「光と闇と、魔法使い。」第17話
王牙
「何をしている!」
今度は誰だと奇流が声の主に顔を向ける。そこには男の姿があった。百九十センチはある身長。筋骨隆々。全身から漂う威圧感。思わず奇流は顔をしかめる。
――いつも背負ってるおっきな剣が、威圧感抜群よね。
いつかの空乃の言葉が脳裏をよぎる。奇流の視線の先には、男の肩越しに太い剣の持ち手が見えた。「王牙の団長」奇流は言った。けれど名前が思い出せない。ただこの状況で会ってはいけない人間だと、奇流は瞬時に悟った。
「いや、何も」
人差し指で首をかく。困った時の奇流の癖だ。一方のスイは表情を変えず、黙って男を見ていた。
「何もしていないとは思えんが」
倒れている兵士二人を一瞥し、男は静かに言った。奇流はいよいよ返答に困る。張本人であるスイは相変わらずの様子だし、自分でどうにかこの場を切り抜けるしかない。奇流は腹をくくって話し出した。
「ドクターを捜しにここを通して欲しいとお願いしたんだ。でもそれはできないって言われて、思わずかっとなって殴り飛ばして……すみません」
素直が一番だと思った。見え透いた嘘はこの男には通じない。直感でそう悟ったのだ。
全身から湧き出る雰囲気は、奇流が出会った人間の中で群を抜いて力強い。
「兵士達は日頃から厳しい訓練を受けている。例え不意打ちにしても、二人同時に気絶させるのは並大抵ではない。それを君がやったと?」
男の言い分はもっともだった。奇流は何も言い返せずに冷や汗をかいた。思わず自然とスイに目が動く。
「簡単な話ですよ」
聞き逃しそうな程小さくスイは漏らした。その刹那――ひゅんと風が巻き起こると、奇流が捉えたのは男の剣に手刀をめり込ませるスイの姿だった。
何が起きたのかまたしてもわからない。しかし今の状況から察するに、駆け出したスイが手刀で男の首を狙い、男は瞬時に手にした大剣でそれを防いだと言う事だ。スイはそれでも表情を崩さず冷静に後退する。その姿を見て奇流はぎょっとした。
「……浮いてる」
そう、スイの足は僅かに地面と接していない。やっと気が付いたかと言わんばかりにスイは呆れた様子で奇流を一瞥し、大きな息を一つ吐いた。
「さすがに王牙の団長ともなると、打撃では難しいか」
スイは指をこきこき鳴らし自身を納得させた。男は大剣を構えたまま微動だにしない。
奇流だけが取り残された状況に、どうするべきかと必死に対応策を練る。
「どうやらこの人は、ここを通して欲しいそうです。守衛がやられましたので、問題ありませんよね」
「え!」何という言い分だろうか。奇流は思わず声を出した。
「無理と言うならこの二人は殺します。僕達がここを抜けた所で、あなたは何も見なかった事にすればいい。あくまで部下の失態にすれば問題ないはず」
一個人として兵士を助けるのか、王牙として兵士を犠牲にしても奇流達を止めるか。
どちらを選ぶか奇流には予想がついていた。無論それはスイも同じである。この男が放つ圧倒的な威圧感と眼光の鋭さ。生半可な気持ちでは、王族を護衛する精鋭部隊の団長は務まらない。わかっていてスイはあえて選択の機会を与えた。男の出方を探っている。
男は二人ににじり寄る。奇流は咄嗟に一歩下がった。
「人質にでもとったつもりか」
男はそう言って含み笑いをすると、地面を蹴ってあっという間に奇流の横を通り抜けた。スイの時と同様、目が追い付かない速さに言葉を出す間もなく、気が付いた時には視界が赤く染まった。それが兵士の体から噴き出す血液だと理解したのは、自身の頬に飛沫がぶつかった数秒後だ。奇流は声にならない声を出す。
「……っ!」
驚きを隠せない奇流を無視するかのように、男は剣を鞘に納め血の海を眺める。そう、一切の躊躇もなく気絶した兵士の息の根を止めたのだ。まさか自分で。奇流の頭は思いがけない出来事に破裂寸前だ。いくら何でも殺すかよ! 奇流は男の行動に内心悪態をついた。
「勘違いしているようだが」
男は二人に向き直る。辺りにたちこめる血生臭さに、奇流は咄嗟に口を塞いだ。しかし男はなれているのだろう。全く臆さずに力強くそこに立っていた。
「俺は王族を護衛する立場の者。お前達がこいつらをどうしようと、関係がない」
歪んだ表情に奇流は動けなかった。鳥肌が全身を波打つ。この感覚に覚えがある。そうだ。
奇流はカキザキの顔を思い浮かべた。カキザキもまた、奇流を簡単に恐怖させる何かがあった。王牙の恐ろしさに、目の前の男を見ながら震えた。
「まず聞きたい。君はなぜこのルートを通りたい?」
男が言うルートの一つ。マリベル村へ続く道を指差し男は奇流に問う。マリベル村へ定期的に品物を運ぶ商人しかメーベの森を抜ける者はいない。そもそも獣も数多く存在する物騒な森だ。なれた者でさえ厳重な装備をし、傭兵ギルドを利用するのがほとんどだ。そんな森があるルートを選択した奇流に、男が疑問を持つのも無理はなかった。
「……深い意味は、ない」
奇流は唇を噛んだ。自らの失態に眩暈がする。マリベル村へ向かう事はこの道を通る段階で知られるも同然。ましてやドクターが失踪し、その孫である奇流が町を出たいと申し出るのは、居場所に見当がついていると言ったも同然ではないか。
「……そうか」
男の言葉に奇流は拍子抜けした。それ以上追及するわけでもなく、男はしばらく何か考える様子を二人に見せた。一方のスイはそんな男を見据えたまま、こちらも何か考え込む仕草をする。奇流は黙る両者を交互に見比べて、どちらが最初に動き出すか成り行きを見守った。
「この場は見逃そう」
男は横たわる屍を見下して呟いた。奇流は食い下がろうとしたが、スイが手でそれを制す。
「ここは引き下がるべきです」
スイの言葉に、奇流は数秒の沈黙の後頷き返す。振り返らずとも二人の背中に突き刺さる視線を、奇流は痛い程感じていた。
