「光と闇と、魔法使い。」第52話

もう、やめましょう

「私の話が信じられないならそれでいい! しかし皆は騙されている! この男が国王になればこの国の壊滅は免れない! この男は自身の命を懸けて、この国に復讐する気なのだから!」
 群衆は声を失った。事態を理解しようと曖昧な表情を浮かべている。しかし涼に気圧され、目を逸らせず、誰も涼を止められなかった。口を大きく開けて、ただその姿を目に焼き付けるしかできなかった。涼はサイガに向き直り告げた。
「奇流は、捨てんぞ」
 奇流は「父さん」と思わず漏らした。自分に嫌悪感を抱いていたであろう父が、自分の為に命を懸けてサイガと向き合っている。奇流はゆっくりと立ち上がった。サイガは何も言わず涼を見据えた。この状況にも動じない涼に僅かに畏怖さえ感じてる。サイガは唇の端を歪めた。
「サイガさん」
 二人を取り巻く沈黙を破ったのは、俊成だった。
「もう、やめましょう」
 サイガは何も言わなかった。しかしゆっくり振り返ると、自身に注がれる人々の眼差しに、疑惑の色が浮かんでいるのがわかる。先程までの圧倒的優勢な立場から、涼の演説によって一気に劣勢に立たされたのだ。サイガは舌打ちをする。
「……どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりする」
 憎々し気にサイガは吐き捨てた。そして奇流に目を向けると、高らかに言い放つ。
「こんな国に何の希望がある? 自分の事しか考えず平気で他国に攻め入り人の命を軽んじる。こいつら王族がどうやってこの国を導いていく?」
 王族をなぞるように視線を這わすと、次は群衆に向かって叫んだ。
「お前達は考えた事はあるか? あの大戦で散った命を! その尊さを! お前たちは祈った事があるか? 死んでいった者達が、安らかに眠れるように!」
 声を出す者は一人もいなかった。皆が地面に根付いたように立ち尽くしたまま、サイガを注視している。
「ドクターワタライ」
 サイガの声にドクターはしばしの沈黙の後、数歩踏み出して近づいた。
「お前が国王の手術に失敗したと聞いた時、心底不思議だったよ。何故俊成様の罪を被る必要があるのか」
 そして鼻を鳴らし顎で俊成を示した。
「後から俊成様に聞いて驚いたよ。王妃がお前に懇願したらしいじゃないか。息子の罪を被って欲しいとな」
 奇流は目を見開いた。そして王妃に自然と目を向ける。視線の先には、栗色の髪が肩で揺れ、年齢を感じさせない美しさを持った女性――ヘブンズヒルの王妃が口を引き結んで立っていた。
「本当に腐ったやつらだよ……自分の息子を追い詰め、挙句不始末を他人に押し付ける。良心の呵責耐えかねてせめて死刑は回避させたかったんだろうが、それ以上の生き地獄をこの一家に与えたんだよ貴様は!」
 サイガに責められ、王妃は震える体を両手で押さえた。
「ごめん、なさい」そう何度も漏らす彼女に、サイガは嘲りの笑みを見せる。
「謝ってももう遅い。貴様らが重ねた罪は、消える事はないのだからな」
 そして喉を鳴らし奇流を見ると、再び口を開いた。
「俺は諦めんぞワタライ奇流」
 奇流はサイガを凝視する。
「俺を止めたければ、殺せ」
 サイガはにいっと唇の端を上げた。次の瞬間手にした剣を王族に向ける。一同があっと声を出す間もなく彼は王族を視界におさめた。照準を外さず大股で跳んだ。一歩、二歩、三歩――。王牙が王族を取り囲んだが、それさえも臆する事なく軽やかな身のこなしで間合いを詰めた。疾風の如く迫るサイガに王族は腰を抜かす暇も与えられず、ただその場に凍り付いたように立ち尽くすだけだ。
「まずは王妃! 貴様からだ!」
 サイガは高らかに叫んだ。王妃は声を漏らすのも、目を逸らすのもできずに呆然としていた。瞬きを忘れて人形と化した彼女は、逃げる選択肢を根こそぎ奪われる。そして大剣が振り上げられた時、サイガに躊躇いは一切なかった。家族を失った無念さと、誓った王族への復讐と、自分が生き残った意味と――。巡る様々な想いを自身の腕に乗せて、それを刃先へと伝わらせる。
 終わらせる、ここで終わらせる。全てをここで――。
「やめろおおおおおおおおおおおお……!」
 奇流が腹の底から声を上げた。
 その刹那――轟音が町を包んだ。空気を切り裂き地面が揺れる。地を刺し壁を這い建物を刈る。群衆はわっと沸き、たちまち人の波となって駆け出した。王族はサイガの隙をついて一目散に城へ向かう。しかしそこへ続く階段までも脆く崩れ、慌てて広場へ避難した。
「これは……!」
 サイガは辺りを見渡した。五十年前に自身が遭遇した光景が重なる。そして恐怖を通り越し胸の底から溢れる高揚感が漏れた。
「闇魔法か……!」
 喧騒の中心に奇流は立つ。そして目の前で繰り広げられる光景をきっと睨み付けた。
「奇流さん!」
 鋭い声が奇流の耳に届く。
「スイ!」
 スイは王族の間を縫い奇流に向かって飛翔する。
「よかった、無事だったか……」
 ほっとして呟くが、すぐに目線を別に向けた。そしてスイも奇流と同様視線を上に向ける。
 時計台の頂点に、悠然と佇む男の姿がそこにはあった。
「恐怖の叫びって、気持ちいいよなあ。心が満たされる」
 ルディが笑って言った。

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