「光と闇と、魔法使い。」第40話
処刑までの、数時間。美月はなぜ死んだのか。
陽気な口調でそう告げると、数十人が一斉に奇流に駆け寄る。スイは呆気にとられ、抑え込まれる主人を助けるのが一歩遅れ、すぐに自身もカキザキの手に寄って手錠をかけられた。
「変な動きは勘弁ね、ご主人殺しちゃうよ?」
にこりと微笑むカキザキにスイは舌打ちをした。するとキリハラがカキザキに言う。
「カキザキ副団長! どうして」
カキザキは笑顔を崩さず丁寧に説明する。
「サイガ団長からお達しが出てね。本当にワタライはいつまでたってもお騒がせだねえ」
カキザキは奇流に視線を戻して言うが、奇流は何も答えない。呆然とした様子で自分を拘束する手錠を眺めるばかりだ。
「邪魔者を消すには、別件で逮捕か」
スイが皮肉を込めて吐き捨てる。カキザキは、はははと声を上げると、すぐに冷たい目線を落として言った。
「そんな口聞けるのも今のうちだよ。ワタライ奇流は戻り次第即刻打ち首だからね」
それに異を唱えたのはキリハラだ。彼女はカキザキに詰め寄った。
「そんな!」
カキザキはうんざりとした様子でキリハラを見た。
「何? 君が王牙にたてつくの? たかだか城の統制官が、王牙に文句言っちゃう?」
カキザキは首を回して更に続ける。
「あのね、君も本来処罰もんだよ。だってそうでしょ。俊成様の命令とは言え、この子らをマリベル村へ連れてきた。駄目なの。ワタライは町を出ちゃいけないの。出たら死ぬの。わかる?」
カキザキの言葉にキリハラは反論の手を緩めない。
「俊成様は国王の長男であり、王牙は王族を護衛する立場。順序をわきまえなさい!」
キリハラの一喝に、カキザキはややあって腹を抱えて笑い出す。キリハラは馬鹿にされたその態度に怒りが込み上げ、「カキザキ副団長!」と更に声を荒げた。
「あのさあ、俊成様を時期国王と思う人間が何人いるって言うの? あの人は問題児でしょ。今更国王の長男を武器にされてもさあ。すんなりサイガ団長に譲ればいい物を、余計な事をしてくれて私も困ってるんだよね」
カキザキは憤慨した様子で言う。「困るって」とキリハラが小さく言うと、カキザキはあっけらかんとした口調で言い放った。
「だって上が抜けないと、団長になれないでしょ? 副団長とは名ばかりで、給料が全然違うんだから! だから邪魔なんだよね、サイガさん」
全くこいつは。キリハラは歯を食いしばり、今にも殴りかかりそうだ。しかしカキザキの実力を嫌と言う程知っている。情け容赦ない性格で自分の快楽を突き詰め、どんな幼子であろうと躊躇いなく手にかける。こいつはそういう人間だ。
「はいはい、皆ー。帰るよー」
カキザキは男達に声をかけた。奇流は力なく引きずられるように乱暴に歩かされる。スイもまたカキザキの手により促されると、キリハラはただ立ち尽くすしかない。
「きちんと」キリハラはカキザキの背中に思いをぶつける。「きちんと彼の話を聞いて下さい! 彼の思いを聞いて下さい!」カキザキは立ち止まらずその場を立ち去った。村長もまた座り込んだまま動けない。キリハラは辺りに散乱する鎖をそっと手に取った。
結界は破れた。そして闇が暴走をしている。また争いが起こるのか。鎖を握りしめ、その手を額に当ててそっと目を閉じる。
俊成様、あなたは一体何を考えて……。キリハラは脳内で俊成に問いかけた。
町が騒がしくなったのは翌日の事だ。国王選挙を翌日に控えどこか浮足立つ国民に、驚愕のニュースが飛び込んだ。
「涼さん!」
奇流の家に飛び込んだのは和代だった。肩を上下させ、無断で上がり込む。リビングにいた涼に、和代は叫んだ。
「奇流が、奇流が王牙に捕まったって!」
雅恵が駆け寄る。「イズミヤさん、とりあえず座って下さい」雅恵に構わず、和代はなおも涼に叫んだ。
「今日の昼に処刑だって! ねえ涼さん! 何を呑気に座ってんの! 奇流を助けに行かなくちゃ!」物凄い剣幕で今にも涼に飛びかかりそうだ。それでも涼は表情を崩さず、冷静に口を開いた。
「あいつが魔法の使い手だったとはな」
涼は呟いた。雅恵も頭を抱えて溜息をつく。「どうして」そんな二人の様子を見て、和代はテーブルを力強く叩いた。
「いいから早く城に行かなきゃ! 自分の息子が危ないってのに、何をごちゃごちゃ言ってんだい!」
涼は深く息を吐く。そして何やら考え込む仕草を見せた。そんな態度に業を煮やした和代は、勢いよくその場を飛び出した。ばんっと扉が閉まる音が響くと、涼は再度息を深く長く吐く。
「旦那様……」
心配そうに主人を見つめる雅恵。雅恵も必死だった。今にも倒れそうなのを堪え、何とか踏ん張った。奇流があと数時間後に処刑される。その一報を耳にした時卒倒しそうだったのだ。それでも彼女はすぐに涼に報告した。しかし涼は顔色さえ変えず、「そうか」とただ一言漏らしただけだった。
雅恵はその時悟ったのだ。もはや涼は、全て背負いきれないと。今までずっと踏ん張ってきたワタライ家の当主は、既に心は死んでいた――。
「雅恵さん」
長い沈黙の後涼は雅恵の名を呼んだ。「はい」短く返すと、涼はゆっくりと顔を上げて言う。
「雅恵さんを、ずっとワタライの業に巻き込んでいた」
涼はソファーに体を埋める。そして小さく語り出した。
「あの日、たくさんの家政婦達がこの家を去った時、雅恵さんだけは残ってくれた。だから俺は、ワタライ家の自覚を失わず生きてこられた。雅恵さんがいなければ、俺はとっくに崩れていた」
雅恵は首を横に振った。「何を……何をおっしゃいますか」涼は続ける。
「どうすれば自由を手にできるのか。それこそ奇流のように必死に考えてきたさ。そしてあいつの――父の無実を信じてきた。ワタライ家の復興を信じて歯を食いしばってきた。それでも……無理だった。俺には奇流みたいに行動できなかった。王族を恐れ、皆の目を恐れ、いつしかワタライ家の誇りも失ってしまった」
雅恵は何度も首を振った。「旦那様、もうそれ以上は……」今にも泣きそうな表情で必死に涼に訴える。それでも涼は続けた。
「もし美月が――」雅恵は目を見開いた。涼の口からその名を聞いたのはいつ以来か。雅恵は涼の顔を見た。
「もし美月が生きていたら、奇流は幸せだっただろうか。そして俺も、もっと生きる希望を持てていただろうか」
涼は懐かしむように微笑んだ。穏やかな表情だ。雅恵は小刻みに震える自身の唇を、ぎゅっと引き結ぶ。雅恵もまた美月を思った。活発な女性だった。――大丈夫よ。彼女の口癖。雅恵に対してもいつも笑顔を見せ、彼女がいるだけでぱっとその場が華やぐ。美月は人を引き付ける魅力を持っていたのだ。
「美月は何故逝ってしまったんだろうな」
涼は宙を眺めた。過去に思いを馳せ、今は亡き妻にそっと問いかける。答えは出ない。答えは出ないはずだった。
「申し訳……」絞り出すような唸りともとれる声が、傍から聞こえた。涼は顔を向ける。両手を固く重ね、肩を震わす雅恵の姿を涼は捉えた。
「旦那様、申し訳……ございませ……」
言葉が上手く出てこない。雅恵は背中に汗が滲み出るのを感じる。それがとても心地悪かった。
「雅恵さん?」
家政婦のただならぬ気配に、涼は声をかける。しかし雅恵は言葉に詰まり、震えるばかりだ。
「雅恵さん」
涼が再度名前を呼ぶ。すると雅恵はその場に座り込んだ。全身の力が抜けた、生気のない表情を浮かべてようやく口を開いた。
「奥様が亡くなったのは……持病のせいでは、ありません」
涼は固まった。「雅恵さん?」顔が強張る。それでも何とか声を出す。
「私が、奥様を、奥様を……」
涼は雅恵の肩を掴んだ。それ以上、それ以上聞きたくなかった。しかし雅恵は壊れたように叫んだ。頭を抱えその場にうずくまる。涼はそれでも雅恵の肩を大きく揺らすのをやめなかった。
「私が奥様を……殺したんですっ……!」
涼は絶句した。息が止まる程凍り付いた。二の句を継げず、ただ泣き崩れる雅恵を眺めた。
奇流の処刑まで四時間を切った。
