(恋愛小説)立葵と向日葵(3)
昼ご飯だけはひとりで摂る。
四十五分でマイペースに食べ、午後に備えてしっかり寝る為にはお一人様で居るのがちょうどいい。
それなのに、食堂で悠良が向かいに座るのを拒否出来なかった。
入社初日の彼女を傷つけるかもしれないという恐怖もあったが、一番の理由は他にある。
そんなこと、周りは知る由もない。
社内案内をしたからとか、歳が近くて話しやすいのだろうとか思い思いに納得してくれるので、彼らの性格の良さに感謝する。
悠良は目の前で嬉しそうに食べ終わると、包んだ弁当箱を自分の代わりに残して席を立った。
歯磨きに行くらしい。新入社員らしい忖度が無いのが却って心地よく、同僚達も彼女の美しさ以外にも興味を持ち始めているのが分かった。
「戻りました」
きちんと整列した白い歯をしっかり見せて、また正面に座る。
どうして俺なんだろう。彼女の世話を焼きたがっている女子社員はたくさん居たのに。
午後はそんなことを頭の片隅に置きながらの仕事になった。夜、アパートでこれから彼女と毎日昼を過ごす覚悟を決めて早めに肌布団に入る。
肌布団が腕の上をさらさらと滑ってベッドから落ちそうになる。
それを必死で止めてたくし上げると、まるで布団を抱きしめているようになった。
美月の代わりに布団を抱きしめて泣いていたことがあったのを思い出してハッとする。
(でももう違うじゃないか)
最近の忙しさですっかり乾いた目元を触る。
入浴後で熱い手が瞼には心地よく、途端に眠気を呼び込んできた。
覚悟して出社したのに、悠良は昼休憩を俺と過ごすと決めたわけでは無いようだ。
二日目は世話焼きの女子社員グループ、三日目は同世代メンバーと過ごし、その次の日は六十代のパートの女性から、孫の写真を見せてもらっていた。
悠良がひとりで食べているところに誰かが合流するケースもある。
女子の昼休憩は、まるで掟があるかのように、一度グループに入ったら、何があってもそこで過ごすものだと思っていた。
それくらい、今まで食堂の光景は毎日変わらないものだった。
六月も終わる頃、突然、俺の番がやってきた。「甲斐さん、お昼良いですか?」
「あ、うん。どうぞ」
「前も思ったんですけど、素敵なお弁当ですよね」
悠良が腰を下ろしながら俺の弁当を眺める。
「弁当が素敵って…何?」
自分で作っているので、弁当へのコメントは真意が気になる。
引っ越してきてから、ちゃんと自分を食べさせることに決めて少しずつ料理を始めた。
誰にも見られていなくても、少しこだわって弁当も作り始めた。今では平日の夕飯のメニューも、弁当に入れやすそうかどうかで決めている。
「何って?」
「弁当って普通、すごい!とか美味しそう!とか…」
「全部です。美味しそうで、盛り付けも可愛らしくて」
なるほど、と思う。
そして、気も良くなった。「少し食べてみる?ほら、まだ手、付けてないから」
すると、彼女は困ったような顔で口を開いた「……作られた方が居ますか?」
「……?冷食は使ってない」
「そうじゃないです。手作りって、甲斐さんの?」
「俺の手作り」
「凄いですね!……食べてみたいけど、彼女さんが作ってるなら他の女性に食べさせたら駄目だから」
「気を遣ってもらったのに悪いけど、彼女居ないから大丈夫……」
「あぁ、良かった!……こんなこと訊くのもセクハラだから……」
「……じゃあ、どれ食べる?」
悪意の無さそうな「良かった」に違和感があるが、相当弁当を食べたがってくれたと思うことにする。
特別な理由なんて、無いに決まっている。
「玉子焼きが良いです」
そう言って、自分の箸を出して玉子焼きを弁当箱の蓋に移した。
俺も悠良の弁当箱の中から肉団子を選ぶ。
「めちゃ美味しいですね!玉子焼きって難しいのに」
悠良の肉団子は、ハンバーグのついでに作ったのだろう。
デミグラスソースがかけてある。
弁当作りは続けるけれど、人が作る料理も良いなと思う。
そういえば、仕事のこと以外で褒められるのも久しぶりだった。
食べ終わった悠良が休憩を切り上げて事務所へ向かう。
他のテーブルに座るベテラン女子社員達につつかれ、笑っている。
俺はもう少しだけ、悠良の「美味しい」を噛み締めていようと思った。
梅雨が明けた頃、棚卸や決算の関係で遅れていた悠良の歓迎会が開かれることになった。
会場は広い座敷のある、創作料理屋だ。
あれから彼女の昼休憩の順番は回ってこない。
仕事中は軽快に話すけど、業務のことだけだ。
悠良は職場の飲みの席で、どんな話をするのだろう。
とりあえず、自分以外の作った料理を食べて研究できることを楽しみに、その日を待っていた。
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