「光と闇と、魔法使い。」第36話

不老不死を求めて 

 ――ドクターは手術ミスをしていない。
「しかしワタライは何も語らず死刑を受け入れた。王妃の必死の説得によりそれは回避され、幽閉と言う処置になった。わしは直ぐに会いに行ったよ。しかしやつと会うには王族の許可が必要だった。それでもしつこく食い下がったが、やつらはわしにマリベル村の村長と言う名ばかりの役職を与え、無理やりこの村に追いやったのじゃ。憎たらしい話じゃろう」
 村長はきっと前を見据えて吐き捨てた。奇流は乾いた唇を舐めながら、何とか声を出す。
「村長はドクターとどういう関係だったの?」
 その問いに小さく頷き答えた。
「幼い頃からワタライの家庭教師だったんじゃ。あいつは僅か十歳で医師の資格を取得した。あいつが医者になってから、わしは主に他の生徒を見ていたが、度々やつの家に遊びに行ったよ。だからやつの事はよく知っておる」
 奇流は唾を飲み込んだ。ドクターに近い人物が目の前にいる。全て聞かなくては。自分が知らない事を全て吸収しなければ、ドクターに辿り着けないと感じた。
「涼の事もずっと気にかかっていた。あいつは誰よりも父を尊敬し慕っていた。しかしそんな父が、国王を死なせてしまったとわかった時の絶望はいかほどだろう? そして国民がワタライを消しにかかるのを、あいつは幼いながら耐えた。いつしかやつはわしに言ったよ。これなら死んだ方がましだと。でもわしは必死に説得した。死んではいけない。今になって思えばある意味酷な話じゃ。生き地獄を耐えろと言っているようなもんじゃからな」
 村長は息を深く長く吐いた。そして奇流を見据えると付け加える。
「王族は何か隠しておる。わしは断言する。キリハラさん。あんたはまだ若いから理解に苦しむかもしれんが、闇はそこに眠っているぞ」
 話を振られたキリハラは何も答えなかった。ただ村長から視線を外さず、きっとした瞳で見つめている。すると奇流は恐る恐る口を開いた。
「村長は、俺の事を知ってる?」
 村長はきょとんとした表情を浮かべた。
「その真意は?」そう尋ねると、奇流は下を見て声を出した。
「俺は父さんの子供じゃないって言われたんだ。本当の父親は誰なのかわからない」
 奇流は膝の上で震える拳に力を込める。自分は何者なのか知りたかった。
「わしはワタライが幽閉されて半年ほどでここへ飛ばされた。つまり今から……二十五年になるかな? そんな昔だから、済まないがお前さんの事はわからん」
 奇流は更に項垂れた。しかし村長はすぐに奇流に声をかける。
「ただ涼の奥さん、つまりお前さんの母親になる女性は知っておるぞ。血の繋がりとか小難しい話は別じゃが、涼と結婚したのは知っておる。その時わしは既にここにいたが、往来する商人に聞いたのじゃ」
 奇流は身を乗り出した。「どんな人? 名前は?」
「彼女の名前はみづき。美しい月と書く。涼の幼馴染で、何度か見かけた。あの騒ぎの後も涼と一緒にいた。本当に優しい女の子じゃったよ」
 どこか懐かしむように村長の瞳が優しくなった。しかし奇流は覚えている。雅恵が言ったあの言葉を。
 ――奥様は旦那様を裏切ったのです。
 眉を潜める奇流に、村長は笑った。
「いきなりたくさんの話を聞いて疲れたじゃろう。それに客人に茶も出さず失礼失礼」
 奥へ消えた村長を見て、口を開いたのはキリハラだった。
「……私も勉強不足ね」
 俯き加減に話す彼女を、奇流はじっと見つめる。
「やはり年長者の話は貴重だわ。いくら書物を紐解いても、生き字引には敵わないもの」
 すると今度はスイが沈黙を破った。
「今の所、ドクターワタライの居場所に関する直接的な手掛かりはない。それならやみくもに捜しても見つかる確率は低いでしょう。なんせ相手は王牙だ。捜索能力も我々少数とは比べ物にならない」
 奇流は同調した。ドクターを必ず先に見つけると意気込んではいるものの、捜索能力や人数は比ではない。身内の勘を頼るしかない奇流にとって、少ない手掛かりを探る他ないのだ。ドクターがこの村に来ていない以上、もはやお手上げも同然だ。
「ここで全てを終わらせる、か」
 奇流達は驚いた。いつの間にかお茶を盆に載せた村長が立っている。
「この村にあいつが関係する物と言えば、古くからの付き合いのわしと――」
 少しの間の後。
「神霊樹くらいかのう?」
 王族が喉から手が出る程欲した物の名前に、疑問が浮かぶ。
「神霊樹が何でドクターに関係あるの?」
 奇流はお茶を受け取って飲まずにすぐに尋ねる。全員に渡し終わり自身も腰を下ろすと、村長は奇流に返答した。
「あれはこの世界を見守る木じゃった。心を癒すのなら肉体も、とは浅はかな考えよのう。まあそれはさておき、その王族達が不老不死の研究に真っ先に頼ったのは誰でもない、ワタライじゃ」
 奇流の手から湯呑が滑り落ちた。ごつんと音がして中身がとくとくと流れ出る。それでも動かない奇流に変わって、キリハラが素早く手持ちの布で拭き上げる。ようやくはっとした奇流は「すみません」と言うと、すぐに「ドクターに?」と村長に視線を移した。
「ああ、本当に低俗で……救いようのない話じゃが。命の重みを一番理解している医者であるやつに、不老不死の願いを託す。いやはや全くとんだ馬鹿者達だよ。ワタライはわしに嘆いていた。どこまで命を愚弄するのかと」
 村長はうんざりして肩をすくめる。
「断り続けたワタライに業を煮やしたのだろう。次第に王族はやつを疎ましく思った。しかしやつの頭脳、技術を他の町や国にやりたくない。それなら縛り付けてしまえと、無理やり王宮専属の医師団まで作りおって……どこまで自分本位なんじゃ」
 忌々し気に舌打ちをする。奇流は先を急かした。
「それじゃあ結局、不老不死の研究は打ち切りに?」村長は首を傾げた。
「あの大戦で生き残ったたった一本の神霊樹を、何とかこの村に移しはしたが……。今では神霊樹の力はなくなったと言われている。それに不老不死の研究をワタライが強く拒絶し、恐らく王族は次第に執着しなくなったのじゃろう。とは言え今なお神霊樹に近づける者は少ない」
 ドクターの表情と村長の表情が重なる。自分達の事しか考えない王族達への憤り。これがこの国を支える者か。諦めに似た表情だ。奇流は言った。
「神霊樹を見たい。連れて行って欲しい」
 村長は深く頷くと、杖を手に取り立ち上がった。

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