「光と闇と、魔法使い。」第28話
国王の椅子
国王選挙の公示がなされ、それは街中に張り出される。奇流はスイと一緒に、空乃の家の傍に張り出されたその紙を眺めた。そこには風丸の予想通り、週明けすぐに投票が行われる旨が書かれている。二枚の顔写真が並び、精悍な顔つきのサイガに比べ、まるで心中どん底と言った表情のツヅキ俊成であった。
「一国の王子とは思えないな……」
写真から伝わるじとっとした雰囲気に、奇流は思わず苦笑する。さすがのスイも「確かに」と同意せざるを得ない様子だ。城の行事に滅多に顔を出さず、そんな青年が国王になると名乗り出た。どういういきさつか奇流達にはわからないが、サイガの気持ちを奇流は考えた。
「サイガにとったらえらい誤算だよな。ほぼ自分で決まってたのに、実の息子に名乗り出られちゃ、さすがに王族出身じゃないサイガは難しいだろ」
奇流は紙を眺めて言うと、スイは首を傾げて口を開いた。
「まあ普通は王族出身者でしょう。ただ長年引きこもりの青年と、長年王牙として王族を守ってきたサイガ。国民はどちらを選ぶでしょうねえ。まあ、圧力がなければの話ですが」
物騒な物言いに、奇流はスイに視線を走らせた。
「圧力?」
スイは二の句を継ぐ。
「いくら王牙の団長とは言っても、国王の実子以外が国を率いる。一度逸れた歴史をまた元に戻すのは、容易ではないでしょう。それを王族が許しますかね」
スイの言い分はもっともだと奇流は思ったが、「なら王族が誰でも国王になればよかったのにな」と呟いた。
「だからそれが歴史の歪となるんですよ。今まで国王はその息子が代々受け継いだ。そう、他の誰でもない。だから俊成がどうしようもなくなった時も、国王不在のまま何とか踏ん張ったんでしょう。けれど、いよいよもうどうしようもなくなった所にサイガが名乗り出た。王族ももはや自分達がなるよりも、王牙の団長である彼に任せた方が、国の運営がスムーズに行くのではと考えた。恐らくね」
要は国王と言う一見魅力的な椅子に、誰も座りたがらなかったのだ。俊成がいる以上、その椅子の持ち主は彼だけだ。古い王族の人間は、そうやって何年もその椅子を守ってきたのか。
「王族は嘆いているはずですよ。どうして今なんだと。国民もサイガの国王即位を受け入れたのに、何故それを今になって蒸し返すのだと。国王にならないと署名をしたのに、何故今になって――」
スイははたと動きを止めた。奇流は「スイ?」と呼びかけたが、しばらく彼は紙を凝視する。
「本当に、何故今なんですかね」
スイは奇流に視線を戻した。
「どういう」そこまで言って奇流も止まった。そして再び二人は紙に目を移す。
「まるでドクターワタライの失踪と関わりがあると、言っている様な物じゃありませんか」
スイはそう言うと、固まる奇流に目をやった。
「……こいつは何か、知っている?」
俊成の写真を指差し、奇流ははやる鼓動を感じて言った。
「城に忍び込む?」
帰って来た空乃に伝えると、彼女は大袈裟な程体を反らして驚きを表現した。
「ああ、ドクターの失踪した時期と、俊成が国王就任を表明した時期が近すぎる。長年引きこもりだった男がいきなり王様になりますなんて、変だと思わないか?」
奇流はちゃぶ台に身を乗り出して言った。空乃はいつもの急須を持ち、「そりゃあ皆変って思ってるよ」と返す。
「もしかして俊成は、ドクター失踪に何か関係しているかも知れない。仮に直接的にドクターと関わりがなくても、何らかの影響はあったんじゃないか? だからいきなり国王の即位を表明し、選挙に持ち込んだ」
鼻息荒くまくしたてる奇流に、空乃はなれた手つきで茶葉を急須に入れて言う。
「だから俊成に話を聞きに行く、か。奇流ちゃん。気持ちはわかるけど、城に忍び込むなんて、マリベル村に行くより千倍難しいわ」
はっと笑う空乃に、奇流はぎくりとした表情で頭を抱えた。
「だよなあ、そりゃそうだよな。そこなんだよ。問題は俺が関わると、全てにおいて格段に難易度が上がるんだよな……」
自虐的な奇流の発言に、空乃は豪快に笑った。お湯を入れて湯呑にそれを注ぐ。ほのかな湯気がたつと、香しい匂いが部屋にたちこめた。
「俊成に会いたいなんて言って、会わせてくれる訳ねえしなあ。あ、選挙期間なら町を回るんじゃないか? 選挙活動しなきゃならないんだろ?」
奇流は名案と言った様子でスイと空乃を交互に見比べる。「まあ確かに」とスイは言うが、すぐに否定の言葉を奇流に浴びせた。
「町を回ったとしても、王牙による警護がつくでしょう。そんな中俊成だけ連れ出すなんて不可能ですよ」
それに空乃も同調した。「むーりー」奇流は肩を落とし再び口を開く。
「そうだよな……サイガには警護がつくのかな? 王牙の団長を王牙が護衛すんの?」
その質問に二人は答えられなかった。確かに変な話だ。王牙を王牙が護衛する。さすがにそれはないんじゃない? と空乃が曖昧に答えるに留まった。
マリベル村へ行く手段が思いつかない。俊成に会う手段も思いつかない。次々に立ちはだかる壁に、奇流の焦りは増すばかりだ。
王牙が先か、自分が先か。その一分一秒を争う事態に、そわそわすると同時に苛つきもある。しかしそれを表になるべく出さないように奇流は心得ていた。自分が苛つくと周囲にもそれが伝染する。ただでさえ色々な人を巻き込んでいるのだ。せめて自分は明るくあれと、奇流は強く感じていた。
