学年一の人気者からの告白は罰ゲームと思って付き合ったら本当だった
森田ひかる。
この学校で、その名前を知らない人はいない。
小柄で、可愛くて、愛嬌があって、笑うと周りまで明るくなるような人。
まさに、誰が見ても「女の子らしい」と思うような存在だった。
男子から人気なのはもちろん、女子からも好かれていて、廊下を歩けば誰かに声をかけられる。
笑い声が聞こえれば、そこには大体森田さんがいた。
そんな森田さんと俺は同じクラスだった。
けれど、同じクラスというだけで、特別な接点があるわけじゃない。
席が近いわけでもないし、委員会が同じでもない。話したことだって、片手で数えられるくらいだった。
だから、昼休みに突然声をかけられた時は、正直かなり驚いた。
「〇〇くん、ちょっといい?」
目の前に立つ森田さんは、いつも通り可愛かった。
小さな体で少しだけ上目遣いに俺を見る。
その仕草だけで、周りの男子なら勘違いしてしまいそうだった。
「いいけど、どうしたの?」
「空き教室に来てほしいの」
「俺が?」
「うん、〇〇くんに」
その言い方に、胸が少し跳ねた。
けれど、俺はすぐに落ち着こうとした。
森田さんが俺に用事なんて、きっと何かの伝言か、誰かに頼まれたことだろう。
変に期待したら恥ずかしい。
そう思って、俺は指定された空き教室へ向かった。
教室にはまだ誰もいなかった。
昼休みの賑やかな音が、廊下の向こうから少しだけ聞こえてくる。
なのに、この教室だけ妙に静かだった。
窓から入る風でカーテンが揺れる。
俺は机にもたれながら待っていた。
数分後、教室の扉がゆっくり開いた。
「ごめんね〇〇くん、待たせた?」
入ってきた森田さんは、少しだけ息を整えながら俺を見た。
「大丈夫だよ、どうしたの?」
俺が聞くと、森田さんは扉を閉めた。
その動きがいつもより丁寧で、少し緊張しているようにも見えた。
森田さんは俺の前に立つ。
そして、小さく息を吸った。
「驚かないでね」
「うん」
「好きです。付き合ってください」
一瞬、時間が止まった気がした。
目の前で森田さんが頭を下げていた。
両手を前に出している。
その手は少し震えているようにも見えた。
え?あの森田ひかるが?
学年で一番有名で、誰からも好かれている森田ひかるが?
俺に?頭を下げて?
付き合ってくださいって言った?
頭の中が追いつかなかった。
俺たちはほとんど話したことがない。
それなのに、こんなことがあるはずがない。
考えて、考えて、俺は一つの結論にたどり着いた。
なるほど、罰ゲームか。
きっと仲のいい女子たちの間で、何かの罰ゲームになったんだろう。
告白して、相手の反応を見る。そんなありがちなやつだ。
そう考えれば全部納得できた。
だって、森田さんが本気で俺を好きになる理由なんてない。
でも、目の前の森田さんは、まだ頭を下げたままだった。
差し出された手は震えていて、俺の返事を待っている。
罰ゲームなら断ればいい。
普通ならそうする。
なのに、俺は断れなかった。
こんなふうに勇気を出しているように見える森田さんを、俺は傷つけることができなかった。
後で笑われるかもしれない。
後で「罰ゲームでした」と言われるかもしれない。
それでも、その時の俺は森田さんの手を取った。
「俺でよければよろしく」
森田さんはゆっくり顔を上げた。
その瞬間、ぱっと花が咲いたみたいに笑った。
「やった」
そう言って、森田さんは俺に抱きついてきた。
小さな体が胸元に飛び込んできて、甘い香りがふわっとした。
「よろしくね〇〇くん」
「う、うん」
罰ゲームなのに、そこまでするのか。
そんなことを思いながらも、胸はうるさいくらい鳴っていた。
放課後。
森田さんは当たり前みたいに俺の席へ来た。
「〇〇くん、一緒に帰ろ?」
クラス中の視線が一気に集まる。
俺は思わず固まった。
「えっと、本当に?」
「本当に。付き合ってるんだから一緒に帰るでしょ?」
にこっと笑う森田さん。
周りから小さなどよめきが起きた。
「え、森田さんと〇〇?」
「付き合ってんの?」
「マジ?」
俺は居心地が悪くて仕方なかった。
でも森田さんは嫌そうな顔をしなかった。
むしろ、少し嬉しそうに見えた。
帰り道も、森田さんはずっと楽しそうだった。
「〇〇くんって、帰りこっちなんだね」
「うん、森田さんも?」
「途中まで一緒」
「そうなんだ」
「ねえ、森田さんって呼び方、ちょっと距離あるよね」
「え?」
「まあ、まだいいけど」
そう言って笑う森田さんの横顔を見て、俺は少しだけ胸が痛くなった。
罰ゲームなのに。
どうしてそんなに自然に笑えるんだろう。
どうしてそんなに楽しそうなんだろう。
それから一週間が経った。
俺の予想は外れ続けた。
いつ「ごめん、罰ゲームだった」と言われるのか。
いつ友達と笑いながらネタばらしされるのか。
そう思っていたのに、何も起きなかった。
森田さんは毎朝俺に挨拶をしてくれた。
昼休みになると俺のところへ来た。
放課後は一緒に帰った。
学校中に俺たちが付き合っていることはすぐ広まった。
それでも森田さんは隠そうとしなかった。
「〇〇くん、お待たせ」
昼休み。
森田さんは弁当を持って俺の席に来た。
「そんな待ってないから」
「今日この弁当、自分で作ったんだ〜」
「すごいね」
「卵焼きが自信あるんだけど、どう?」
森田さんは自分の箸で卵焼きをつまむと、俺の口元へ差し出してきた。
「いいの?」
「彼氏だもん」
その一言で、周りの数人がこっちを見た気がした。
俺は恥ずかしさを隠しながら、差し出された卵焼きを食べた。
甘さもちょうどよくて、ふわっとしていて、本当に美味しかった。
「めっちゃ美味い」
「ほんと?」
「うん、本当に」
森田さんは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、俺は思ってしまった。
可愛いな。
罰ゲームだと思っていたはずなのに。
いつの間にか、俺は森田さんと過ごす時間を楽しみにしていた。
朝、教室に入ると森田さんを探してしまう。
昼休みになると、そろそろ来るかなと思ってしまう。
放課後、隣を歩く小さな足音がないと物足りない。
でも、好きになればなるほど怖かった。
もし全部罰ゲームだったら。
もし俺だけ本気になっていたら。
そう考えると、どうしても一歩踏み込めなかった。
付き合っているのに、俺は森田さんに触れようとしなかった。
名前も呼べなかった。
手を繋ぐこともできなかった。
森田さんは何度か俺を見て、不思議そうな顔をした。
でも何も言わなかった。
一ヶ月が経った頃。
「ねえ〇〇くん、今度の休み空いてる?」
昼休み、弁当を食べ終えた森田さんがそう聞いてきた。
「空いてるよ」
「デート行きたいな」
デート。
その言葉だけで、胸がまたうるさくなる。
「いいよ」
「ほんと?」
「うん」
森田さんは小さくガッツポーズをした。
「やった。じゃあ私、行きたいところ考えてくるね」
その姿が可愛すぎて、俺は思わず目を逸らした。
本当に罰ゲームなのか?
さすがに一ヶ月も続けるものなのか?
そう思うようになっていた。
けれど、まだ信じきれなかった。
デートの日。
俺は待ち合わせ時間の十分前に着いた。
早すぎたかなと思いながら駅前へ向かうと、そこにはもう森田さんがいた。
白い服に、ふわっとしたスカート。
いつもの制服姿とは違って、さらに女の子らしかった。
俺に気づいた森田さんは、大きく手を振った。
「〇〇くん!」
「早いね」
「楽しみすぎてね」
可愛すぎるだろ。
その言葉を飲み込んだ。
森田さんは俺の隣に来ると、自然に手を握った。
俺は驚いて肩を揺らした。
「手」
「デートだからね」
そう言って森田さんは、少しだけ照れたように笑った。
その手は小さくて、温かかった。
俺たちは映画を見て、昼ご飯を食べて、雑貨屋を回って、少し遠回りをしながら歩いた。
森田さんは本当に楽しそうだった。
可愛いものを見つけると目を輝かせた。
美味しいものを食べると頬を緩ませた。
面白い話をすると、肩を揺らして笑った。
繋いだ手に時々力が入る。
楽しい時、嬉しい時、森田さんは無意識に俺の手を握り返してくる。
そのたびに、俺の心は揺れた。
罰ゲームだと思いたい自分と、違うと信じたい自分がぶつかっていた。
帰り道。
夕方の空は少し赤く染まっていた。
人通りの少ない道を、俺たちは手を繋いだまま歩いていた。
今日一日、本当に楽しかった。
今までで一番楽しい時間だった。
だからこそ、聞かなきゃいけないと思った。
「森田さん、ちょっといいかな?」
繋いでいた手に、ぎゅっと力が入った。
「なに?」
森田さんの声が少しだけ硬くなる。
俺は立ち止まった。
森田さんも立ち止まり、俺を見上げる。
「本当に好き?」
「当たり前でしょ」
すぐに返ってきた。
迷いのない声だった。
でも俺は、もう一つ聞いた。
「罰ゲームとかじゃなくて?」
森田さんはきょとんとした。
「罰ゲーム?」
「だって、告白されるまでほとんど話したことすらなかったから」
そう言うと、森田さんは少しずつ頬を膨らませた。
「〇〇くんのバカ」
怒っているようで、でも少し泣きそうにも見えた。
「私は本当に〇〇くんが好きだから勇気出して告白したのに」
胸が痛くなった。
「ごめん、疑って」
「ずっと?」
「うん。ずっと、いつか罰ゲームだったって言われるんじゃないかって思ってた」
森田さんは目を伏せた。
「だからか」
「え?」
「付き合ったのに、〇〇くん少し距離感じてたから」
その言葉に何も言えなくなった。
森田さんはちゃんと気づいていた。
俺が怖がっていたことも、踏み込めなかったことも。
「私、〇〇くんと一緒に帰れるの嬉しかった」
森田さんは小さく言った。
「お弁当食べてくれるのも嬉しかった。昼休みに待っててくれるのも嬉しかった。今日だって、ずっと楽しみにしてた」
「森田さん」
「でも、〇〇くんがずっとどこか遠くにいる感じがして、少し寂しかった」
言葉が刺さった。
俺は傷つくのが怖くて、森田さんを傷つけていた。
「本当にごめん」
「うん、許す」
森田さんは顔を上げた。
そして少しだけ背伸びをした。
「だから、これで〇〇くんが好きだって証明するね」
「え?」
次の瞬間、森田さんの顔が近づいた。
柔らかい感触が唇に触れた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
けれど、目の前にいる森田さんの閉じた瞳と、唇に残る温かさで理解した。
キスされた。
森田さんはゆっくり離れると、顔を真っ赤にしていた。
それでも目は逸らさなかった。
「大好きだからね、〇〇」
初めて呼び捨てにされた。
その声が、胸の奥にまっすぐ届いた。
もう疑えなかった。
罰ゲームなんかじゃない。
森田ひかるは、本当に俺を好きでいてくれた。
俺は繋いでいた手を握り直した。
「俺も、これからは大好きになるよ、ひかる」
森田さん、いや、ひかるは目を丸くした。
そして次の瞬間、勢いよく抱きついてきた。
「名前呼び最高かも」
俺は思わず笑った。
「そんなに?」
「うん。ずっと呼んでほしかった」
「じゃあ、これからは呼ぶ」
「絶対?」
「絶対」
ひかるは俺の胸元に顔を埋めたまま、小さく笑った。
「これからよろしくね、〇〇」
「こちらこそ、ひかる」
そう返すと、ひかるはゆっくり体を離した。
そして、俺の手を取る。
今度は指と指を絡めるように。
恋人繋ぎだった。
「これがいい」
「うん」
「あと、もう森田さん呼び禁止」
「分かった、ひかる」
「もう一回」
「ひかる」
「もう一回」
「ひかる」
「ふふ、幸せ」
夕暮れの帰り道。
俺たちは恋人繋ぎのまま歩いた。
今までと同じ帰り道なのに、全然違って見えた。
隣で笑うひかるは、学校中が知っている有名人じゃなくて。
俺のことを好きだと言ってくれた、俺の彼女だった。
そして俺も、ようやく本当の意味でその手を握り返した。
もう疑わない。
もう距離を取らない。
これからは、ちゃんと好きになる。
いや。
きっともう、好きになっていた。
「〇〇」
「なに?」
「明日からも一緒に帰ろうね」
「もちろん」
「昼休みも一緒ね」
「うん」
「あと、たまには〇〇から誘ってね」
「頑張る」
「頑張るじゃなくて、誘って」
「分かった。誘うよ、ひかる」
ひかるは満足そうに笑った。
その笑顔を見て、俺は思った。
あの日、罰ゲームだと勘違いしながらも、この手を取ってよかった。
たとえ始まりが勘違いでも。
今、隣にいるひかるの気持ちは本物で。
俺の中に生まれたこの気持ちも、もう本物だった。
「〇〇、手、離さないでね」
「離さないよ」
「ほんと?」
「ほんと」
ひかるは嬉しそうに、繋いだ手を少しだけ揺らした。
夕日の中、小さな彼女の笑顔が眩しかった。
俺はその横顔を見ながら、もう一度だけ名前を呼んだ。
「ひかる」
「なに?」
「好きだよ」
ひかるは一瞬止まった。
それから、今までで一番嬉しそうに笑った。
「私も大好き、〇〇」
その言葉だけで、胸がいっぱいになった。
そして俺たちは、少し遠回りをして帰った。
恋人としての本当の一日目を、少しでも長く続けたかったから。
