俺の彼女はブラコン姉の懐に入るのが上手
「〇〇、今日も一緒に帰ろうね」
朝、教室へ入って自分の席へ向かおうとした俺の制服の袖を、恋乃未が当たり前のようにつかんだ。
「分かってるよ」
「本当に?」
「昨日も一緒に帰っただろ」
「昨日一緒に帰ったからって、今日も一緒とは限らないもん」
「恋人なんだから、予定がなければ一緒に帰るよ」
そう答えると、恋乃未は満足そうに頬を緩めた。
浅井恋乃未。
高校へ入学してから知り合い、恋乃未から告白されて付き合い始めた俺の彼女だ。
同じクラスではないものの、休み時間になると俺の教室まで来てくれる。最初はお互いに緊張していたが、付き合って三か月が経った今では、こうして自然に話せるようになった。
「今日、放課後は何もない?」
「ないよ」
「寄り道もしない?」
「恋乃未がしたいならするけど」
「じゃあ、今日は〇〇の家に行きたい」
「俺の家?」
思わず聞き返してしまった。
恋乃未と付き合ってから何度か放課後に遊んだことはある。学校の近くにあるカフェや公園、休日には二人で買い物にも行った。
しかし、まだ家へ呼んだことはなかった。
理由は一つしかない。
「優月と愛季がいるかもしれないぞ」
「〇〇のお姉さんだよね?」
「そう」
「二人とも〇〇のことが大好きなんだっけ」
「よく知ってるな」
「〇〇から聞いたもん」
優月と愛季は俺の姉だ。
二人とも昔から俺を溺愛している。
小学生の頃は登下校についてこようとしたし、中学生になってからも休日の予定を細かく聞かれた。
高校へ入学してからは以前より落ち着いたものの、帰りが遅くなれば連絡が来るし、休日に出かけようとすれば誰とどこへ行くのか確認される。
俺が女子から人気があることも知っているため、学校行事へ来るたびに周囲を警戒していた。
そんな二人には、まだ彼女ができたことを伝えていない。
「俺が彼女を連れて帰ったら、絶対に騒ぐぞ」
「嫌われるかな?」
「嫌うというより、最初は警戒すると思う」
「じゃあ、仲良くならないとね」
恋乃未は少しも不安そうにしていなかった。
「自信あるの?」
「あるよ」
「どこから出てくるんだよ」
「〇〇が大好きな人なら、私も大切にしたいから」
当然のことのように言われ、胸が温かくなる。
恋乃未は人当たりがいい。
誰に対しても明るく接し、相手の話を楽しそうに聞くことができる。
そんな恋乃未なら、優月と愛季とも仲良くなれるかもしれない。
ただ、今日いきなり連れて帰るのは少し不安だった。
「今日じゃないとダメ?」
「ダメじゃないけど、いつかは会うでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「それなら今日がいい」
恋乃未は笑いながら俺の腕へ軽く寄りかかった。
「ちゃんと彼女として挨拶したいの」
その言葉を聞いたら、断る理由はなかった。
「分かった。一緒に帰ろう」
「やった」
「ただし、何を言われても気にしないでくれよ」
「大丈夫。私、結構強いから」
「そういう問題かな」
「それに、〇〇が守ってくれるでしょ?」
「もちろん」
そう答えると、恋乃未は嬉しそうに笑った。
放課後、俺たちは並んで家へ向かった。
普段は楽しそうに学校であった出来事を話す恋乃未だが、今日は少しだけ大人しかった。
「緊張してる?」
「ちょっとだけ」
「さっきは自信あるって言ってたのに」
「自信があるのと緊張するのは別なの」
「帰りたくなったら言っていいからな」
「帰らないよ」
恋乃未は俺の手を握った。
「〇〇の彼女だって、ちゃんと認めてもらいたいから」
指を絡めるように握り返す。
「多分、時間はかからないと思う」
「どうして?」
「優月も愛季も、本当は優しいから」
「知ってるよ」
「会ったことないだろ」
「〇〇が優しいから、家族も優しいと思う」
何の迷いもなく言い切られて、少し恥ずかしくなった。
家の前に到着すると、恋乃未は一度深呼吸をした。
「大丈夫?」
「うん」
「手、離す?」
「このままがいい」
恋乃未と手をつないだまま、玄関の扉を開ける。
「ただいま」
すぐにリビングの扉が開いた。
「おかえり、〇〇!」
優月が明るい声で駆け寄ってくる。
その後ろから愛季も顔を出した。
「今日は早かったね。お腹空いてる?」
「少しだけ」
「お菓子あるよ。一緒に食べよ」
二人はいつものように俺を囲もうとして、ようやく恋乃未の存在に気づいた。
「初めまして」
恋乃未が俺の隣で丁寧に頭を下げる。
「浅井恋乃未です」
優月と愛季は何も言わなかった。
俺と恋乃未を交互に見た後、最後に二人の視線がつないだ手へ向けられる。
「〇〇」
優月が笑顔のまま俺を呼んだ。
「誰?」
「見れば分かるだろ」
「分からないから聞いてるの」
「彼女」
「え?」
「恋乃未は俺の彼女」
その瞬間、優月の表情から笑顔が消えた。
愛季も目を見開いたまま固まっている。
しばらく玄関に沈黙が流れた。
「彼女?」
優月が小さな声で聞き返す。
「そう」
「〇〇の?」
「他に誰がいるんだよ」
「私たち、何も聞いてない」
愛季が信じられないものを見るような目を向けてくる。
「言ってなかったから」
「どうして言わないの?」
「こうなると思ったから」
「こうって何?」
「二人とも絶句してるだろ」
「だって〇〇に彼女ができるなんて聞いてないもん!」
優月の声が玄関に響く。
「事前に相談してほしかった」
「彼女を作るのに姉へ相談する高校生はいないよ」
「いるかもしれないでしょ!」
「少なくとも俺はしない」
優月が頬を膨らませる。
愛季は何も言わず、恋乃未を観察するように見つめていた。
恋乃未は少し緊張しているようだが、つないだ手を離そうとはしなかった。
「とりあえず上がってもらっていい?」
「……どうぞ」
愛季が複雑そうな表情で答えた。
リビングへ入ると、俺と恋乃未はソファへ並んで座った。
向かいには優月と愛季が座っている。
まるで面接のようだった。
「いつから付き合ってるの?」
優月が真剣な顔で尋ねる。
「三か月前から」
「三か月も隠してたの?」
「隠してたわけじゃないよ」
「言わなかったら同じだよ」
「聞かれなかったから」
「毎日聞けばよかった」
「毎日彼女できたか聞かれるのも嫌だけど」
隣を見ると、恋乃未が小さく笑っていた。
それを見た優月がすぐに反応する。
「何がおかしいの?」
「あっ、ごめんなさい」
恋乃未は慌てて姿勢を正した。
「〇〇が話していた通り、仲がいいんだなと思って」
「〇〇、私たちのこと話してるの?」
「少しだけ」
「何を?」
「俺のことが好きすぎるって」
「好きすぎるなんて言ってない」
「言ってたよ」
「素敵だと思います」
「素敵?」
「はい。私には兄弟がいないので、〇〇と仲がいい二人が少し羨ましいです」
愛季の表情がわずかに柔らかくなる。
しかし優月はまだ納得していないようだった。
「どうして〇〇と付き合ったの?」
「好きだからです」
「どこが好きなの?」
「全部です」
恋乃未は迷わず答えた。
「全部って言われても分からないよ」
「優しくて、困っている人を放っておけなくて、話していると安心できて、一緒にいると楽しくて、笑った顔が可愛いところです」
「可愛い?」
「はい」
「〇〇が?」
「可愛いです」
恋乃未は照れることなく言い切った。
俺の方が恥ずかしくなり、顔を逸らす。
すると恋乃未は俺の横顔を覗き込んだ。
「ほら、照れてる顔も可愛い」
「今言わなくていいだろ」
「本当のことだもん」
優月と愛季は、俺と恋乃未のやり取りを黙って見ていた。
「〇〇、そんな顔するんだ」
優月が少し不満そうに呟く。
「どんな顔?」
「すごく嬉しそう」
「普通だろ」
「私たちには見せない顔」
「相手が彼女だからな」
そう答えると、優月は明らかに落ち込んだ。
愛季も小さく息を吐く。
やはり二人は恋乃未に嫉妬しているようだった。
恋乃未は二人の様子を見ると、突然立ち上がった。
「何か飲み物を用意してもいいですか?」
「恋乃未はお客さんだから座ってていいよ」
俺が言うと、恋乃未は首を横に振る。
「ずっと質問されてたら緊張するから、少し動きたい」
「私が用意するよ」
愛季も立ち上がった。
「じゃあ、一緒にしてもいいですか?」
「いいけど、場所分からないでしょ」
「教えてください」
二人でキッチンへ向かう。
優月はそれを見送った後、素早く俺の隣へ移動してきた。
「〇〇」
「なに?」
「本当に恋乃未ちゃんのことが好きなの?」
「好きじゃなかったら付き合わないよ」
「私たちより?」
「比べるものじゃないだろ」
「どっちも大切?」
「もちろん」
優月はしばらく黙った後、俺の肩へ寄りかかった。
「〇〇を取られたみたいで寂しい」
「取られてないよ」
「前より一緒にいる時間が減るでしょ」
「恋乃未と付き合う前から、高校へ入って少し減ってただろ」
「これからもっと減るかもしれない」
「家族なんだから、会えなくなるわけじゃないよ」
頭を撫でると、優月は少し安心したように目を細めた。
「恋乃未ちゃんの前でそんなことしたら嫌がられるかな」
「恋乃未は優月たちと仲良くなりたいって言ってたよ」
「本当に?」
「だから今日来たんだよ」
キッチンを見ると、愛季が何かを説明し、恋乃未が楽しそうに頷いていた。
「恋乃未ちゃん、可愛いね」
「だろ?」
「嬉しそうにしないで」
「優月が言ったんだろ」
「そうだけど、〇〇が嬉しそうなのは悔しい」
「面倒だな」
「大好きな弟に彼女ができたんだから仕方ないでしょ」
優月が開き直ったところで、恋乃未と愛季が戻ってきた。
四人分の飲み物とお菓子がテーブルに並べられる。
「〇〇、どうぞ」
「ありがとう」
恋乃未が俺の前にコップを置く。
それを見た愛季が不思議そうに首を傾げた。
「〇〇、恋乃未ちゃんにだけ素直だね」
「普段もお礼くらい言うよ」
「私がお茶を出しても、もっと適当だよ」
「ありがとうって言ってるだろ」
「恋乃未ちゃんには声が優しい」
愛季は俺を見た後、恋乃未へ視線を移した。
「恋乃未ちゃん、〇〇に何かさせる方法を教えて」
「方法ですか?」
「家だと全然手伝ってくれないの」
「言い方に悪意がある。頼まれたらやってるよ」
「何回も言わないとやらないでしょ」
恋乃未は少し考えた後、俺を見た。
「〇〇」
「ん?」
「お菓子のお皿、こっちに移してほしいな」
「分かった」
皿を持ち、恋乃未が示した場所へ置く。
「ありがとう」
「これくらいならいつでもするよ」
優月と愛季が驚いた顔で俺を見る。
「一回で動いた」
「しかも笑ってる」
「皿を動かしただけだろ」
「私が頼んだ時は後でって言うのに」
「恋乃未ちゃん、すごい」
二人に尊敬するような目を向けられ、恋乃未は困ったように笑った。
「〇〇は優しいので、ちゃんとお願いしたらしてくれますよ」
「私たちもちゃんとお願いしてる」
「〇〇、飲み物取って」
「自分で取って」
「こんな感じでしょ?」
「それはお願いじゃなくて命令だからだよ」
恋乃未が笑うと、優月と愛季もつられて笑った。
張り詰めていた空気が少しずつ和らいでいく。
「恋乃未ちゃん、好きな食べ物は?」
愛季が尋ねる。
「甘いものが好きです」
「私も。駅前に新しいカフェができたの知ってる?」
「知ってます。行ってみたかったんです」
「今度一緒に行こうよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ〇〇も一緒に」
恋乃未が俺を見ると、愛季は首を横に振った。
「〇〇は留守番」
「なんで?」
「女の子だけで話したいから」
「さっきまで敵みたいに警戒してたのに」
「敵じゃないよ。〇〇の彼女だから気になってただけ」
愛季の言葉に、恋乃未は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「まだ認めたとは言ってないよ」
「愛季、もうカフェへ誘ってるけど」
優月に指摘され、愛季は少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
「それとこれとは別」
「私も恋乃未ちゃんと出かけたい」
優月も会話へ加わる。
「服とか興味ある?」
「好きです」
「じゃあ買い物へ行こう。恋乃未ちゃんに似合う服、私が選ぶ」
「優月に任せたら一日中着せ替えされるよ」
「可愛い服をいっぱい着てほしいもん」
「楽しそうです」
「恋乃未ちゃん、絶対に何でも似合うよ」
優月はすでに恋乃未の肩へ触れ、楽しそうに髪型や服装の話を始めていた。
恋乃未も嫌がることなく、嬉しそうに話を聞いている。
俺はその光景を見ながら、少し呆れていた。
「二人とも切り替えが早すぎるだろ」
「まだ完全には認めてないよ」
優月が言う。
「じゃあ、何をしたら認めてくれるんですか?」
恋乃未が真剣に尋ねる。
二人は顔を見合わせた。
「〇〇を大切にすること」
愛季が答える。
「泣かせないこと」
優月も続ける。
恋乃未は大きく頷いた。
「約束します」
「即答なんだ」
「私は〇〇が大好きなので」
恋乃未は俺の手を取り、両手で包み込んだ。
「〇〇が悲しい時はそばにいたいし、嬉しい時は一緒に喜びたいです。私も失敗するかもしれないけど、ちゃんと話して、ずっと仲良くしたいと思っています」
普段は明るくて可愛らしい恋乃未が、まっすぐな目で二人へ伝える。
優月も愛季も何も言わずに聞いていた。
「それに、優月さんと愛季さんのことも大切にしたいです」
「私たちも?」
「はい。〇〇が二人の話をする時、いつも楽しそうだから」
「楽しそうにしてた?」
優月が俺を見る。
「普通に話してただけだよ」
「でも、仲がいいのは伝わりました」
恋乃未は二人へ笑顔を向けた。
「私も、いつか二人に妹みたいに思ってもらえたら嬉しいです」
その一言で、優月の表情が大きく変わった。
「妹?」
「はい」
「恋乃未ちゃんが私たちの妹?」
「嫌ですか?」
「嫌じゃない!」
優月は勢いよく恋乃未へ抱きついた。
「むしろ大歓迎!」
「わっ」
「こんな可愛い妹ができるなら嬉しい!」
「優月、さっきまで嫉妬してたじゃん」
愛季が呆れたように言う。
「それはそれ。恋乃未ちゃんが可愛いのも事実だから」
優月に抱きしめられた恋乃未は、驚きながらも嬉しそうに笑っている。
「愛季さんも、お姉さんになってくれますか?」
恋乃未が尋ねると、愛季は一度だけ顔を逸らした。
「〇〇のためだからね」
「え?」
「よろしくね」
恋乃未の顔が明るくなる。
「ありがとうございます」
愛季が照れながら恋乃未の頭を撫でる。
その様子を見て、優月がすぐに言った。
「私もね」
「はい」
「可愛い!」
再び抱きつこうとする優月を、恋乃未が笑いながら受け止める。
「俺の時より喜んでない?」
「〇〇はもう家族だから」
「恋乃未ちゃんは新しくできた妹だもん」
「妹じゃなくて俺の彼女だからな」
「どっちでもあるよ」
「そうそう」
わずか一時間ほど前まで絶句していた二人とは思えない。
それから優月が昔のアルバムを持ってきた。
「恋乃未ちゃん、〇〇の小さい頃見たい?」
「見たい!」
「やめろ」
俺が止めるより早く、優月がアルバムを開いた。
「これ幼稚園の時」
「可愛い!」
「こっちは運動会で転んだ時」
「泣いてる〇〇も可愛い」
「なんでそんな写真まで残してるんだよ」
「大切な弟だから」
愛季もスマホを取り出した。
「最近の写真もあるよ」
「勝手に撮ったやつだろ」
「寝てる時の写真とか」
「見せなくていい!」
俺がスマホを取ろうとすると、恋乃未が愛季の隣へ素早く移動した。
「見たい」
「恋乃未まで乗らないでくれ」
「だって〇〇のこと、もっと知りたいもん」
恋乃未が楽しそうなら、強く止めることはできなかった。
三人は俺の写真を見ながら盛り上がっている。
「これ可愛い」
「でしょ?」
「優月さん、これ送って」
「いいよ。他にもあるよ」
「勝手に送るなよ」
「彼女なんだからいいでしょ」
「そういう問題じゃない」
不満を言っても、三人はまるで聞いていなかった。
夕方になり、愛季が夕食の準備を始める。
「恋乃未ちゃん、ご飯食べていく?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ食べたいです」
「私も手伝う」
恋乃未が立ち上がる。
俺も続こうとすると、優月に肩をつかまれた。
「〇〇は座ってて」
「手伝った方がいいだろ」
「恋乃未ちゃんと三人で料理したいの」
「俺だけ仲間外れ?」
「今まで〇〇を独占してた分、今日は恋乃未ちゃんを借りるから」
「独占してないよ」
「学校で毎日会ってるでしょ」
恋乃未はキッチンへ向かう前に俺のところへ来ると、耳元で小さく囁いた。
「寂しい?」
「少しだけ」
「可愛い」
「またそれかよ」
「ご飯ができたら隣に座るから待っててね」
恋乃未に頭を撫でられ、優月と愛季が楽しそうに笑った。
「〇〇、完全に恋乃未ちゃんの前では甘えん坊だね」
「甘えてない」
「顔が嬉しそう」
「そういう顔なんだよ」
三人は仲良くキッチンへ向かった。
料理をしながら笑い声が何度も聞こえてくる。
恋乃未が何か失敗して慌てると、優月と愛季が優しく教えていた。
夕食が完成する頃には、三人は昔からの姉妹のように打ち解けていた。
食卓では恋乃未が宣言した通り、俺の隣へ座った。
「美味しい」
一口食べた恋乃未が目を輝かせる。
「本当?」
愛季が嬉しそうに聞き返す。
「うん。毎日食べたいくらい」
「じゃあ、また食べに来て」
「来てもいいの?」
「いつでもいいよ」
「やった」
優月も恋乃未の皿へおかずを追加する。
「これも食べて」
「ありがとう、優月さん」
「いっぱい食べてね」
「俺の彼女に食べさせすぎないでくれよ」
「恋乃未ちゃんは細いから大丈夫」
「恋乃未ちゃん、〇〇よりたくさん食べてもいいよ」
「なんで俺と比べるの?」
食後、恋乃未は片付けまで手伝った。
帰る時間になると、優月と愛季は明らかに寂しそうな顔をした。
「もう帰るの?」
「遅くなると家族が心配するから」
「今度は泊まりに来てよ」
優月が言う。
「いきなり泊まりは早いだろ」
「〇〇の部屋じゃなくて私たちと寝るから」
「それならいいの?」
「私たちが恋乃未ちゃんを守る」
「俺から何を守るつもりだよ」
愛季は恋乃未と連絡先を交換していた。
「家に着いたら連絡してね」
「分かりました」
「学校で〇〇が何かしたら、私たちに相談して」
「俺の信用なさすぎない?」
「恋乃未ちゃんの味方になっただけ」
「今日会ったばかりだろ」
「時間は関係ないよ」
恋乃未は嬉しそうに笑った後、優月と愛季へ交互に抱きついた。
「今日はありがとう」
「また来てね」
「絶対だよ」
「うん」
最後に恋乃未が俺の隣へ戻る。
「じゃあ送ってくる」
「暗いから気をつけてね」
「恋乃未ちゃんをちゃんと家まで送るんだよ」
「分かってる」
家を出て少し歩くと、恋乃未が俺の手を握った。
「どうだった?」
「二人とも優しかった」
「最初はすごく警戒されてたけどな」
「でも、〇〇のことが本当に大好きなんだね」
「少し大げさだけどね」
「羨ましいよ」
恋乃未は俺の肩へ軽く寄りかかる。
「私も優月さんと愛季さんが好きになった」
「早すぎない?」
「だって二人とも可愛いんだもん」
「姉たちまで可愛い扱いするの?」
「〇〇と似てるから」
「似てないよ」
「似てる。大切な人にはすごく優しいところ」
恋乃未はつないだ手に力を込めた。
「これからは〇〇だけじゃなくて、優月さんと愛季さんとも仲良くしたい」
「俺より仲良くなったりして」
「嫉妬してる?」
「少しだけ」
「大丈夫」
恋乃未は立ち止まると、俺の目をまっすぐに見つめた。
「私は〇〇の彼女だから」
その言葉に安心する。
「それにしても、本当に懐へ入るのが上手だな」
「何も特別なことしてないよ」
「会って数時間で妹扱いだぞ」
「私が二人を好きになったから、二人も好きになってくれたんだと思う」
恋乃未らしい答えだった。
翌朝、リビングへ入ると優月と愛季がスマホを見ながら楽しそうに話していた。
「おはよう」
「〇〇、おはよう」
「今日恋乃未ちゃんと一緒に帰ってくる?」
愛季が当然のように尋ねる。
「今日は約束してないよ」
「誘ってよ」
「毎日来てもらうつもり?」
「ダメなの?」
優月のスマホを見ると、待ち受けが昨日撮った恋乃未との写真になっていた。
「待ち受け変えたの?」
「可愛いでしょ」
「前は俺との写真だったよな」
「今は恋乃未ちゃんとの写真」
「俺から恋乃未に乗り換えるの早くない?」
「〇〇も好きだよ」
「恋乃未ちゃんも同じくらい好きになっただけ」
愛季のスマホにも恋乃未との写真が表示されている。
「二人ともすっかりシスコンじゃん」
「妹が可愛いから仕方ないよ」
「恋乃未ちゃんは私たちの妹だから」
「俺の彼女でもあるからな」
「分かってるよ」
優月は笑いながら俺の頭を撫でた。
「恋乃未ちゃんを連れてきてくれてありがとう」
「何それ」
「可愛い家族が増えたから」
愛季も嬉しそうに頷く。
二人がこれほど恋乃未を気に入るとは思っていなかった。
恋人を紹介したら反対されるかもしれない。
そんな心配をしていた俺が馬鹿らしくなる。
その日の放課後、恋乃未と一緒に帰っていると、俺のスマホに二人から同時に連絡が届いた。
『恋乃未ちゃんも一緒に帰ってきて』
『今日は恋乃未ちゃんの好きなお菓子があるよ』
画面を見た恋乃未が嬉しそうに笑う。
「行ってもいい?」
「もちろん」
「やった」
恋乃未は俺の腕に抱きついた。
「〇〇の家、大好きになっちゃった」
「俺じゃなくて優月と愛季が目的になってない?」
「みんな目的だよ」
「それならいいけど」
「〇〇が一番だから安心して」
「聞いてないのに」
「顔に書いてあった」
「恥ずかしいな」
「可愛い」
恋乃未は楽しそうに笑う。
家に着いて玄関を開けると、優月と愛季が揃って迎えに来た。
「恋乃未ちゃん、おかえり!」
「待ってたよ!」
俺より先に恋乃未へ抱きつく二人。
恋乃未も嬉しそうに二人を抱き返した。
俺の彼女が家族に受け入れられるまで、少し時間がかかると思っていた。
けれど、恋乃未はたった一日でブラコンの姉二人の懐へ入り込んだ。
それどころか二人を完全なシスコンへ変え、俺と同じくらい恋乃未を大好きにさせてしまった。
「〇〇も早くおいで」
恋乃未が三人の輪の中から手を伸ばす。
その手を握ると、優月と愛季も俺を引き寄せた。
少し騒がしくて、少し距離が近すぎる。
それでも、大好きな彼女と大切な家族が笑い合う光景は、思っていたよりずっと幸せだった。
