同じクラスの山下さんは俺にだけツンデレであざとい
山下瞳月という名前を知ったのは、高校生になってすぐだった。
同じクラスになった初日、担任が黒板に新しい席順を書き出した時、俺の名前の隣にその名前があった。
山下瞳月。
名前だけは聞いたことがある。
一年の時から可愛いと噂されていた女子で、少しきつめの目元と整った顔立ち、それでいて背はそこまで高くなく、黙っていると近寄りがたい雰囲気がある。
実際、男子から話しかけられても返事は短い。
「うん」
「知らん」
「自分でやれば?」
そんな感じで、愛想が悪いわけではないけど、簡単には距離を詰めさせないタイプだった。
だから、隣の席になった時も正直少し緊張した。
「よろしく、山下さん」
俺がそう声をかけると、山下さんはちらっとこっちを見た。
「……よろしく」
それだけ言って、すぐに前を向く。
やっぱり噂通りだ。
そう思っていたのに、数分後にはその印象が少し変わった。
ホームルームが始まり、担任が配ったプリントを後ろに回す時だった。
山下さんが俺の分まで取って、机の上に置いてくれた。
「ありがとう」
「別に」
「助かった」
「……プリントくらいで大げさやし」
そう言いながら、山下さんは頬を少しだけ赤くしていた。
その時は気のせいかと思った。
でも、気のせいではなかった。
授業が始まってすぐ、俺は筆箱の中を見て小さく固まった。
消しゴムがない。
隣の席が山下さんじゃなければ、普通に友達に借りていたと思う。
だけど、隣を見ると、山下さんは真面目な顔でノートを取っている。
話しかけづらい。
そう思っていたら、俺の机の端に消しゴムが置かれた。
「え?」
「忘れたんやろ」
「なんで分かったの?」
「見たら分かるし」
「ありがとう」
「勘違いせんといてな」
「何を?」
「別に〇〇のこと見てたわけちゃうから」
いや、今のは完全に見てないと分からない。
そう思ったけど、口に出したら怒られそうだったから黙っておいた。
休み時間になると、前の席の男子がこっちを振り返った。
「〇〇、山下と隣どう?」
「どうって?」
「怖くない?」
聞こえていたのか、山下さんがぴくっと反応した。
「怖くないよ。普通に優しいし」
俺がそう返すと、山下さんはノートに目を落としたまま小さく言った。
「……変なこと言わんといて」
「優しいって言っただけだけど」
「それが変やって言うてるの」
「優しくされたから優しいって思っただけ」
「うるさい」
そう言ってそっぽを向く。
でも、耳が赤かった。
前の席の男子がにやにやしながら俺を見る。
「山下って〇〇には態度違くない?」
「は?」
山下さんの声が少し大きくなる。
「違わへんし。誰にでもこんなんやし」
「いや、俺には消しゴム貸してくれたことないけど」
「忘れる方が悪いやろ」
「〇〇も忘れてたじゃん」
「〇〇は……隣やから」
その一言で、クラスの何人かがこちらを見た。
山下さんは慌てたように顔を伏せる。
「今のなし。忘れて」
「忘れられるかな」
それから毎日、山下さんは不思議なくらい俺にだけ関わってきた。
朝、俺が教室に入ると、山下さんはもう席に座っている。
「おはよう」
「遅い」
「まだ予鈴鳴ってないけど」
「そういう問題ちゃう」
「何かあった?」
「別に」
そう言いながら、俺の机の上にはプリントが置かれている。
「これ、俺の?」
「配られてたから置いただけ」
「ありがとう」
「たまたまやし」
俺の席にだけ綺麗に角を揃えて置かれているのに、たまたまらしい。
昼休み。
俺が友達と購買に行こうとすると、山下さんが急に立ち上がった。
「〇〇」
「どうしたの?」
「パン買いに行くんやろ」
「うん」
「しーも行く」
「しー?」
「あ」
山下さんは一瞬固まった。
「今のなし」
「一人称しーなんだ」
「違うし」
「可愛いね」
「可愛くない!」
顔を真っ赤にして怒るけど、怒り方に迫力がない。
それどころか、購買に向かう廊下では、山下さんは俺の少し後ろを歩きながら、制服の袖をちょんと掴んできた。
「山下さん?」
「人多いから」
「迷子になる?」
「なるわけないやろ!」
「じゃあ袖は?」
「……邪魔やったら離す」
「邪魔じゃないよ」
そう言うと、山下さんは何も言わずに袖を掴む指に少しだけ力を入れた。
あざとい。
そう思った。
たぶん本人は無意識なのかもしれない。
でも、俺にだけ見せるその仕草は、間違いなくずるかった。
購買でパンを買う時もそうだった。
「〇〇、何買うん?」
「焼きそばパンかな」
「じゃあしーはメロンパン」
「関係ある?」
「別に。〇〇がしょっぱいの買うなら、半分ずつできるやろ」
「半分ずつする前提?」
「嫌なん?」
少し上目遣いで見てくる。
普段のツンツンした態度からは想像できない表情だった。
「嫌じゃない」
「ならええやん」
満足そうに小さく笑う。
その笑顔を見た瞬間、胸が少し跳ねた。
教室に戻り、パンを半分ずつ交換した。
山下さんは俺の焼きそばパンを一口食べて、少し目を細める。
「うま」
「メロンパンも美味しいよ」
「そうやろ。しーが選んだんやから」
「山下さんが選んだから?」
「……何でもない」
また赤くなる。
その反応を見ていると、こっちまで意識してしまう。
ある日の放課後。
日直だった俺と山下さんは、教室に残って黒板を消していた。
窓の外は夕方の色に染まっていて、校庭からは部活の声が聞こえる。
「山下さん、黒板上の方届く?」
「届くし」
そう言って背伸びするけど、微妙に届いていない。
「無理しなくていいよ」
「無理ちゃう」
「じゃあ任せる」
「……ちょっとだけ手伝って」
「はいはい」
俺が黒板消しを受け取ると、山下さんはむっとした顔をした。
「なんで笑うん」
「可愛いなと思って」
「すぐそういうこと言う」
「嫌?」
「嫌とは言ってへん」
小さな声だった。
黒板を消し終えて、二人で日誌を書いた。
俺が椅子に座ってペンを走らせていると、山下さんが隣から覗き込んでくる。
距離が近い。
肩が触れそうだった。
「字、意外と綺麗やな」
「意外とって何?」
「〇〇って雑そうやん」
「ひどいな」
「でも、そういうとこはええと思う」
「褒めてる?」
「褒めてへん」
「今の流れは褒めてるでしょ」
「うるさい」
そう言いながら、山下さんは俺のペンを持つ手元をじっと見ていた。
「書きたい?」
「別に」
「じゃあ続き書く?」
「……書く」
素直じゃない。
でも、そこが可愛い。
ペンを渡そうとした時、指先が触れた。
ほんの一瞬だったのに、山下さんはぴくっと肩を揺らした。
「ごめん」
「謝らんでええ」
「びっくりした?」
「してへん」
「本当に?」
「……ちょっとだけ」
山下さんはそう言って、俯きながら日誌の続きを書き始めた。
その横顔を見て、俺はまた胸の奥が騒がしくなるのを感じた。
いつからだろう。
隣の席の山下さんを、ただのクラスメイトとして見られなくなったのは。
翌日、事件は起きた。
体育の授業で男女合同のバレーをすることになった。
チーム分けで俺と山下さんは別々になった。
山下さんは運動が苦手というわけではない。
ただ、ボールが飛んでくるたびに少し怖そうに身構える。
それが気になって、俺はつい山下さんの方を見てしまっていた。
すると、同じチームの女子に声をかけられた。
「〇〇くん、山下さんのこと見すぎじゃない?」
「え、そんなに?」
「うん。分かりやすい」
「いや、危なそうだったから」
「ふーん」
その会話が聞こえたのか、山下さんがこっちを見た。
目が合う。
山下さんはすぐに顔を逸らした。
その後の休み時間。
山下さんはなぜか少し不機嫌だった。
「山下さん?」
「何」
「怒ってる?」
「怒ってへん」
「怒ってる時の言い方だけど」
「怒ってへんって言うてるやろ」
完全に怒っている。
理由が分からず困っていると、山下さんは小さく呟いた。
「他の女子と楽しそうに話してた」
「体育の時?」
「知らん」
「もしかして嫉妬?」
「はあ?」
山下さんの顔が一気に赤くなる。
「嫉妬なんかするわけないやろ。〇〇が誰と話そうが関係ないし」
「そう?」
「関係ない」
「じゃあ、なんで怒ってるの?」
「怒ってへん!」
そう言って前を向く。
でも、数秒後。
机の下で、山下さんの足が俺の足に軽く触れた。
避けようと思えば避けられる距離だった。
でも、山下さんはそのまま少しだけ足を寄せてきた。
「山下さん?」
「足、そこにあっただけ」
「俺の方に寄ってきたよね」
「気のせいやし」
顔は前を向いたまま。
でも、耳は赤い。
あざとい。
ツンツンしているくせに、触れる距離には自分から来る。
怒っていると言いながら、離れる気はない。
ずるい。
その日から、俺も山下さんを意識するようになった。
授業中、隣から小さく袖を引かれるだけで心臓が反応する。
「〇〇」
「何?」
「ここ、分からへん」
「ここはこの公式を使って」
「もっと近くで教えて」
「近く?」
「聞こえにくいだけやし」
十分聞こえる距離なのに、山下さんは椅子を少しだけ寄せてくる。
肩が触れる。
髪からふわっと甘い香りがした。
「近くない?」
「〇〇が声小さいんやろ」
「俺のせい?」
「そう」
そう言いながら、ノートを見るふりをして俺の顔をちらっと見上げる。
その一瞬の上目遣いに、言葉が詰まった。
「どうしたん?」
「いや、何でもない」
「変なの」
本人は分かっているのだろうか。
その顔がどれだけ破壊力を持っているのか。
昼休みには、山下さんが俺の弁当を覗き込んできた。
「今日のおかず何?」
「卵焼きと唐揚げ」
「へえ」
「食べる?」
「別にいらん」
「そう?」
「……一口なら食べてもいい」
「いるんじゃん」
「〇〇が食べさせたいかなと思って」
「俺が?」
「違うん?」
また上目遣い。
完全にずるい。
俺が唐揚げを一つ渡すと、山下さんは少し不満そうな顔をした。
「何?」
「箸で渡すんや」
「普通でしょ」
「ふーん」
「何が?」
「別に」
数秒後、山下さんは自分の卵焼きを箸で持ち上げた。
「〇〇、口開けて」
「え?」
「交換やから」
「自分で取るよ」
「いいから」
周りに見られていないか確認してから、俺は小さく口を開けた。
山下さんはそっと卵焼きを食べさせてくれた。
「美味しい」
「当たり前やん」
「山下さんが作ったの?」
「……お母さん」
「お母さんかい」
「でも、しーが詰めた」
「じゃあ山下さん要素あるね」
「せやろ」
なぜか少し得意げだった。
その顔が可愛くて笑うと、山下さんは睨んできた。
「何笑ってんの」
「可愛いなって」
「またそれ」
「嫌なら言わないけど」
「……嫌とは言ってへん」
その言葉を聞くたびに、俺は期待してしまう。
もしかしたら、山下さんも俺のことを特別に思ってくれているんじゃないか。
そんな期待を。
それを決定的にしたのは、席替えの日だった。
担任が突然言った。
「そろそろ席替えするか」
クラスが一気にざわつく。
俺は少しだけ残念に思った。
隣が山下さんじゃなくなる。
そう思うと、思っていた以上に寂しかった。
ふと横を見ると、山下さんは真顔だった。
でも、机の下で握られた手に力が入っている。
「山下さん?」
「別に」
「嫌なの?」
「何が」
「席替え」
「嫌ちゃうし」
「そうなんだ」
「……〇〇は嫌ちゃうん?」
声が小さかった。
「嫌だよ」
「え?」
「山下さんの隣、楽しかったから」
山下さんは目を丸くしたあと、すぐに顔を逸らした。
「そ、そういうこと急に言わんといて」
「本音だけど」
「余計あかん」
席替えのくじ引きが始まった。
俺は窓際の後ろから二番目。
山下さんは少し離れた廊下側。
本当に隣ではなくなった。
新しい席に移動する途中、山下さんは俺の横を通り過ぎる時に小さく言った。
「寂しがっても知らんから」
「山下さんは?」
「しーは別に平気」
でも、その日の山下さんは分かりやすかった。
休み時間になるたびに、俺の近くに来る。
「〇〇、消しゴム貸して」
「山下さん、自分の持ってるでしょ」
「こっちの方が消しやすそうやから」
「同じメーカーだよ」
「うるさい」
また別の休み時間。
「〇〇、数学のノート見せて」
「まだ授業終わったばかりだけど」
「復習早い方がええやろ」
「真面目だね」
「〇〇の字、見やすいだけ」
そして昼休み。
俺が友達と話していると、山下さんは自然な顔で俺の机の横に立った。
「〇〇」
「どうしたの?」
「先生が呼んでた」
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「呼んでた気がした」
友達が笑いをこらえている。
廊下に出ると、山下さんは少し早足で歩いた。
「先生どこ?」
「知らん」
「呼んでないよね」
「うん」
「なんで嘘ついたの?」
「嘘ちゃう。呼んでる気がしただけ」
「誰が?」
「しーが」
「山下さんが俺を呼びたかったってこと?」
山下さんは足を止めた。
振り返らないまま、小さく言う。
「……悪い?」
その声が可愛すぎて、返事に困った。
「悪くない」
「ならええやん」
「でも、友達と話してただけだよ」
「知ってる」
「嫉妬?」
「違う」
「違うんだ」
「……ちょっとだけ」
小さすぎる声だった。
でも、確かに聞こえた。
俺の心臓は一気に跳ねた。
「山下さん」
「何」
「今の可愛い」
「うるさい!」
そう言って歩き出すけど、廊下の角を曲がったところで、山下さんは俺の制服の袖を掴んだ。
「笑わんといて」
「笑ってないよ」
「顔が笑ってる」
「嬉しいから」
「何が」
「山下さんが俺を呼びたかったって言ってくれたこと」
「……そんなはっきり言ってへん」
「でも、そういうことでしょ」
「知らん」
袖を掴む指は離れなかった。
その放課後。
山下さんに呼び止められた。
「〇〇、今日帰り時間ある?」
「あるよ」
「なら、一緒に帰ってあげてもいい」
「誘ってる?」
「違うし。たまたま帰る方向同じやから効率ええだけ」
「じゃあ効率のために一緒に帰ろう」
「分かればええねん」
校門を出ると、夕方の風が少し冷たかった。
並んで歩く。
前は隣の席だったから、近くにいるのが当たり前だった。
でも、席が離れた今、隣を歩くだけで少し特別に感じる。
「席、離れたな」
山下さんがぽつりと言った。
「うん」
「静かでええやろ」
「寂しいよ」
「またそういうこと言う」
「本当だから」
山下さんは黙った。
しばらく歩いてから、急に俺の袖を掴む。
「山下さん?」
「手」
「手?」
「袖やと歩きにくいやろ」
「じゃあ離す?」
「違う」
山下さんは顔を真っ赤にしながら、俺の手を見た。
「……繋いでもええって言うてるの」
心臓が止まるかと思った。
「いいの?」
「嫌ならええけど」
「嫌なわけない」
俺が手を差し出すと、山下さんはそっと手を重ねた。
小さくて、少し冷たい手だった。
指先が迷うように動いたあと、ぎゅっと握られる。
「山下さん」
「何」
「これ、友達でもする?」
「するわけないやろ」
「じゃあ俺だけ?」
山下さんは俯いたまま答えた。
「……〇〇だけ」
その一言で、もう十分だった。
でも、山下さんはまだ続けた。
「しーな、ずっと〇〇のこと見てた」
「え?」
「一年の時から」
驚いて立ち止まる。
山下さんも立ち止まった。
夕方の道。
人通りは少なく、二人の間だけ時間がゆっくり流れているようだった。
「一年の時、プリント落とした時、〇〇が拾ってくれたやろ」
「そんなことあったっけ?」
「覚えてへんの?」
「ごめん」
「最低」
「ごめんって」
「でも、そういうとこが好きになったんやと思う」
山下さんは手を握ったまま、俺を見上げた。
いつものツンとした表情ではない。
不安そうで、でも逃げない目だった。
「二年で隣の席になって、ほんまはめっちゃ嬉しかった」
「うん」
「でも、普通に話すの恥ずかしくて、つい冷たくしてもうて」
「冷たいだけじゃなかったよ」
「分かってる。しー、自分でも変やと思う」
山下さんは小さく笑った。
「〇〇にだけ消しゴム貸したり、プリント置いたり、袖掴んだり、近づいたり」
「うん」
「気づいてほしかった」
「少しは期待してた」
「少しだけ?」
「かなり」
山下さんは照れたように唇を結んだ。
そして、俺の手を両手で包むように握った。
「〇〇のことなんか好きちゃうって、ずっと言い訳してた」
「うん」
「でも、もう無理」
山下さんは一歩近づいた。
上目遣いで俺を見る。
あざとい。
でも、今はそれ以上に真剣だった。
「〇〇が好き」
胸が強く鳴った。
「めっちゃ好き」
「山下さん」
「しーだけ見てほしい」
声が少し震えていた。
「他の女子と楽しそうに話してるの見たら嫌やし、席離れたのもほんまは嫌やし、帰り道も一緒がいいし、明日も明後日も隣におってほしい」
「席は離れちゃったけど」
「そういう意味ちゃう!」
山下さんは少し怒った顔をした。
でもすぐに、泣きそうなくらい赤い顔で言った。
「彼氏になってほしいって意味」
言われた瞬間、俺は握っていた手を少し強く握り返した。
「俺も好きだよ」
「……ほんまに?」
「うん。隣の席になってから、ずっと山下さんのこと意識してた」
「ツンツンしてたのに?」
「ツンツンしてたけど優しかったし」
「面倒くさくなかった?」
「可愛かった」
「すぐ可愛いって言う」
「本当に可愛いから」
山下さんは俯いて、少しだけ笑った。
「しー、彼女になっても面倒くさいで」
「知ってる」
「嫉妬もするで」
「知ってる」
「あざといこともするかもしれんで」
「それは楽しみ」
「ばか」
そう言いながら、山下さんは俺の胸に軽く額を当てた。
「じゃあ、付き合ってくれるん?」
「うん。俺でよければ」
「〇〇がええの」
小さな声。
でも、はっきり聞こえた。
俺たちはその日、恋人になった。
次の日。
教室に入ると、俺はまだ少し緊張していた。
昨日のことが夢じゃないかと思っていたからだ。
でも、山下さんはいつも通り少し早く教室に来ていた。
席は離れている。
それでも、俺を見ると、山下さんはすぐに立ち上がった。
「おはよう、〇〇」
「おはよう、瞳月」
名前で呼ぶと、瞳月は一瞬で顔を赤くした。
「学校では山下さんでええって言うたやろ」
「言われてないよ」
「今言った」
「じゃあ、二人の時だけ?」
「……そう」
「分かった」
瞳月は周りを確認してから、俺の近くに来た。
「今日の昼、屋上来て」
「いいよ」
「誘ってるわけちゃうから」
「誘ってるでしょ」
「彼女命令やし」
「それなら行かないと」
瞳月は満足そうに笑った。
その笑顔を見たクラスメイトが、にやにやしながら言う。
「山下、〇〇と付き合った?」
瞳月はびくっと肩を揺らす。
「つ、付き合ってへんし!」
「え?」
俺が小さく声を出すと、瞳月は慌てて俺の袖を掴んだ。
「違う!今のは違う!」
「付き合ってないんだ」
「付き合ってる!」
クラス中が静かになった。
瞳月は自分の言ったことに気づき、顔を真っ赤にした。
「……もう知らん」
そう言って席に戻る。
でも、通り過ぎる瞬間、俺にだけ聞こえる声で呟いた。
「後で責任取ってな」
昼休み。
屋上で二人きりになると、瞳月はすぐに俺の隣へ来た。
「朝の、恥ずかしかった」
「可愛かったよ」
「そればっかり」
「本当だから」
「じゃあ、もっと言って」
「え?」
瞳月は顔を赤くしたまま、俺を見上げた。
「彼女なんやから、言われる権利あるやろ」
昨日までツンツンしていた山下さんは、今日もツンデレだった。
でも、少しだけ素直になっていた。
俺は笑って、瞳月の頭を軽く撫でた。
「可愛いよ、瞳月」
「……もっと」
「俺の彼女、世界一可愛い」
瞳月は照れながらも、嬉しそうに笑った。
「それでええねん」
そう言って、そっと俺の手を握る。
席は離れてしまった。
でも、距離は昨日よりずっと近くなった。
隣の席だった山下さんは、俺にだけツンデレであざとい。
そして今日からは、俺だけの彼女だ。
