別れた彼女と素直に気持ちを伝えたら仲直りできた
玄関の扉を開けても、何も聞こえない。
少し前までなら、鍵を回す音が聞こえた瞬間にリビングから足音がしてきた。
「おかえり、今日もお疲れさま」
優しい声と一緒に、山下瞳月が顔を覗かせていた。
疲れて帰ってきた時は鞄を受け取ってくれたり、仕事で遅くなった日は眠そうな顔をしながら待っていてくれたりした。
玄関には瞳月の靴が並び、部屋の中には料理の匂いが広がっていた。
それが当たり前だった。
けれど今は、誰も出迎えてくれない。
「ただいま」
〇〇は誰もいない部屋に向かって呟いた。
当然、返事はなかった。
分かっているのに、もしかしたら帰ってくるかもしれないと思ってしまう。
リビングへ向かい、電気をつける。
一週間前とほとんど変わらない室内。
ソファの端には瞳月がよく使っていたクッションが置かれたままだった。
食器棚には二人で買ったマグカップが並んでいる。
冷蔵庫を開ければ、瞳月が買った調味料や飲み物が残っていた。
最低限の荷物だけを持って出て行ったため、部屋の至る所に瞳月の痕跡が残されている。
それを見るたびに胸の奥が痛んだ。
しかし〇〇は、その痛みから目を逸らすように仕事へ向かっていた。
朝早く家を出て、夜遅く帰る。
忙しさに追われている間だけは、瞳月のことを考えずに済んだ。
正確には、考えていないふりができた。
頭の隅には、ずっと瞳月がいた。
些細な喧嘩だった。
本当に、今になれば何であれほど怒ったのか分からないほどのことだった。
〇〇の帰宅が遅くなる日が続き、連絡も簡単なものになっていた。
瞳月は寂しさを我慢していたが、ある日ついに不満を口にした。
〇〇も仕事で疲れていて、素直に謝ることができなかった。
「仕事なんやから仕方ないやろ」
「分かってるよ」
「分かってへんやん」
「瞳月こそ分かってないだろ」
言い合いになり、お互いに引けなくなった。
本当は、ただ寂しかったと言えばよかった。
本当は、待たせてごめんと言えばよかった。
それなのに二人とも、相手に負けたくないように意地を張ってしまった。
そして瞳月が口にした。
「そんなにしーのことが面倒なら、もう別れたらええやん」
売り言葉に買い言葉だった。
〇〇も言ってしまった。
「分かった、それでいい」
その瞬間、瞳月の表情が固まった。
何か言いたそうに唇を動かしたが、結局何も言わなかった。
その日のうちに、瞳月は鞄へ最低限の服や日用品を詰めた。
〇〇は止めたかった。
しかし今さら止めれば、自分が負けたような気がして動けなかった。
玄関で靴を履く瞳月の背中を、ただ見ていた。
「合鍵、置いていった方がええ?」
「好きにすれば」
瞳月はしばらく鍵を見つめたあと、鞄へ戻した。
「ほな、さよなら」
扉が閉まる。
〇〇は追いかけなかった。
追いかけられなかった。
それから一週間が過ぎた。
〇〇はソファへ腰を下ろし、スマートフォンを手に取った。
瞳月とのメッセージ画面を開く。
最後のやり取りは、別れる前日のものだった。
『今日遅くなる』
『了解』
たったそれだけ。
それ以前は、仕事中でも瞳月からたくさんのメッセージが送られていた。
『今日の夜ご飯何がええ?』
『スーパーで苺安かった』
『はよ帰ってきて』
『会いたい』
忙しい時は返信を後回しにしていた。
瞳月なら分かってくれると思っていた。
けれど、分かってくれることに甘えていたのは自分だった。
〇〇は文字を打つ。
『元気?』
そこまで入力して消した。
『話したい』
また消した。
何を送っても、今さらだと思われる気がした。
それに、自分から謝る勇気もなかった。
スマートフォンを伏せ、天井を見上げる。
「会いたいな」
誰もいない部屋で、ようやく素直な言葉が出た。
その頃、瞳月は親友である谷口愛季の部屋に泊めてもらっていた。
大学の講義を終え、愛季の家へ帰る。
玄関を開けると、先に帰っていた愛季がキッチンから顔を出した。
「おかえり」
「ただいま」
愛季は瞳月の顔を見ると、小さくため息をついた。
「また元気ないじゃん」
「別に普通やけど」
「全然普通じゃないよ」
瞳月は鞄を置き、ソファへ座った。
机の上には愛季が用意したお菓子と飲み物が置かれている。
この一週間、愛季は何も聞かずに泊めてくれていた。
けれど、そろそろ限界だと思ったのだろう。
愛季は瞳月の隣へ座ると、顔を覗き込んだ。
「瞳月、仲直りしないの?」
「何でしーが悪いみたいに言うん」
「悪いとかじゃなくて、二人とも意地張ってるだけでしょ」
「〇〇が先に謝るべきや」
「〇〇も同じこと思ってるかもね」
「それなら一生仲直りできへんやん」
「だから瞳月が謝れば?」
「嫌や」
瞳月はクッションを抱きしめ、顔を埋めた。
愛季は呆れたように笑う。
「〇〇も心配してるよ」
「何で分かるん」
「分かるよ。あんなに瞳月のこと大事にしてたんだから」
「大事なら別れるなんて言わへん」
「瞳月が先に言ったんでしょ?」
「それは勢いやったもん」
「〇〇も勢いだったんじゃない?」
「知らん」
「会いたくないの?」
「会いたくない」
「本当に?」
「ほんま」
愛季が少し考えるように首を傾げた。
そして何でもないことのように言った。
「じゃあ、愛季が〇〇を貰ってもいいの?」
「そ、それはあかん!」
瞳月は勢いよく顔を上げた。
愛季は笑いを堪えながら瞳月を見る。
「何で?」
「何でって、〇〇はしーのやから」
「別れたんでしょ?」
「別れたけど」
「今は恋人じゃないよね?」
「それでもあかん!」
「ほら、まだ好きなんじゃん」
瞳月は言葉に詰まり、再びクッションへ顔を埋めた。
耳まで赤くなっている。
しばらくして、小さな声が聞こえた。
「当たり前や」
「何が?」
「まだ好きに決まってるやん」
「だったら会いなよ」
「無理や」
「どうして?」
「どんな顔して会えばええん」
「その顔で」
「泣きそうな顔やで」
「そのままでいいよ」
瞳月は唇を尖らせた。
「〇〇はもう、しーのことなんかどうでもよく思っとる」
「そんなわけないよ」
「そうかもしれんやん」
「それでも会うの」
愛季の声が少しだけ真剣になる。
「しっかり謝って、寂しかったって言って、まだ好きだって伝えるの」
「でも、嫌やって言われたら」
「その時は愛季が慰めてあげる」
「嫌や」
「何が?」
「振られるのが嫌や」
「じゃあ振られないように頑張って」
「その前に、何て言って会えばええん」
愛季は少し考え、部屋の中を見回した。
「荷物を取りに行くとかあるでしょ」
瞳月は顔を上げた。
「それや!」
「急に元気になったね」
「天才やな、愛季!」
「最初からそれくらい思いついてよ」
瞳月は立ち上がると、自分の鞄を手に取った。
「今から行く!」
「今から?」
「気が変わる前に行く」
「連絡は?」
「せん」
「いなかったらどうするの?」
「今日は仕事早く終わる日やから、もう帰っとるはず」
愛季は玄関へ向かう瞳月の背中に声をかけた。
「瞳月」
「何?」
「今度こそ、ちゃんと素直になりなよ」
瞳月は振り返り、少し不安そうな表情で頷いた。
「任せとき」
そう言ったものの、声は震えていた。
愛季は優しく笑う。
「早く仲直りしなよ」
「うん」
瞳月は愛季の部屋を飛び出した。
駅まで走り、電車に乗る。
座席に座っても落ち着かず、何度もスマートフォンの画面を確認した。
〇〇から連絡は来ていない。
自分からも送っていないのだから当然だ。
それでも少し寂しくなる。
電車を降り、二人で暮らしていた家へ向かう。
何度も歩いた道。
〇〇と手を繋いで帰った道。
スーパーへ寄って、今日の夕食を相談した道。
喧嘩した日も、この道を一人で歩いた。
あの時は怒りでいっぱいだった。
今は不安と後悔で胸がいっぱいだった。
家の前まで着く。
部屋の明かりはついている。
〇〇は帰っている。
瞳月は扉の前で立ち止まった。
心臓がうるさいほど鳴っている。
手が震える。
「大丈夫や」
自分に言い聞かせる。
「荷物取りに来ただけって言えばええ」
鞄の中から合鍵を取り出す。
別れた時も、どうしても置いていくことができなかった鍵。
鍵穴へ差し込み、ゆっくりと回す。
カチャリと音がした。
扉を開ける。
懐かしい家の匂いがした。
たった一週間離れていただけなのに、何か月も帰っていなかったように感じる。
靴を脱ごうとした瞬間、リビングの方から大きな物音がした。
足音が近づいてくる。
「瞳月?」
〇〇が驚いた顔で玄関へ現れた。
少し疲れた顔。
髪も乱れている。
けれど、瞳月の姿を見た瞬間、瞳が大きく見開かれた。
「瞳月」
〇〇が手を伸ばし、抱きつこうと近づく。
瞳月は反射的に身体を横へ動かした。
〇〇の腕が空を切る。
「勘違いせんといて」
本当は抱きしめてほしかった。
それなのに、口から出たのは可愛くない言葉だった。
「荷物取りに来ただけやから」
〇〇の表情が曇る。
「そうか」
その声を聞いた瞬間、瞳月は胸が苦しくなった。
玄関からリビングへ歩く。
何も変わっていない。
自分が使っていたクッション。
二人で選んだカーテン。
並べられたマグカップ。
テーブルの隅には、大学へ持っていく予定だったノートまで置かれている。
瞳月は自分の部屋へ向かおうとした。
けれど足が止まった。
リビングの棚に、一枚の写真が飾られていた。
旅行へ行った時の写真。
〇〇の隣で、瞳月が楽しそうに笑っている。
その写真を見た瞬間、我慢していたものが溢れそうになった。
「荷物、まとめるなら手伝うよ」
後ろから〇〇の声が聞こえた。
その言葉が、別れを認められたように聞こえた。
本当に荷物を全部持って出ていけば、二度とここへ戻れない気がした。
もう〇〇の隣で眠れない。
一緒にご飯を食べられない。
玄関でおかえりと言えない。
休みの日にソファで寄り添うこともできない。
別の誰かが〇〇の隣に立つかもしれない。
それだけは嫌だった。
瞳月は振り返った。
「〇〇」
「ん?」
「しーがおらんくても、平気やった?」
〇〇はすぐに答えなかった。
その沈黙が怖くなり、瞳月の目に涙が浮かぶ。
「やっぱり、何でもない」
逃げるように視線を逸らした瞬間、〇〇が答えた。
「平気なわけないだろ」
瞳月は顔を上げる。
「毎日寂しかった」
〇〇は苦しそうに笑った。
「仕事してる間は考えないようにしてたけど、家に帰ると瞳月がいないんだ」
「うん」
「玄関を開けても声がしないし、ご飯の匂いもしない」
「うん」
「寝る時も隣が冷たくて、朝起きても一人で」
〇〇の声を聞いているうちに、瞳月の涙が頬を伝った。
自分だけではなかった。
〇〇も寂しかった。
瞳月は鞄を床へ落とした。
そして〇〇の胸へ飛び込んだ。
「〇〇、ごめん!」
〇〇は驚きながらも、すぐに瞳月の身体を抱きしめた。
「瞳月」
「ごめんなさい、しーが悪かった」
瞳月は〇〇の服を強く掴む。
「ほんまは別れたくなんかなかった」
「うん」
「寂しかっただけやのに、〇〇が仕事ばっかりで、しーのことどうでもええんやと思って」
「そんなわけない」
「分かっとった。でも、ちゃんと言えへんかった」
涙が止まらない。
「別れるって言ったら、〇〇が止めてくれると思った」
「ごめん」
「〇〇が分かったって言った時、ほんまに苦しかった」
「俺も意地張った」
〇〇の腕に力が入る。
「本当は出て行ってほしくなかった。引き止めたかった」
「何で止めてくれへんかったん」
「瞳月こそ、何で鍵を置いていかなかったんだよ」
「戻ってきたかったからや」
瞳月は〇〇の胸へ顔を埋めた。
「〇〇が迎えに来てくれるかもしれんって思っとった」
「行けばよかった」
「うん」
「ごめん」
「しーもごめん」
しばらく二人は抱きしめ合った。
一週間分の寂しさを埋めるように、離れなかった。
〇〇が瞳月の頭を撫でる。
懐かしい温もりに、瞳月はさらに涙を流した。
「やっぱり別れたくない」
「うん」
「またここで一緒に暮らしたい」
「うん」
「しーと、もう一回付き合ってほしい」
〇〇は瞳月の頬へ手を添えた。
涙を親指で優しく拭う。
「いいよ」
瞳月は目を丸くした。
「ほんま?」
「当たり前だろ」
「嫌われてへん?」
「嫌いになれるわけない」
「面倒やと思ってへん?」
「思ってない」
「まだ好き?」
〇〇は少し笑った。
「好きだよ」
瞳月の顔がくしゃりと歪む。
嬉しいはずなのに、また涙が溢れた。
「ありがとう」
「俺も、また瞳月と一緒にいたい」
「うん」
「もう一回、俺の彼女になってください」
瞳月は何度も頷いた。
「はい。しーを〇〇の彼女にしてください」
〇〇が瞳月を抱きしめる。
瞳月も背中へ腕を回した。
「会いたかった」
「しーも会いたかった」
「連絡しようと思ったけど、何て言えばいいか分からなかった」
「しーもや」
「愛季の家にいたんだろ?」
「何で知っとるん」
「行くなら愛季のところだと思ってた」
「迎えに来てくれたらよかったのに」
「行こうとしたよ」
「ほんま?」
「でも拒まれるのが怖かった」
瞳月は〇〇の胸から顔を上げる。
「〇〇でも怖いん?」
「怖いよ。瞳月に嫌われるのが一番怖い」
瞳月は少しだけ嬉しそうに笑った。
「しーも同じや」
「これからは、寂しかったらちゃんと言って」
「〇〇も忙しいからって一人で抱え込まんといて」
「分かった」
「連絡もして」
「できるだけする」
「できるだけやなくて、ちゃんとして」
「はい」
「帰りが遅い時は?」
「必ず連絡します」
「休みの日は?」
「瞳月との時間を作ります」
瞳月は満足そうに頷いた。
「よろしい」
「瞳月も別れるって簡単に言わないこと」
「言わへん」
「本当に?」
「絶対言わへん」
「喧嘩しても?」
「〇〇のこと嫌いって言わへんし、出て行かへん」
「約束な」
〇〇が小指を差し出す。
瞳月は自分の小指を絡めた。
「約束」
指切りをしたあと、瞳月は〇〇の顔を見つめた。
一週間見られなかった大好きな顔。
改めて見ると、目の下に薄く隈ができていた。
「ちゃんと寝とった?」
「あんまり」
「ご飯は?」
「適当に食べてた」
「部屋も少し散らかっとる」
「忙しかったんだよ」
「しーがおらんと何もできへんやん」
「そうかも」
「仕方ないな」
瞳月は涙を拭いながら笑った。
「今日からまた、しーが面倒見たる」
「今日から?」
「戻ってきたらあかん?」
〇〇は瞳月の手を握る。
「戻ってきてほしい」
「荷物、愛季の家や」
「今から取りに行こう」
「その前に」
瞳月は〇〇の服を掴み、少し背伸びをした。
しかし途中で恥ずかしくなり、動きを止める。
〇〇が笑う。
「どうした?」
「分かるやろ」
「分からない」
「意地悪やな」
瞳月は頬を赤くした。
「仲直りのあれ」
「あれって?」
「もうええ」
拗ねて顔を逸らそうとした瞳月の頬へ、〇〇が手を添える。
そしてゆっくり顔を近づけ、優しく唇を重ねた。
一週間ぶりのキス。
瞳月は驚いたように目を見開いたあと、ゆっくりと目を閉じた。
短く触れるだけのキスだった。
けれど、離れた瞬間に瞳月は〇〇の首へ腕を回した。
「もう一回」
「寂しかった?」
「めっちゃ寂しかった」
〇〇はもう一度、瞳月へキスをした。
今度は先ほどよりも少し長く、失った時間を確かめるような優しいキスだった。
離れると、瞳月は満足そうに笑った。
「やっぱり〇〇がええ」
「俺も瞳月がいい」
「愛季に、〇〇貰ってええかって聞かれた」
「何て答えた?」
「あかんって言った」
「別れてるのに?」
「うるさいな。〇〇はずっとしーのやもん」
「勝手だな」
「嫌なん?」
「嬉しい」
〇〇が笑うと、瞳月も嬉しそうに笑った。
「愛季に報告せな」
瞳月がスマートフォンを取り出し、愛季へ電話をかける。
数回の呼び出し音のあと、すぐに繋がった。
『もしもし?』
「愛季」
『どうだった?』
「仲直りした」
『よかったじゃん』
「今日から戻るから、荷物取りに行く」
『分かった。ちゃんと二人で来なよ』
「何で?」
『〇〇に言いたいことあるから』
瞳月は少し笑いながら〇〇を見る。
「〇〇、怒られるで」
「覚悟しておく」
『あと瞳月』
「何?」
『もう意地張って飛び出してこないでよ』
「分かっとる」
『本当に?』
「多分」
『多分じゃ駄目』
「はいはい」
電話を切る。
〇〇は床へ落ちていた瞳月の鞄を拾った。
「行こうか」
「うん」
二人で玄関へ向かう。
瞳月は靴を履いたあと、〇〇の隣に立った。
そして当然のように手を差し出す。
「何?」
「手」
「普通に言えばいいのに」
「はよ」
〇〇が手を握ると、瞳月は指を絡ませた。
恋人繋ぎになった手を見て、嬉しそうに微笑む。
「一週間ぶりやな」
「そうだな」
「もう離さんといて」
「瞳月も離れるなよ」
「離れへん」
扉を開け、二人で外へ出る。
一週間前、瞳月は一人でこの家を出た。
涙を我慢し、振り返らずに歩いた。
けれど今日は、大好きな人が隣にいる。
手も強く繋がれている。
「〇〇」
「ん?」
「好きやで」
「俺も好き」
「しーの方が好き」
「張り合わなくていいだろ」
「大事なことやもん」
「じゃあ俺の方が好き」
「それはない」
「何でだよ」
「しーは一週間、毎日〇〇のこと考えとったから」
「俺だって考えてた」
「仕事中も?」
「少しは」
「ほら、しーの勝ち」
〇〇は笑いながら、繋いだ手を少し持ち上げた。
「これから毎日伝えるから」
「何を?」
「瞳月が好きだって」
瞳月は足を止めた。
顔を真っ赤にしながら〇〇を見上げる。
「急にそれはずるい」
「嫌?」
「嫌やない」
瞳月は〇〇の腕へ身体を寄せた。
「毎日ちゃんと言ってな」
「分かった」
「朝と夜」
「二回も?」
「別れとった一週間分も取り戻さなあかんから」
「それならしばらく増やさないとな」
「そうやで」
二人は顔を見合わせて笑った。
些細な喧嘩が原因で、一度は離れてしまった。
お互いに素直になれず、大切な人を失いそうになった。
けれど離れた一週間が、相手の存在がどれほど大きかったのかを教えてくれた。
当たり前だった声も、温もりも、笑顔も、本当は何一つ当たり前ではなかった。
それから二人は愛季の家へ向かい、瞳月の荷物を受け取った。
愛季から二人揃って長い説教を受けることになったが、帰り道も瞳月はずっと笑っていた。
家へ戻ると、瞳月は玄関で一度立ち止まる。
〇〇を先に中へ入らせ、自分は扉の外に残った。
「どうした?」
「もう一回やりたい」
「何を?」
瞳月は一度扉を閉める。
そして鍵を開け、ゆっくり扉を開いた。
「ただいま」
〇〇は少し驚いたあと、優しく笑った。
「おかえり、瞳月」
その言葉を聞いた瞬間、瞳月は〇〇へ抱きついた。
「やっぱりこれがええ」
「俺も」
「もう出て行かへんから」
「うん」
「ずっとここにおる」
〇〇は瞳月を抱きしめ、頭を優しく撫でた。
「これからも一緒にいよう」
「うん。ずっと一緒や」
静かだった部屋に、久しぶりに二人の声が響く。
玄関には瞳月の靴が戻り、リビングには笑い声が戻った。
その日の夕食は、久しぶりに瞳月が作った。
〇〇は隣で手伝いながら、何度も瞳月へ好きだと伝えた。
瞳月はそのたびに照れながらも、嬉しそうに笑った。
寂しかった一週間を埋めるように、二人はたくさん話した。
言えなかった不満も、不安も、好きな気持ちも、今度は隠さず伝え合った。
そして眠る時、瞳月は〇〇の腕の中へ潜り込んだ。
「やっと帰ってこられた」
「おかえり」
「ただいま」
瞳月は安心したように目を閉じる。
「〇〇」
「ん?」
「明日も、起きたら隣におってな」
「当たり前だろ」
「好き」
「俺も好き」
〇〇が額へ優しくキスをすると、瞳月は幸せそうに微笑んだ。
一度離れたからこそ、二人は以前よりも素直になれた。
もう二度と、意地を張って大切な人を手放さない。
その約束を胸に、二人は寄り添いながら眠りについた。
