「光と闇と、魔法使い。」第12話

重大なピース
 
 町の外れで奇流は寝転び空を見上げる。ドクターを思うが、自分では何もできない現実を周囲は残酷にも突きつける。毎日毎日外に出たいと願った。まだ見ぬ景色を見たいと願った。しかし誰もそれは許さなかった。何故か。
 ワタライ家の人間だから。
 抑圧された生活は知るべき事も容易に閉ざす。物心ついた時から奇流に母親はいなかった。詳しい話はおろか母親の名前さえ教えてもらえず、一度しつこく雅恵に聞いた時は、「私がいるので坊ちゃまに母親は必要ないのですよ」と冷たく返された。それ以来誰にも尋ねなかった。
 知らない事がたくさんある。いや、知らない事だらけと言っていいだろう。奇流は生まれながらにして閉鎖された空間で生きるのを余儀なくされた。
 そんな少年が世界を見たいと願うのは、いけないだろうか。むしろ自然ではないか。
「ドクター、どこに行ったんだよ」
 奇流は流れゆく雲を眺めながら呟いた。当然返答はなかったが、それでも言葉を続ける。
「どうして突然いなくなったんだ」
 そう、あまりにも突然だった。いつものように奇流に勉強を教え、笑顔で手を振り言った「また明日」それなのに何故。
 奇流が大きく溜息をついた時、ふと視界が遮られた。慌てて上体を起こし顔を上げると、男が後ろ手を組んで笑顔で見下ろしていた。
「カキザキさん」
 奇流の横に座ると、カキザキはにやついた表情で尋ねる。
「君さあ、本当にドクターワタライから何も聞いていないの?」
 小首を傾げ問うと、奇流の頭を撫でて続けた。
「だっておかしくない? 君とドクターワタライは毎日一緒にいたんだろう? 可愛い孫に何も言わないでいなくなるかなあ。何か君に言ってたんじゃないの? ねえ、どうなのさ」
 奇流はカキザキの手を振り払った。「何も」消え入りそうな声で続ける。「聞いていない、何も……」
 ふうんと不満気な声を漏らし、カキザキは視線を逸らした。笑みは消え、再び振り向いた時、その目に光はなかった。奇流は思わず息をのむ。
「別にさ、私はね。国王が死のうとどうでもよかったのさ」
 突然の告白に、奇流は何も返せない。
「国王が死んだ死んだって騒いでいた。あの日私はまだ幼かったけれど、昨日の事のようにはっきりと覚えている。それよりも誕生日だったその日、急きょ誕生日会が中止になったのが非常に腹立たしくてね。もらった熊のぬいぐるみを、包丁でずたずたに引き裂いた」
 淡々と語るその表情に、奇流は恐怖を覚えた。何も言えず黙ってカキザキを凝視する。
「王牙は王族を守る立場だけど、正直私は王族がどうなろうが関係ない。ただそれが仕事だし、王牙は国内有数のエリート部隊だ。その名前さえあればそれでいいのさ」
 カキザキは唇の端を歪め吐き捨てた。そして立ち上がると再び奇流に目線を落とし、こう告げた。
「何かわかったら、すぐに言うんだよ。町から出ようなんて思ってないよね?」
 思わず唾を飲み込んだ音が聞こえただろうか。奇流はふと思ったが、努めて冷静に「うん」と答えた。その返答にカキザキは満足して頷くと、背中を向けて歩き出す。
「出たら駄目だよ……殺しちゃうから……」
 くぐもった声で独り言を漏らしながら、カキザキは去って行った。
 カキザキの背中を見送り、しばらく動けなかった。王牙の副団長たる所以なのか、カキザキの存在感に体がひりつく。妙な緊張感が胸をざわつかせ、何度か深呼吸をして心を落ち着かせる。
 奇流は決意した。出なきゃ、駄目だ。
 出るなと言われ続けてきた。しかし出ないと何も始まらない。何もわからないのだ。
 方法はあるか。そんな事を考える時間はなかった。とにかく町を出る。最悪正面突破でもいい。
 何が何でもドクターを捜すのが大事だ。どこへ向かおうか。ドクターの部屋に貼ってあった地図を思い浮かべた。北東へ抜けるとメーベの森。その先は沈黙の――。
 奇流の思考が一瞬止まった。そしてすぐにあの言葉が返ってくる。
 ――マリベル村で、全てを終わりにする。
「マリベル村」誰にも聞こえない程小さな声が漏れた。
 奇流は駆け出していた。物語の核心に触れた高揚感。重大なピースを手に入れた、そんな気持ちが溢れる。マリベル村に何かあるに違いない。家路へ急ぐ中、様々な出来事を反芻する。他には何か言っていなかっただろうか。何でもいい。今は些細なヒントでいいから欲しかった。
 ドクターの家に向かおうと思い直した。もしかしたら、自分に対する書置きがあるかも知れない。僅かな望みだが、確かめずにはいられない。
 しかし眼前に広がる光景に奇流の足は止まった。自宅のすぐ後ろにあるドクターの家。そこに何人もの兵士が扉を行き来し、ざわついた様子が見てとれた。奇流と同じ事を考えている王族が、ドクターの家に何人もの兵士を派遣しているのだ。そしてその流れに乗り、奇流の家も厳重な監視対象にある。奇流はそこに立つカキザキと目があった。しかしすぐにあくまで平静を装って、自らの家に入った。

いいなと思ったら応援しよう!