何かと理由をつけて二人になろうとする上司が可愛いすぎる
森田ひかるは、社内でも有名な存在だった。
小柄で愛嬌があり、仕事もできる。
部下への指示は的確で、誰かが困っていればすぐに気づいて声をかける。上司からの信頼も厚く、同僚からも好かれている。
当然、男性社員からの人気も高かった。
食事に誘われているところを見たことも一度や二度ではない。取引先の社員に連絡先を聞かれている場面もあった。
だが、本人には彼氏がいないらしい。
それを不思議に思う社員も多かった。
そんなひかると同じ部署で働き、隣の席に座っているのが〇〇だった。
〇〇にとって、ひかるは頼れる上司だ。
分からないことを聞けば丁寧に教えてくれるし、失敗した時も必要以上に責めることはない。
ただ、一つだけ気になることがあった。
ひかるは、何かと理由をつけて〇〇と二人になろうとする。
最初は偶然だと思っていた。
ある日の定時直前。
〇〇が仕事を終わらせ、パソコンの画面を確認していると、隣から小さな声が飛んできた。
「〇〇くん」
「はい」
「今日、夜暇?」
急な質問に〇〇は手を止める。
「暇ですけど」
「本当?」
「はい。帰って適当にご飯食べるくらいです」
その返事を聞いたひかるは、分かりやすく表情を明るくした。
しかし、すぐに咳払いをして真面目な顔を作る。
「じゃあ、私の仕事手伝って」
「もう定時ですけど」
「分かってる」
「それに、ひかるさんの仕事ならもう終わりそうですよね」
〇〇がひかるのパソコンを覗くと、ほとんど作業は残っていなかった。
あと少し確認すれば帰れそうな量だ。
「終わりそうだけど、まだ終わってないの」
「一人でも十分ですよね」
「お願い!」
ひかるは胸の前で両手を合わせる。
「この後ご飯奢るから!」
「仕事を手伝わせるために、ご飯まで奢るんですか?」
「いいから。上司のお願い聞いて」
「命令ですか?」
「お願いだって言ってるでしょ」
少し頬を膨らませるひかるを見て、〇〇は小さく笑った。
「分かりました」
「本当?」
「はい。手伝います」
「よし」
ひかるは嬉しそうに笑った。
仕事は二十分ほどで終わった。
二人で会社を出て、近くの定食屋に入る。
その日は仕事の話から、好きな食べ物、休日の過ごし方まで、普段はあまりしない話をした。
ひかるは上司として話す時よりも柔らかく、よく笑った。
帰り際、ひかるは満足そうに言った。
「また手伝ってね」
「仕事が残っていたらですけど」
「残すから」
「わざと残すのは駄目ですよ」
「冗談だよ」
そう言いながら、ひかるは少しだけ残念そうな顔をしていた。
それから数日後。
定時を迎え、〇〇が帰り支度をしていると、また隣から声がした。
「〇〇くん」
「はい」
「夜、お店予約したから行くよ」
「え?」
〇〇は鞄を持ったまま固まった。
「何のお店ですか?」
「居酒屋」
「行く予定ありました?」
「今できた」
「予約したんですよね?」
「したよ」
「誰と行く予定だったんですか?」
「〇〇くん」
「俺、今初めて聞きましたけど」
「もうタクシー来たから行くよ」
「予約も急ですし、タクシーも早いですね」
「ほら、早く」
ひかるは〇〇の背中を押しながら、半ば強引に会社を出た。
しかし、入口を出てもタクシーは見当たらない。
〇〇は辺りを見回した。
「タクシーは?」
「行っちゃったみたい」
「俺たちが出るの、そんなに遅くなかったですよね」
「待てなかったんじゃない?」
「本当に呼びました?」
ひかるは目を逸らす。
「呼ぼうとは思った」
「予約は?」
「今からでも入れると思う」
「お店も予約してないんですか?」
「細かいこと気にしないの」
「全部嘘じゃないですか」
「嘘じゃないよ。〇〇くんとご飯に行くのは本当だから」
当然のように言われ、〇〇は何も返せなくなる。
ひかるは少し先を歩きながら振り返った。
「早く行くよ」
「はいはい」
二人は歩いて居酒屋へ向かった。
店は予約していなくても問題なく入れた。
ひかるは安心したように息を吐き、メニューを〇〇に見せる。
「好きなの頼んでいいよ」
「今日は何の理由で奢ってくれるんですか?」
「いつも頑張ってる部下へのご褒美」
「前回も奢ってもらいましたよ」
「じゃあ今回は私が〇〇くんとご飯に行きたかったから」
ひかるはさらりと言ってから、自分の言葉に気づいたように動きを止めた。
「今のは」
「なんですか?」
「上司と部下の交流を深めるため」
「後付けですね」
「うるさい」
頬を赤くしてメニューに顔を隠すひかるを見て、〇〇はまた小さく笑った。
その後も似たようなことは続いた。
〇〇が残業で残っていると、帰る準備を終えたひかるが隣に立った。
「手伝う」
「ひかるさんは帰って大丈夫ですよ」
「上司として部下を置いて帰れないから」
「いつもは残業しないようにって言ってますよね」
「今日は仕方ないでしょ」
「あと少しなので、一人で終わりますよ」
「二人ならもっと早く終わる」
「まあ、そうですけど」
「その代わり、この後ご飯ね」
〇〇は手を止めてひかるを見る。
「結局それが目的ですか?」
「違うよ。残業を手伝うのが目的」
「なら終わったら帰ればいいですよね」
「働いたらお腹空くでしょ」
「ひかるさんは残業してませんよ」
「今からするの」
ひかるは〇〇の隣に椅子を持ってきた。
肩が触れそうなほど近くに座り、作業を始める。
仕事中は真剣だった。
画面を見つめる横顔はいつも通り綺麗で、髪も整っている。
〇〇が資料を渡すと、ひかるは小さく笑う。
「ありがとう」
「いえ」
「もう少しだね」
「ひかるさんのおかげです」
「じゃあ、ご飯付き合ってね」
「やっぱりそこに繋がるんですね」
「約束だから」
「約束した覚えはないですけど」
「今した」
「強引だな」
「上司だから」
そんな日が続いていた。
また別の日。
その日はひかるに仕事が残っていたが、〇〇の作業は終わっていた。
時計を見ると、定時を少し過ぎている。
〇〇はパソコンを閉じ、鞄を持った。
「お先に失礼します」
「待って」
ひかるが立ち上がる。
〇〇が出口へ向かうと、ひかるは先回りして扉の前に立った。
「ひかるさん?」
「まだ帰らないで」
「もう仕事終わりました」
「知ってる」
「なら帰りますね」
〇〇が横を通ろうとすると、ひかるは扉を閉めた。
「駄目」
「どうしてですか?」
「私の仕事が終わってないから」
「俺の仕事は終わってます」
「手伝って」
「今日の量なら十分一人で終わりますよ」
「一人だと寂しい」
ひかるはそう言った後、すぐに口を押さえた。
〇〇は目を丸くする。
「寂しいんですか?」
「違う」
「今、言いましたよね」
「一人だと効率が悪いって言ったの」
「そんな長い言葉ではなかったですよ」
「聞き間違い」
ひかるは顔を赤くしながら、さらに扉の前に立ちはだかる。
〇〇は笑いを堪えきれなかった。
「新手のパワハラですか?」
「違う!」
「部下を帰らせない上司」
「この後ご飯奢るから待って」
「またご飯ですか?」
「嫌なの?」
ひかるは少し不安そうに〇〇を見上げる。
その顔を見た瞬間、〇〇は断る気をなくした。
「嫌じゃないです」
「じゃあ待って」
「分かりました」
「本当?」
「はい」
ひかるは安心したように笑う。
その笑顔があまりにも嬉しそうで、〇〇は少しだけ胸が温かくなった。
ここまで必死に二人になろうとするひかるを、最近は可愛いと思うようになっていた。
上司としてはしっかりしているのに、二人で食事をするためなら分かりやすい嘘までつく。
仕事を理由にしたり、予約を理由にしたり、残業を理由にしたり。
どれも少し考えればすぐに分かる。
それでも〇〇が毎回付き合っているのは、嫌ではなかったからだ。
むしろ、ひかると二人で過ごす時間を楽しみにしている自分がいた。
ある日、〇〇は仕事で少し大きなミスをしてしまった。
幸い大事にはならなかったが、修正のために残業することになった。
他の社員が帰った後も、一人でパソコンに向かっていると、隣にひかるが座った。
「手伝うよ」
「すみません」
「謝らなくていい。私も確認が足りなかったから」
「ひかるさんは悪くないですよ」
「上司なんだから責任はあるよ」
ひかるは資料を確認しながら言う。
「それに、一人より二人の方が早いでしょ」
「ありがとうございます」
「終わったらご飯ね」
〇〇は思わず笑った。
「こんな時でもそれですか?」
「こんな時だからだよ。落ち込んだまま帰ったら駄目」
「ひかるさんは優しいですね」
「上司だから」
「それだけですか?」
ひかるの手が一瞬止まる。
「それだけだよ」
「そうですか」
二人はしばらく黙って作業を続けた。
社内にはキーボードを叩く音だけが響く。
作業が半分ほど終わった頃、〇〇は隣に座るひかるを見た。
長時間仕事をしているのに、髪は綺麗に整っている。
メイクも崩れているようには見えない。
ひかるは画面に集中していて、〇〇の視線には気づいていなかった。
「ひかるさん」
「なに?」
「いつも可愛いですよね」
「え?」
ひかるが勢いよく顔を上げる。
「急にどうしたの?」
「いや、前から思ってたんですけど」
「前から?」
「メイクもですし、髪も崩れてるの見たことないなって」
ひかるの顔が徐々に赤くなっていく。
〇〇は素直に感心して続けた。
「朝からずっと働いてるのに、いつ見ても綺麗ですよね」
「それは、可愛く見られたいから」
ひかるが小声で呟く。
「なんて言いました?」
「何でもない!」
「急に大きな声出さないでくださいよ」
「〇〇くんが変なこと言うからでしょ」
「褒めただけです」
「急に褒めるのは禁止」
「どうしてですか?」
「心の準備ができないから」
「何の準備ですか?」
「もういい。仕事して」
ひかるは顔を背け、作業を再開する。
しかし、耳まで赤くなっていた。
〇〇は少し不思議に思いながら画面へ視線を戻した。
「でも、本当に彼氏いないのが不思議です」
再びひかるの手が止まる。
「どうして?」
「ひかるさん人気ありますよね。よく誘われてるじゃないですか」
「全部断ってるもん」
「もったいないですね」
「もったいなくないよ」
「好みの人がいないんですか?」
「いる」
ひかるは即答した。
〇〇は少し驚く。
「いるんですか?」
「彼氏はできる予定だから」
「それは誰もがそうですよ」
「私はすぐなの!」
「なんで断言できるんですか?」
「決めてるから」
「本命ですか?」
ひかるは〇〇を見る。
目が合うと、少し恥ずかしそうにしながらも力強く頷いた。
「大の大本命がいるの!」
「それは相手の人、最高ですね」
「どうして?」
「ひかるさんにそこまで好かれてるんですよ」
「本当に最高だと思ってる?」
「思ってますよ。羨ましいです」
ひかるはしばらく〇〇の顔を見つめた。
やがて呆れたように息を吐く。
「この鈍感」
「え?」
「何でもない」
「今日聞こえないこと多くないですか?」
「〇〇くんが聞かなくていいことばっかり聞こうとするから」
「気になりますよ」
「なら少しは自分で考えて」
その後、仕事は予定より早く終わった。
二人はいつものように会社を出て、近くの居酒屋へ向かう。
店に入り、向かい合って座った。
ひかるはいつもより落ち着かない様子だった。
メニューを開いては閉じ、水を飲んでは〇〇を見て、目が合うと逸らす。
「どうかしました?」
「何が?」
「さっきから変ですよ」
「変じゃない」
「本命の人のこと考えてるんですか?」
ひかるは水を飲もうとした手を止めた。
「そうだよ」
「告白しないんですか?」
「しようと思ってる」
「ならした方がいいですよ」
「簡単に言わないでよ」
「ひかるさんなら大丈夫です」
「どうしてそう思うの?」
「断る人いないですよ」
「いるかもしれないでしょ」
「ひかるさんを断るなんて、よほど鈍感な人ですよ」
ひかるはじっと〇〇を見る。
「そうだね。すごく鈍感だと思う」
「そんな人なんですか?」
「うん。私が何回も二人になる理由作ってるのに、全然気づかない」
「二人になる理由?」
〇〇は首を傾げる。
ひかるは困ったように眉を下げた。
「仕事手伝ってって言ったり」
「はい」
「お店予約したって嘘ついたり」
「はい」
「残業手伝ったり、帰ろうとするの止めたり」
〇〇の動きが止まる。
これまでの出来事が頭の中に浮かぶ。
定時後に仕事を頼まれた日。
予約していない店へ連れて行かれた日。
残業を手伝ってくれた日。
扉を閉めて帰らせてもらえなかった日。
全てに共通しているのは、ひかると二人で食事へ行ったことだった。
〇〇はゆっくりとひかるを見る。
ひかるは顔を赤くしながらも、目を逸らさなかった。
「もしかして」
「なに?」
「俺がその本命なんですか?」
ひかるは一度唇を結んだ。
それから覚悟を決めるように頷く。
「うん!大本命」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、今度は〇〇が顔を赤くする番だった。
「本当に?」
「本当だよ」
「いつからですか?」
「結構前から」
「全然気づきませんでした」
「知ってる。だから鈍感って言ったの」
「今までのは?」
「好きな人と二人になるためにだよ」
ひかるは恥ずかしそうに両手で顔を覆う。
「本当は普通に誘いたかったけど、断られたら嫌だったから」
「断らないですよ」
「今だから言えるんでしょ」
「本当に断りません」
「なら最初から気づいてよ」
「すみません」
「謝らないで。余計に恥ずかしくなるから」
ひかるは指の隙間から〇〇を見る。
上司として仕事をしている時には絶対に見せない、弱気で不安そうな顔だった。
それが〇〇にはとても可愛く見えた。
「やっと言えたから、私は満足だよ」
ひかるは少し無理をして笑った。
「伝えただけで満足ですか?」
「え?」
「返事を聞かなくていいんですか?」
「聞きたいけど」
「けど?」
「怖いもん」
ひかるは小さく答える。
〇〇は少し考えてから言った。
「俺、ひかるさんと二人でご飯に行くの好きですよ」
「本当?」
「はい。最初は仕事の延長だと思ってましたけど、最近は誘われるの待ってました」
「嘘」
「本当です。今日もご飯に行くって言われる気がしてました」
「じゃあ、私のことは?」
〇〇はひかるを見つめる。
いつも頼れる上司。
誰にでも優しくて、仕事ができて、周囲から人気がある。
けれど、自分と二人になるためには、不器用な嘘までつく。
帰ろうとすれば扉を閉め、残業すれば一緒に残り、何かと理由をつけて食事に誘ってくる。
そんなひかるを、〇〇もいつの間にか特別に思っていた。
「好きです」
ひかるの目が大きく開く。
「本当に?」
「はい」
「上司としてじゃなくて?」
「女性としてです」
ひかるはしばらく何も言わなかった。
その後、ゆっくりと笑顔になる。
「じゃあ」
「はい」
「彼女にしてね」
ひかるは机の上に置いていた手を、少しだけ〇〇の方へ伸ばした。
〇〇も手を伸ばし、その手を握る。
「よろしくお願いします」
「うん。よろしく」
ひかるは嬉しそうに〇〇の手を握り返した。
「でも、一つ聞いていいですか?」
「なに?」
「どうして毎回、ご飯を理由にしてたんですか?」
「会社だと話す時間が少ないから」
「隣の席ですよね」
「仕事の話しかできないでしょ」
「普通に誘ってくれたらよかったのに」
「それができたら苦労してないよ」
ひかるは少し頬を膨らませる。
「〇〇くんは私のこと、仕事ができる上司としか見てなさそうだったし」
「最近は可愛い上司だと思ってました」
「最近だけ?」
「前から綺麗だとは思ってましたよ」
「そういうの、付き合ってから急に言うのずるい」
「本当のことです」
「もっと言って」
「恥ずかしくないんですか?」
「今は彼女だからいいの」
さっきまで顔を隠していたのに、恋人になった途端に少し強気になる。
そんなところも、ひかるらしかった。
食事を終え、二人は店を出た。
夜風が少し冷たく、ひかるは肩を縮める。
〇〇が隣を歩いていると、ひかるの手がそっと近づいてきた。
指先が一度触れ、離れる。
そして、もう一度触れた。
〇〇はその手を握った。
ひかるは驚いたように〇〇を見る。
「嫌でした?」
「嫌じゃない」
ひかるは嬉しそうに手を握り返す。
「明日から会社ではどうします?」
「今まで通り」
「二人でご飯に行くのも?」
「今まで通り」
「また適当な理由つけるんですか?」
「もう理由はいらないでしょ」
「そうですね」
「彼氏なんだから、普通に誘う」
ひかるは〇〇の腕へ少しだけ近づいた。
「明日の夜暇?」
「暇です」
「じゃあご飯行くよ」
「仕事手伝わなくていいんですか?」
「もう手伝わなくていい」
「店の予約は?」
「してない」
「タクシーは?」
「呼んでない」
二人は顔を見合わせて笑った。
翌日。
定時になると、ひかるはいつものように隣を向いた。
「〇〇くん」
「はい」
「夜暇?」
「昨日約束しましたよね」
「確認」
「暇です」
「じゃあ帰るよ」
「今日は仕事手伝わなくていいんですか?」
「私、もう終わってるもん」
ひかるの画面を見ると、確かに全ての作業が終わっていた。
〇〇が鞄を持つと、ひかるもすぐに立ち上がる。
周囲に人がいるため、二人の距離はいつも通りだった。
しかし、会社を出て人通りが少なくなった瞬間、ひかるは〇〇の袖を掴んだ。
「どうしました?」
「手」
「会社の人に見られるかもしれませんよ」
「もう会社の外だもん」
「意外と強引ですよね」
「今さら?」
〇〇は笑いながらひかるの手を握る。
ひかるは満足そうに〇〇の隣へ並んだ。
「今日から、理由を考えなくていいんだね」
「残念ですか?」
「少しだけ」
「どうしてですか?」
「〇〇くんを誘う理由考えるの、結構楽しかったから」
「全部すぐに分かる嘘でしたよ」
「気づいてなかったくせに」
「嘘には気づいてました。本当の理由に気づいてなかっただけです」
「それを鈍感って言うの」
ひかるは呆れたように言いながら、嬉しそうに笑っていた。
「でも、これからは普通に言えるから」
「何をですか?」
ひかるは繋いだ手に少し力を込める。
「〇〇くんと二人になりたいって」
昨日までなら、きっと小さな声でしか言えなかった言葉。
今は真っ直ぐに伝えてくれる。
〇〇も手を握り返した。
「俺も、ひかるさんと二人になりたいです」
ひかるは一瞬驚き、すぐに頬を赤くした。
「それ、毎日言って」
「毎日は恥ずかしいですよ」
「彼女からの命令」
「また上司の権限使ってません?」
「会社の外では彼女の権限」
「そんな権限あるんですか?」
「今作った」
「強引だな」
「嫌?」
「嫌じゃないです」
その答えを聞いたひかるは、〇〇の肩へ少しだけ寄りかかる。
何かと理由をつけて二人になろうとしていた上司は、恋人になっても変わらない。
ただ一つ変わったのは、もう理由を隠さなくなったことだった。
「〇〇くん」
「はい」
「明日も夜暇?」
「まだ今日のご飯にも行ってませんよ」
「先に予約」
「店ですか?」
「〇〇くんの予定」
「空けておきます」
「よし」
ひかるは嬉しそうに笑った。
その顔を見ながら、〇〇は思う。
仕事ができて、誰からも人気があって、いつも綺麗で。
それなのに、自分と二人になるためだけに必死になる。
そんな上司が、やっぱり可愛すぎると。
