが昨日まで泥にまみれ、自分たちが嘲っていた「あのみなしご」だとは思いもしません。どこか他所の村から迷い込んだ美しい姫君か何かだと思い込み、我先にと求愛の列をなしました。
 娘は、自分の正体にすら気づかず男たちの浅ましさに、内心すっかり呆れ果ててしまいました。けれども、器量の悪さゆえに虐げられてきた彼女は、これが「魔法の力」が生んだ現実であることを冷ややかに受け止めました。

(ならば、魔法が解けぬよう感情を殺し、お人形さんのように生きてやろう)

 そう心に決めた娘は、美貌に群がる有象無象うぞうむぞうを冷静に見定めました。甘い言葉で着飾る者たちを退け、魔法に惑わされながらも、かつての自分と同じように黙々と土にまみれて働く真面目な若者を選び、共に暮らすことにしたのです。

 娘はやがて、可愛い女の子を授かりました。しかし、幸せは長く続きません。流行病が里を襲い、夫はあっけなく逝ってしまいました。

 残された美しい未亡人を、男たちが放っておくはずもありません。夫の親類たちは、娘の子供を強引に引き取ると「お前は未婚のままで通せ。その方が高く売れる」と、娘の意思も聞かずに妻に先立たれた村一番の長者との縁談をまとめてしまいました。

 長者の後妻となった娘は、贅沢な暮らしを与えられました。しかし「長者の妻が泥にまみれるなど、家の恥だ」と、大好きだった畑仕事も家事も、すべて禁じられてしまいました。暇を持て余した娘は、庭にある大きな柿の木に目を留めました。それは誰もが「渋くて食えたもんじゃない」と放り出していた木でしたが、働き者の娘は放っておけません。

(いつかあの子に、甘いものを食べさせてやりたい)

 娘は長者の目を盗んで夜な夜な柿を剥き、軒下に吊るして、手間暇かけて干し柿を作りました。

 そんなある日のことです。この里には数年に一度、山の怪物に子供を生贄に捧げる恐ろしい風習がありました。そして、あろうことか、今度の生贄は生き別れ自分の娘だというではありませんか。

「お願いです、私を代わりに捧げてください!」

 娘は長者にすがって泣きつきましたが、長者は冷たく言い放ちました。

「代わりなどいらん。そもそもあの子供は、親もおらん「余りもの」だ。死んでも悲しむ者などおらん」

 あまりの悲しみと理不尽さに、娘はついに禁を破ってしまいました。

「ああ……あああああ!」

 娘は我を忘れて大泣きすると、瞬く間に「好き化粧」は溶け落ち、顔を汚して流れ去りました。後に残ったのは、以前にも増して不細工な、ぐしゃぐしゃの泣き顔でした。長者は腰を抜かし、激怒しました。

「化け物め! こんな醜い女、こちらから願い下げだ。お前が生贄になれ!」

 娘は生贄として山へ運ばれ、冷たい岩の上に置き去りにされました。やがて、恐ろしい「山姥」が現れました。

「ひっひっひ、美味そうな肉だ。……おや?」

 山姥は娘を食おうと顔を近づけましたが、ピタリと動きを止めました。

「お前は、いつかの……」

 山姥はふっと姿を変えました。そこには、あの時の美しい女が立っていました。

「私は山の神の化身。男が山へ入れば、この化粧で誘惑して魂を抜く。だがな、私は女が大嫌いなんだ。自分より美しい女がいれば食い殺すが……お前ほど不細工なら、その心配もないわい」

 山姥は「好き化粧」の魔法をかけたのが自分であることを思い出し、皮肉な再会を喜びました。しかし、すぐにまた山姥の恐ろしい顔に戻って言いました。

「だが腹が減った。やはり食ってやろうか」

 娘は震える手で、懐から包みを取り出しました。

「どうか、これを……。お口に合うかわかりませんが」

 山姥は、娘が差し出した干し柿を一口かじると、その表情変えました。

「ほう……これは山にはない珍味だ。陽の光を凝縮したような甘さと、人間の手の温かみがする」

 娘は涙を拭い、静かに答えました。

「渋くて誰も顧みない柿でも、皮を剥き、お日様に当ててやれば、これほど甘くなります。手間暇をかければ、どんなものでも変わるのです」

 山姥は、その言葉を噛み締めるように黙り込みました。山姥もまた、醜さゆえに里を追われ、神として祀られながらも男から愛されぬ孤独な存在だったからです。
 何より、自分の身を捨ててまで我が子を救おうとしたこの女の深い慈しみに、同じ女性である山の神の心は、激しく揺さぶられました。

「気に入った。お前のその醜くも美しい『母の顔』と、人間の知恵に免じてお前の命は助けてやろう」

 山姥は高らかに宣言しました。

「ただし、条件がある。今後、生贄の儀式は一切無用とする代わりに、毎年、あの長者の家の柿で干し柿を作り、この山へ供えにこい」

 こうして、娘は山姥の話し相手として、そして「神に仕える者」として里と山を行き来することになりました。一方、里では、娘を「村を救った英雄」として崇めました。長者の家に残された娘の子供は、神の怒りを鎮めた母の宝として、村中の人々から大切に育てられたということです。

 山姥は、飴色に輝く干し柿を眺めながら、静かに娘に語りかけました。

「里の男どもは、咲いてすぐ散る花のような美しさばかりを愛でる。だが、お前が作ったこの干し柿はどうだ。一度は渋みに顔を背けられた実が時を経て、何物にも代えがたい深い甘みを得た。これはお前の生き方そのものよ」

 娘もまた、己のゴツゴツとした不細工な掌を見つめ、微笑みました。

「はい。若さや見かけの美しさは、魔法のようにいつか溶けて消えるもの。けれど、涙を堪えて働いた年月や、誰かを想って手をかけた時間は、消えることなくこの身に『滋味』として残るのですね」

(おしまい)


こちらの企画に参加させていただきました。ありがとうございました。

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