寝落ちしたら普段言ってくれないことまで言ってくれる彼女が可愛いすぎた
社会人の夏鈴は朝早くに家を出る。
大学生の〇〇は講義の時間によって起きる時間が変わり、夏鈴より先に家を出る日もあれば、昼近くまで眠っている日もあった。
帰宅時間も同じではない。
夏鈴が早く帰る日もあれば、〇〇が先に家で夕飯を作って待っている日もある。
毎日ずっと一緒にいられるわけではなかった。
それでも同じ家へ帰り、同じ寝室で眠る。
どれだけ忙しくても、一日の最後には必ず顔を合わせられる。
夏鈴はそんな生活を気に入っていた。
口に出して言わないが、仕事中でも時々〇〇のことを考えるようになった。
今日は何時に帰るのか。
夕飯は一緒に食べられるのか。
ちゃんと大学へ行ったのか。
またソファで寝落ちしていないか。
特に最後の一つは、最近よく考えてしまう。
〇〇は家で課題をしている途中、よくソファで眠ってしまう。
最初の頃は起こしていた。
「寝るならベッド行って」
そう言って肩を揺らすと、〇〇は眠そうに目を開ける。
「夏鈴帰ってたんだ」
「今帰ってきた」
「おかえりって言いたかった」
「寝てたじゃん」
そんな会話をしながら起き上がる〇〇を見て、夏鈴は仕方ないと思いながらも少し嬉しくなっていた。
自分が帰ってくるまで待とうとしていたことが分かるからだ。
その日は朝から仕事が忙しかった。
夏鈴は出社してから何度も時間を確認していたが、なかなか時計の針は進んでくれない。
提出しなければならない書類。
午後の打ち合わせ。
後輩から頼まれた確認作業。
一つ終われば、また別の仕事が増えていく。
「藤吉さん、これも確認お願いしていいですか?」
「そこ置いといて」
「今日中で大丈夫です」
「分かった」
夏鈴は淡々と返事をしながら、机の上の書類へ視線を落とす。
仕事中の夏鈴は落ち着いていた。
必要なことだけを話し、任された仕事は確実に終わらせる。
周囲から見れば、疲れているようにも焦っているようにも見えなかった。
けれど、本当は少しだけ早く帰りたいと思っていた。
朝、家を出る前に〇〇から、
「今日は講義早く終わるから家にいる」
と聞いていたからだ。
夕飯を作るとは言っていなかった。
待っているとも言っていなかった。
ただ家にいると言っただけ。
それなのに、その言葉を思い出す度に早く帰りたい気持ちが強くなる。
同棲する前は、一人で帰ることが当たり前だった。
仕事が長引いても、帰宅時間を気にすることはなかった。
家に着いても誰かが待っているわけではない。
疲れていれば簡単に食事を済ませ、そのまま眠るだけだった。
今は違う。
玄関を開けると、〇〇がいる。
「おかえり」と声をかけてくれる。
夏鈴が疲れていれば飲み物を用意し、時々夕飯まで作って待っている。
それが当たり前になり始めていることが、少し怖くて、同時に嬉しかった。
ようやく仕事を終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
夏鈴は会社を出ると、〇〇へ連絡を送った。
『今から帰る』
すぐに既読がつくと思っていた。
けれど、五分経っても返事はない。
駅に着いても既読にならない。
「また寝てるのかな」
電車を待ちながら、小さく呟く。
電話をかけようか迷ったが、やめた。
家にいることは分かっている。
寝ているなら、無理に起こさなくてもいい。
そう思いながらも、少しだけ寂しかった。
帰ると連絡した時、いつもなら〇〇は必ず、
『気をつけて』
と返してくれる。
たったそれだけの言葉でも、夏鈴は嬉しかった。
電車へ乗り、窓に映る自分の顔を見る。
少し疲れていた。
髪も朝より乱れている。
〇〇に会うだけなのに、夏鈴は指先で髪を整えた。
「何してるんだろ」
自分で自分に呆れる。
同棲しているのだから、〇〇は寝起きの顔も、疲れている顔も知っている。
今さら少しくらい髪が乱れていても気にしないはずだ。
それでも、家に着く前には少しでも整えておきたくなる。
駅から家までの道を歩き、マンションへ入る。
エレベーターの中でも、〇〇から返事は来なかった。
「絶対寝てる」
夏鈴は確信しながら玄関の鍵を開けた。
「ただいま」
返事はない。
予想通りだった。
玄関には〇〇のスニーカーが置かれている。
夏鈴は靴を脱ぎ、鞄を持ったままリビングへ向かった。
扉を開けると、部屋の電気はついていた。
テレビは消えている。
テーブルの上には開いたままのノートパソコンと、途中まで書かれたレポート。
その横には飲みかけのコーヒーが置かれていた。
そしてソファには、〇〇が横になって眠っている。
「やっぱり」
夏鈴は小さく息を吐いた。
ソファの背もたれに頭を預け、少し窮屈そうな体勢で眠っている。
片手にはスマートフォンを握ったままだ。
恐らく夏鈴の連絡を待ちながら、いつの間にか眠ってしまったのだろう。
夏鈴は鞄を置き、〇〇の手からそっとスマートフォンを抜き取った。
画面には夏鈴とのメッセージが表示されていた。
最後に送られていたのは、夏鈴の『今から帰る』という一文。
入力欄には途中まで文字が打たれている。
『気を』
そこで止まっていた。
「返そうとして寝たんだ」
夏鈴は少しだけ笑った。
スマートフォンをテーブルへ置き、寝室から毛布を持ってくる。
〇〇の体にそっと掛けると、少し身動きをした。
夏鈴は起きたのかと思って手を止めたが、〇〇は目を開けなかった。
「そんなに眠かったんだ」
今日は講義の後に帰宅してからレポートまでしていたのなら、疲れて眠ってしまっても仕方ない。
夏鈴は〇〇の前にしゃがみ込んだ。
寝顔を見つめる。
起きている時よりも、少し幼く見える。
普段は夏鈴をからかってばかりなのに、眠っている時は何も言わない。
当たり前のことだが、それが夏鈴には新鮮だった。
指先で〇〇の前髪を軽く整える。
「寝癖つくよ」
もちろん返事はない。
頬へ触れると、少し温かかった。
風邪を引いているわけではない。
ただ眠っているだけだ。
それでも夏鈴は安心するように、もう一度頬を撫でた。
「本当に無防備」
こんな姿を見られるのは、自分だけなのだろうか。
家で一緒に暮らしているからこそ見られる顔。
そう考えると、少しだけ特別な気持ちになる。
夏鈴はソファの前に座り込み、しばらく〇〇の寝顔を眺めていた。
夕飯の準備をしなければならない。
着替えもしたい。
お風呂にも入りたい。
それなのに、その場から離れられなかった。
「可愛い」
思わず言葉がこぼれる。
自分で言ってから恥ずかしくなり、辺りを確認する。
もちろん誰もいない。
聞いているはずの〇〇も眠ったまま。
夏鈴は少し安心して、また寝顔を見つめた。
「起きてる時に言ったら、絶対調子乗るよね」
〇〇なら
「夏鈴に可愛いって言われた」
と嬉しそうに笑う。
そして何度も言わせようとする。
それが分かっているから、起きている時には言わない。
夏鈴は指先で〇〇の頬を軽く押した。
「いつもからかってばっかりだし」
押された頬が少しへこむ。
それでも〇〇は起きない。
「私が恥ずかしがってるの、絶対楽しんでるでしょ」
また頬を押す。
「でも」
夏鈴の声が少しだけ優しくなる。
「ちゃんと大事にしてくれるし」
朝が早い夏鈴を毎日玄関まで見送ってくれる。
夏鈴が疲れて帰った日は、何も言わなくても隣へ座り、頭を撫でてくれる。
仕事の愚痴を言っても、途中で口を挟まず最後まで聞いてくれる。
夏鈴が素直に甘えられなくても、無理に言葉を求めず待ってくれる。
「ずるいよね」
そんなことをされたら、もっと好きになる。
好きだと自覚する度に、夏鈴は少し怖くなる。
〇〇がいない生活を想像できなくなっていくからだ。
けれど、その不安よりも今は一緒にいられる嬉しさの方が大きかった。
夏鈴は膝を抱え、顔を少し近づける。
眠っている〇〇には、何を言っても聞かれない。
そう思うと、普段言えない言葉も簡単に口から出てきた。
「好きだよ」
小さな声だった。
自分にしか聞こえないくらいの声。
夏鈴は恥ずかしそうに視線を逸らした。
「本当に好き」
もう一度言う。
今度は少しだけはっきりと。
「好きじゃなかったら、一緒に住みたいなんて思わないし」
同棲を提案した時も、夏鈴はかなり勇気を出した。
〇〇が大学を卒業するまで待った方がいいのか。
社会人と大学生では生活も違う。
負担になるかもしれない。
断られたらどうしよう。
様々なことを考えた。
それでも一緒に暮らしたかった。
もっと近くにいたかった。
帰る場所を同じにしたかった。
「一緒に住めて嬉しい」
夏鈴は柔らかく笑う。
「いつもありがとう」
〇〇の寝顔へ更に近づく。
額にキスをしようと思った。
起きている時には恥ずかしくてできないが、寝ている今ならできる。
夏鈴は〇〇の額へ唇を近づけた。
その瞬間。
〇〇が顔を動かした。
額へ触れるはずだった夏鈴の唇に、〇〇の唇が重なる。
「んっ」
夏鈴の目が大きく開く。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
触れた唇が離れると、夏鈴は勢いよく後ろへ下がった。
「え?」
目の前では、先ほどまで眠っていたはずの〇〇が目を開けていた。
そして楽しそうに笑っている。
「おかえり」
「……」
夏鈴は数秒間固まった。
頬が一気に熱くなる。
今まで自分が言ったことを思い返し、更に顔が赤くなった。
「寝たふりとかずるい!」
近くにあったクッションを掴み、〇〇の肩を何度も軽く叩く。
「痛いって」
「知らない!」
「夏鈴、落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょ!」
「ごめんって」
「笑ってるじゃん!」
〇〇は謝りながらも、表情は嬉しそうだった。
それが余計に腹立たしい。
夏鈴はもう一度クッションで肩を叩く。
「本当に寝てたよ」
「嘘」
「夏鈴が帰ってくるまでは寝てた」
「じゃあいつ起きたの?」
〇〇は体を起こし、ソファへ座り直した。
「玄関の音が聞こえた時に起きた」
夏鈴の動きが止まる。
玄関の音が聞こえた時。
それなら、夏鈴がリビングへ入ってきてからの言葉は全部聞かれていたことになる。
「いつから起きてたの?」
確認するようにもう一度聞く。
「だから玄関の音が聞こえた時」
「じゃあ聞いた?」
「何を?」
〇〇はわざと分からないふりをした。
夏鈴は唇を噛み、〇〇を睨む。
「分かってるでしょ」
「可愛いって言ってくれたこと?」
「忘れて」
「いつもからかってばっかりって言われたこと?」
「忘れてって言ってる」
「一緒に住めて嬉しいって言ってくれたこと?」
「〇〇」
「俺も好きだよ」
夏鈴は言葉を失った。
〇〇はふざけた表情をやめ、真っ直ぐに夏鈴を見つめていた。
「聞いてるじゃん」
夏鈴は恥ずかしそうに顔を背ける。
「聞こえちゃった」
「寝たふりしてたからでしょ」
「途中で起きるタイミングなくなった」
「普通に起きればよかったじゃん」
「夏鈴がすごく可愛いこと言ってたから、最後まで聞きたくなった」
「最低」
「ごめん」
〇〇は夏鈴の手を取る。
夏鈴は一度離そうとしたが、強く拒むことはしなかった。
「でも、ちゃんと好きって分かったから嬉しかった」
「当たり前だよ」
夏鈴はまだ〇〇を見ない。
「好きじゃなかったら付き合ってないし、一緒に住んでないから」
「それは分かってるけど」
「分かってるなら聞かなくていいでしょ」
「夏鈴、普段あまり言ってくれないから」
「言わなくても分かるでしょ」
「分かるけど、言ってもらえるともっと嬉しい」
「欲張り」
「好きな人には欲張りになるよ」
その言葉に、夏鈴は何も返せなかった。
〇〇の手が少しだけ強く夏鈴の手を握る。
「夏鈴」
「なに?」
「こっち向いて」
「嫌」
「怒ってる?」
「怒ってる」
「本当に?」
「半分くらい」
「残り半分は?」
夏鈴は答えない。
本当は嬉しかった。
寝顔にだけ言ったつもりの好きが、〇〇に届いた。
〇〇も好きだと言ってくれた。
それが恥ずかしくて、嬉しくて、どう反応すればいいのか分からない。
「嬉しいんでしょ?」
「調子乗らないで」
「違う?」
「違わないけど」
小さく答える。
〇〇は笑った。
「やっぱり可愛い」
「もう一回寝れば?」
「起きたばっかりなのに?」
「私が帰ってきたのに寝てる人は知らない」
「待ってたんだよ」
「寝てたじゃん」
「夏鈴が帰るまで起きてようと思ってた」
「失敗してるけど」
「それはごめん」
〇〇は夏鈴の腕を軽く引いた。
夏鈴はバランスを崩し、そのまま〇〇の隣へ座る。
肩が触れる距離。
〇〇は夏鈴の頭へ手を乗せ、優しく撫でた。
「仕事お疲れさま」
「急に何?」
「帰ってきたのに、ちゃんと言えてなかったから」
夏鈴の表情が少し柔らかくなる。
「ただいま」
「おかえり」
ようやく交わされた言葉。
夏鈴は〇〇の肩へ少しだけ寄りかかった。
「夕飯は?」
「作ったのがあるから温めるよ」
「寝起きでしょ」
「もう目覚めた」
「私にキスしたから?」
「うん」
「最低」
そう言いながらも、夏鈴の声は先ほどより優しかった。
二人でキッチンへ向かう。
夏鈴が冷蔵庫から保存容器を出し、〇〇がご飯をよそう。
今日の夕飯は鶏肉と野菜の煮物、味噌汁、簡単なサラダだった。
〇〇が味噌汁を温めながら、何度も夏鈴を見る。
「何?」
「別に」
「ずっと見てる」
「好きだなと思って」
「今言わなくていい」
「夏鈴もさっき言ってたじゃん」
「寝てると思ったから」
「起きてる時も言ってよ」
「無理」
「何で?」
「恥ずかしいから」
「俺には言わせるのに?」
「〇〇は恥ずかしがらないでしょ」
「俺だって少しは恥ずかしいよ」
「全然見えない」
「夏鈴の前だから頑張ってる」
「嘘」
「本当」
夏鈴は少し笑った。
温め終えた料理をテーブルへ並べ、二人で向かい合って座る。
「いただきます」
「いただきます」
〇〇が煮物を一口食べる。
「美味しい」
「朝作っただけだけど」
「朝から作ったの?」
「帰ってきて何もしたくないと思ったから」
「じゃあ俺が作ればよかった」
「レポートあったでしょ」
「もう少しだったんだけど寝た」
「知ってる」
「起こしてくれてもよかったのに」
「気持ち良さそうだったから」
「寝顔見たかった?」
夏鈴の箸が止まる。
「見てない」
「ずっと見てたでしょ」
「見てない」
「頬触ってた」
「寝たふりしてる方が悪い」
「可愛いって言ってた」
「その話終わり」
「かっこいいとも言ってた」
「言ってない」
「言ってたよ」
「聞き間違い」
「好きとも言ってた」
夏鈴は〇〇を睨む。
「もうご飯作らない」
「それは困る」
「じゃあ黙って食べて」
「はい」
〇〇は素直に食事へ戻った。
けれど口元はずっと緩んでいる。
夏鈴も怒っているふりをしながら、どこか嬉しそうだった。
食事を終え、二人で片付けをする。
夏鈴が食器を洗い、〇〇が隣で拭いていく。
「夏鈴」
「なに?」
「さっきのキス、夏鈴からしようとしてたよね」
夏鈴の手が止まる。
「額にしようとしただけ」
「唇じゃなかったんだ」
「当たり前でしょ」
「残念」
「何が?」
「夏鈴からキスしてくれると思った」
「結果的にしたじゃん」
「俺からしたんだけど」
「勝手にしただけでしょ」
「じゃあ今度は夏鈴からして」
「嫌」
「寝てる時なら?」
「もう二度としない」
「本当に?」
夏鈴は答えず、水を止めた。
最後の食器を〇〇へ渡し、手を拭く。
片付けを終えた後、二人はソファに座った。
テレビをつけるが、夏鈴はほとんど見ていない。
気づけば〇〇の肩へ寄りかかっていた。
〇〇は何も言わず、夏鈴の肩を抱き寄せる。
「疲れた?」
「少し」
「寝る?」
「まだいい」
「また寝顔見る?」
「見ない」
「俺は夏鈴の寝顔見たい」
「先に寝たら?」
「夏鈴が好きって言ってくれるかもしれないし」
「もう言わない」
「一回聞けたから十分だけど」
その言葉に、夏鈴は少しだけ顔を上げる。
「本当に嬉しかった?」
「すごく嬉しかった」
「そんなに?」
「うん。夏鈴が一緒に住めて嬉しいって思ってるのも分かったし」
「それくらい分かってると思ってた」
「思ってたけど、ちゃんと聞くと違う」
〇〇は夏鈴の頬へ触れる。
「俺も一緒に住めて嬉しいよ」
「うん」
「毎日帰ったら夏鈴がいるの、幸せ」
「私の方が帰るの遅いけど」
「待ってる時間も好き」
「今日寝てたけど」
「それは言わないで」
夏鈴は小さく笑う。
「私も」
「何が?」
「帰ったら〇〇がいるの、好き」
〇〇が驚いたように目を開く。
夏鈴は恥ずかしくなり、すぐに視線をテレビへ戻した。
「今のもう一回」
「言わない」
「起きてる時に言えたじゃん」
「もう終わり」
「好きも言って」
「欲張り」
「さっき言ったでしょ」
夏鈴はしばらく黙っていた。
〇〇も急かさず待っている。
テレビから流れる音だけが部屋に響く。
やがて夏鈴は〇〇の服の袖を掴んだ。
「好き」
本当に小さな声だった。
けれど〇〇には届いた。
「俺も好き」
〇〇が夏鈴の顔へ近づく。
夏鈴は少し迷った後、目を閉じた。
唇が優しく重なる。
先ほどの不意打ちとは違う。
夏鈴も分かった上で受け入れるキス。
離れた後、夏鈴は〇〇の胸元へ顔を隠した。
「今日キス多くない?」
「夏鈴が可愛いから」
「そればっかり」
「本当だから」
「調子乗ってる」
「好きって言ってもらったから」
夏鈴は〇〇の胸を軽く叩く。
それでも離れなかった。
しばらく二人でソファに座っていたが、夏鈴が小さく欠伸をした。
「眠いんでしょ」
「少しだけ」
「寝室行こう」
〇〇が立ち上がり、夏鈴へ手を差し出す。
夏鈴はその手を取り、一緒に寝室へ向かった。
ベッドへ入り、〇〇が電気を消す。
夏鈴はすぐに〇〇の方へ近づいた。
「怒ってる?」
「もう怒ってない」
「よかった」
暗い部屋の中で、夏鈴は〇〇の胸元へ顔を寄せた。
「〇〇」
「ん?」
「今日、私が帰るまで待ってたんだよね」
「うん」
「次から眠かったら寝室で寝て」
「でも夏鈴が帰ってきた時、おかえりって言いたい」
「起こすから」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ寝室で寝る」
夏鈴は〇〇の服を軽く掴む。
「あと」
「なに?」
「寝たふりしないで」
「もうしない」
「絶対?」
「絶対」
「好きって言っても、聞かないで」
「それは難しいな」
「何で?」
「起きてたら聞こえるから」
「じゃあ寝てて」
〇〇は笑いながら夏鈴の頭を撫でた。
「夏鈴」
「なに?」
「おやすみ」
「おやすみ」
〇〇が夏鈴の額へキスをする。
夏鈴は目を閉じたまま、少しだけ口元を緩めた。
そしてしばらくしてから、〇〇が眠ったか確かめるように小さく名前を呼ぶ。
「〇〇?」
返事はない。
呼吸もゆっくりしている。
今度こそ本当に眠ったのかもしれない。
夏鈴は〇〇の胸元へ更に近づいた。
「好きだよ」
昼間よりも自然に言葉が出た。
するとすぐに、
「俺も好き」
と返事が聞こえた。
夏鈴は目を開け、〇〇の胸を軽く叩く。
「寝たふりしないって言ったじゃん」
「まだ寝てなかっただけ」
「ずるい」
「でも今度は起きてるか確認したでしょ」
「もう知らない」
夏鈴は拗ねたように背中を向ける。
〇〇は後ろから夏鈴を抱きしめた。
「ごめん」
「離れて」
「嫌」
「寝る」
「おやすみ」
夏鈴はしばらく黙っていたが、最後には〇〇の腕へ自分の手を重ねた。
「おやすみ」
そして誰にも聞かれないような声で続ける。
「明日は起きてる時に言わないから」
「今日言ってくれたから大丈夫」
「忘れて」
「絶対忘れない」
夏鈴は困ったように笑い、目を閉じた。
寝顔にだけ言えると思っていた言葉。
けれど少しずつなら、起きている〇〇にも言えるかもしれない。
そんなことを思いながら、夏鈴は〇〇の腕の中で眠りについた。
