「光と闇と、魔法使い。」第54話

光の祝福

「最果ての地で眠る光の精霊よ……今、沈黙を破りて我の元へ集え」
 ルディは瞬間奇流に目を奪われた。そしてすぐさまスイに目を移すと、驚愕の表情を浮かべたスイの体が眩い。
「我は誓う。我が肉体が朽ち果てるまで、汝と共に在らん事を」
 そして次の瞬間奇流はにいっと唇を上げると、両手を振りかざし叫んだ。
「覚醒の眠り人!」
 スイの両手から神々しい光が形となって現れた。ルディはすぐに手をかざし、闇の壁を作る。スイから放たれた光の刃は壁にめり込み、その衝撃で人々の目がくらんだ。
「俺が、魔法を……!」
 両手で顔を覆い、奇流は噛みしめる。しばしの沈黙の後ゆっくりと目を開けると、残光に揺れるスイとルディの姿があった。
「……へえ」
 ルディは切り裂かれた腕を一舐めし、奇流に視線を落とした。奇流は眉を寄せる。震える声で発動させた魔法であったがその効力は確かだった。ルディの闇の壁をすり抜け、多数の傷を与えている。無論ルディの油断があっただろうが、それでも奇流は手ごたえを感じた。
「まあこの程度の魔法じゃ俺はやられねえけど、な」
 そしてにやりと笑みを浮かべると、小さく唇を動かした。すかさず奇流も詠唱体勢に入る。もう恐れをなさない奇流の覚悟が見て取れた。ドクターの家で復唱した魔法。頭の中で紙を捲る。何があった。どんな可能性を、あの本は俺に示した。どうすればあいつに、俺は勝てる――。ドクターは小さく頷いた。
「光の壁で我を護れ。鉄壁の守護者!」
 奇流は声高に唱える。スイが両手を組み目を閉じると、閃光が迸る。スイを取り巻くあまりの眩さに、その場にいる全員の視界が一瞬で塞がれた。光の壁はルディが召喚した漆黒の銃撃を包み込み、そのほとんどを消し去った。しかし奇流のまだまだ拙い魔法は最大限の効力を発揮できない。幾つかの銃弾がスイの体を貫いた。
「スイっ……!」
 奇流の叫び声がこだまする。スイはよろめく体を何とか踏ん張り、ルディから視線を逸らさず次にくる攻撃に備えた。そんな状態でもしっかりと前を見据えるが、闇の力が自身の体を深く蝕む。体内を蠢く奇妙な感触に総毛だつ。そしてごふっと口から血が漏れた時、奇流は思わず駆け出した。「スイっ! スイ!」
「なあ、スイ。もっと有能なご主人様だったらよかったのにな」
 ルディは攻撃の手を緩めず、スイに向かって右手を開く。新たな魔法の発動を予感させるその動き。ゆっくりとした動作でルディは目を細めた。
 ――恐れるな、前を見よ。
 奇流の耳に囁きが届く。奇流ははっとして辺りを見渡した。誰もが上空に目を向け、この戦いを見守っている。柚は手を合わせ、空乃と風丸は互いに手を取り戦況を見つめる。そしてドクターはしっかりと、奇流を視界に捉えていた。
「ドクター……!」
 奇流はすぐさま叫んだ。
「最果ての地で眠る光の精霊よ。今、沈黙を破りて我の元へ集え。我は誓う。我が肉体が朽ち果てるまで、汝と共に在らん事を。覚醒の眠り人!」
 先程よりも数段勢いを増した無数の斬撃が、弧を描きながらルディを襲う。その数も速度も比べ物にならず、比例して鋭さも増す。しかしルディは何枚も上手だった。一度食らった魔法の動きは全て見切っているのだ。迫りくる斬撃を鼻で笑い、左右に体を揺らしながら華麗にかわす。絶対的な能力の差にスイは表情を歪めた。
「光の壁で我を護れ。鉄壁の守護者!」
 瞬時に光の壁が上空を覆った。ルディは一瞬呆気にとられ、すぐに顔を左右に振る。
「てめえ馬鹿か? 何度やっても無駄なんだよ! そんな魔法、俺の目くらましにはならねえよ!」
 ルディは奇流を見下し腹を抱えて笑った。しかし言葉とは裏腹に、初めての感情が自身に芽生えていた。かつてこれ程自分に立ち向かう者がいただろうか。ルディは眼下に広がる光の壁を眺めた。闇は全てを破壊する。人々は恐怖し、立ち向かう気さえ起きず、黙ってされるがままだった。そんな存在の自分に、この子供は必死に食らいついてくる。主人の懸命さがあるからこそ、スイも諦めない。
「……祝福は我と共に在る」
 奇流は唇を動かす。ルディは体を伸ばし余裕の笑みを浮かべると、さてどう料理をしようか思考するかの如くまずはスイを眺めた。にやにやと嫌らしい笑みを浮かべ、銃弾を浴びた満身創痍の同胞へ憐みの視線を這わす。
「閉ざされた楽園で囚われし汝よ。我が名の元に、今その鳥籠を解き放たん」
 
 ようやく、ルディは異変に気が付いた。
 
「……あん?」
 無駄な魔法を乱発する奇流を心底馬鹿にしたルディは、戦いにおいてしてはいけない油断を自ら生み出した。今まで誰にも負けなかった自尊心の蓄積が。そして知らず知らずに肥大していた慢心が。全てが絡み合い、溢れ出した時、その後の全ての行動を一秒遅らせる。現状を理解する事も、その上で攻撃をする事も、ましてや次に自身に起こる出来事を回避する事も叶わなかった。その一秒は、決して取り戻す事ができない物となる。
 
「我と汝が手を取り、我らに牙を向きし闇を祓え。光は闇を凌駕し、全てを包む受け皿とならん」
 
 スイが笑った。そして一拍の間の後、己の頭上を振り返ったルディの眼前に――。
 
「――祝福の歌い人!」
 
 無数に降り注ぐ光の雨が、何の迷いもなく闇へ迫る。
 
「あ、あああああああああああああっ……っ!」
 雨粒が光の弾丸となり、容赦なくルディの体を貫く。一つ二つ三つ四つ……十、百、千……。全て数えるなど到底不可能な光の斬撃は、その全てを闇に落とす。闇を祓え。この神々しい光の弾丸で、闇を貫け。圧倒的な闇の破壊力さえ打ち消す、圧倒的な光の祝福を与えよ――。
 ルディは痛みを感じる間もなく、激しく飛散するそれを最早どうする事もできない。両手を広げてそれを受ける事しかできない。辺りにいる皆は、その神々しい光の雨に顔を手で覆う。しかし奇流とスイだけは、この光景をしっかりと目に焼き付けた。
 
 ――闇が光に、のまれた瞬間だった。

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