「光と闇と、魔法使い。」第16話
さよならとこんにちは
「ところで奇流、あんた柚に用事があったんじゃないのかい」
奇流はしばらく柚の様子を見守っていたが、母親に言われて「うん」と返した。柚は「なあに?」と小首を傾げる。
「当分ここに、来られそうにないんだ」
奇流の言葉に三人は目を丸くする。
「そりゃあそうだよ。町は大騒ぎだし、こっちは気にしないでおくれ。わざわざそれを言いに来てくれたのかい」
和代は豪快に笑った。つられて友明も笑ったが、柚だけは違った。
「うん、もちろん私はきちんと一人で学校に通う。頑張る。でも奇流……今の騒ぎの影響だけじゃ、ないよね?」
奇流は乾いた唇を舌で舐める。柚の疑問にしばらく黙ったが、すぐに彼女の肩を軽く叩いて立ち上がった。
「いや、そのせいなんだ。うろうろすると目をつけられるし、父さん達にも迷惑かけるからさ」
そして「おじゃましました」と両親に会釈すると、そのまま玄関へ向かう。足早に立ち去る奇流に、追いかけた柚が背中に声をかけた。
「奇流、違う。違うよ。何か隠してない?」
奇流の様子がおかしいのは、家に来た時から感じていたのだった。何か嫌な予感がする。柚は何も語らない奇流にもどかしさを感じた。
「大丈夫だよ」
いつもの言葉が柚の耳に届く。しかしそれは今だけは、柚を安心させるだけの力はない。
「また必ず来るから」
奇流は振り返らず行ってしまった。「奇流!」柚は思わず駆け出す。このまま奇流と永遠に離れる気がしたからだ。ここで引き留めないと、もう奇流の笑顔は見られないかもしれない。
柚は奇流の背中にしがみついた。
「奇流……行かないで」
か細く漏れた言葉は、奇流に届いただろうか。奇流はそっと柚を自身から離し、「またな」と小さく言って進み出す。
柚の足はその場に凍り付いた。一歩も動けない。寂しい笑みを浮かべた彼を見て、柚は再び追いかける事も、声をかける事もできなかった。
奇流は町の外れで二人の門番と対峙する。
「貴様……やはりドクターワタライの居場所を知っているのか」
屈強な体格の男達にすごまれても、奇流は臆せず留まった。ヘブンズヒルの北東に存在するマリベル村へ行くには、ルートは一本しかない。辺りは湿地帯で占められており、わざわざ何本も道の開拓を必要としない選択を国はしたのだ。神霊樹が眠るマリベル村へ続く道には無論厳重な警備が常に敷かれているのも承知の上で、彼は正面きってやって来た。
「居場所は知らない。けど俺も捜しに行きたいから出して欲しい」
奇流の言葉に男の一人は激昂した。すると重く鈍い音が奇流の左わき腹から響く。奇流の軽い体は数メートル吹っ飛び、自身が蹴りを食らったと理解した同時にやって来たあまりの激痛に顔を歪めた。
「ふざけるな! 出して欲しい? そうやってすんなり通す訳があるか!」
もっともな男の言い分に、奇流は思わず鼻で笑う。するとそれが癇に障ったもう一人の男から、背中を踏まれた。全身が石畳にめり込み、ごふっと胃から空気が漏れた。
そのままの姿勢で、今度は頭に男の足が容赦なく落とされる。頭を庇う間もなく奇流は悶えた。
「お前らワタライの人間は全て極刑にするべきだったんだよ……王妃様の計らいで生かしてやってるのに、何を勘違いしている……! 人間の屑がっ……」
男が剣に手をかける。奇流からは見えなかったが、空気が裂かれる音を聞いた。
死ぬ。そう一瞬感じた時、彼の体が熱くなった。時間にして一秒もないだろう。体から何かが飛び出した時、奇流の頭が軽くなった。
訝し気にゆっくりと顔を上げる。すぐ傍に兵士が携帯する剣が落ちていた。そしてその横に、二人の兵士が奇流と同じ目線にある。何が起こったのかわからない。奇流は頭をさすりながら、痛む体をごまかしゆっくりと立ち上がった。
兵士の体を恐る恐る揺さぶる。ぴくりとも動かない様子に思わずぞっとしたが、そっと兵士の口元に耳を近づける。すうすうと小さな呼吸音を確認した時、奇流は心底ほっとした。
「生きていますよ」
急に背後から声がして固まった。恐々と振り返ると、そこには目に眩しい金髪の少年がいた。
色白で細身の体。年や背丈は奇流と同じくらいか。整った顔立ちは一見して美少年の様相だったが、儚げな雰囲気と相反してその目は鋭く光っている。少年は警戒する奇流に顔を向けると、舐めるように視線を這わす。
「スイと申します」
スイと名乗る少年を、奇流は呆気にとられて眺めた。しかしすぐに倒れた兵士に視線を移すと、「これ……お前がやったのか」と尋ねた。
「打撃を与えて、気を失わせただけですよ」
表情一つ変えずスイは答える。
「もしかして一から説明しないといけないです?」
これまた心底うんざりと言った様子で、スイは大袈裟に溜息をついた。奇流は「説明って」と口を開いたが、すぐに何者かが叫んだ。
