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(恋愛小説)立葵と向日葵(4)

 歓迎会が行われる小さな創作料理屋の前に着くと、何人かの笑い声が漏れてきた。
貸し切りであることに安心して、早く到着した者たちで話が盛り上がっているのだろう。
悠良の張りのある声も聞こえる。
早く来すぎた気はするが、店に入って待つことに決めた。
梅雨の明けた外で待つのは暑すぎる。
ドアを開けると鈴が鳴り、全員でお疲れ様です、と声を掛け合う。
今日の主役の悠良も、上座で会釈してくれる。彼女は隣の総務課長と話していた。
総務課長はまだ四十代前半くらいだったと思う。
さっぱりしているのに押しつけがましさの無い人で、よく皆の相談に乗っているのを見かける。(吉田さんが進行なら安心だな)
下座に座りながらそう思った。
悠良も完全に心を開いた様子で話が盛り上がっている。


 開始時刻が来て、吉田さんに紹介された所長が挨拶を始めた。
話が長い人ではないのだが、目の前の料理が気になって、早く切り上げてくれとばかり思ってしまう。
次に悠良の挨拶が始まった。
会を開いてくれたことへの御礼、迷惑かけているのに良くしてくれるとまた礼を言い、そんな皆とだからこそ今日は楽しく過ごしたいと結んだ。(良い挨拶するなぁ)
丁度いい長さで感謝も伝わり、皆も今日を楽しみたいと思える。
自然と拍手をしてしまう。
その勢いに乗って吉田さんが所長に乾杯の音頭を促す。
三十人分のグラスが上がってやっと歓迎会がスタートし、俺はテーブルを見渡した。
料理を観察して、まずは盛り付けを参考にする。
主役のもとにも行きたいところだけど、悠良の次に社歴の浅い俺にはまだ早い。
それからしばらく、料理を頬張りながら近くの席の人達と笑い転げた。
ノンアルコールしか飲んでいないのに、酔った人のテンションが伝染する。

 一時間ほど経って皆が思い思いの席に移動するので、上座の状況を確認すると、悠良は吉田さんとそのグループの二人に囲まれて笑っていた。今日は話せそうにない。でも、悠良が笑うのを眺めて烏龍茶を飲むのも楽しい。
お開きになると、それぞれ乗り合わせで帰ったり、カラオケに繰り出したりと主役をよそに、歓迎会の余韻を楽しんでいる。
車を取りに行くと、駐車場はもうガラガラだった。
先ほどまでとの差を少し寂しく思っていたら、突然、後ろから名前を呼ばれた。
「甲斐さん、今日はありがとうございました」
振り返ると悠良が居た。
俺にもちゃんと声を掛けてくれるのが有り難い。「いいえ。楽しそうで良かった」
「そうですよね。はしゃいでたかもしれません」「大丈夫じゃない?皆、楽しそうだったよ」
「甲斐さんは、人をよく見てますよね。」
悠良が仕事中以外に真顔をするのは初めてで、こちらも正して話を聞かなければいけない気がする。
「だから入社した時も私を助けようとしてくれたし、なのにいつも悩んでる所が可愛いし、すごく好きなんです」
心臓が大きく打って頭が真っ白になる。
俺が今まで家族や同級生から向けてもらってきた「好き」と同じで深い意味は無いと思おうとするのに、嬉しくて堪らない。
もしかしたら、特別な意味だと思って良いのかもしれない。
「付き合ってほしいんです」
本格的に動悸がする。
頭も真っ白なままだ。
挙動不審になりそうなのを必死で抑える。
食堂でのあの悪意のない「良かった」はそういうことだったのかとか、社内案内の時からそうだったのかという思いが頭を飛び出して体中を駆け巡っていた。
暴れ出してしまいそうだ。
それでも、早く返事をしなくては。
真っ直ぐ悠良の顔を見た。


真顔だと更に美月に似ている。
こんな時に思い出さなくて良いのに、かき混ぜられたような思考の群れに、美月の顔が浮かんで止まらない。
(この顔で悲しまれたくない)
もし、断るようなことがあったら、悠良は素直に悲しむだろう。
後日、落ち着いてから返事をするのも不安にさせる。
そんな短絡的なことしか考えられなくなっていた。
「よろしくお願いします……」
悠良は想像していた通りに目一杯顔を綻ばせ、俺の隣に立った。
犬が千切れそうに尻尾を振る時に放つのとそっくりな空気が伝わってくる。
「甲斐さん、満月ですよ!」
湿気で少し輪郭がぼやけているが、丸い月が明るく輝いていた。
「とにかく送るよ。乗って」
浮足立ちながらよろよろ運転席に向かうと、悠良は慌てた。
「待って。もう少し落ち着いてからが良いですよ」
「コーヒーでも買ってきます」
そう言ってくれたが近くに自販機は無く、この奥まった場所から一番近いファミマまで歩けば五分かかる。
「その方が危ないよ。一緒に歩いて行こう。ファミマのイートインでコーヒー飲もう」
悠良が元気よく、はい、と言ったので二人で並んで歩き出す。
月に照らされる整った横顔を見られるのは、恋人の特権なのだろう。
まだ現実感なく考えていると、彼女もこちらを向く。
「何ですか?」
身長がほとんど変わらないので、同時に横を向くと顔がくっつきそうなくらいに近い。
「見てただけ…」
胸を押さえながらそれだけ言って、下を向いた。隣から、ふふふ、という声が聞こえる。
「やっぱり可愛い〜」
情けない。美月に焦がれていた時より情けないと思う。
「これは彼女の私の特権ですね」

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