「光と闇と、魔法使い。」第51話

処刑

 中央広場に設置された処刑場。広場の高い場所に位置し、どの角度からもはっきりと見える。奇流がサイガに担がれて現れた時、人々のうねりは最高潮に達した。
 奇流は力が出ない。圧倒的な強さの前に、どうすればいいのかわからない。鈍い思考回路を動かすが、頭に血が上って考えられない。
 もう、終わりなのか。
 奇流は今にも消え入りそうな意識の中、思う。
 ドクターは無事なのかな。
 こんな状況でも、真っ先に思い浮かぶドクターの姿。
 父さん、雅恵さん、ごめん。
 ドクターを捜すと出て行ってから、会えずにいる家族。そしてもう、あの家には戻れない。
 
 奇流は乱暴に座らされた。
「皆の者! ドクターワタライの失踪を手助けし、自らも闇の魔法の使い手であるワタライ奇流を確保した!」
 サイガの声に群衆は活気づいた。今にも気を失いそうになりながら、奇流は唇を噛みしめる。
 群衆の中に、涼は、雅恵はいるだろうか。奇流はぼんやりと考える。
「ワタライ奇流。最期に言いたい事はあるか」
 サイガは笑みを浮かべて言った。自らの勝利を確信した表情。奇流は固く目をつぶった。悔しさも、憤りも、全て消化できぬまま死ぬのか。奇流の脳裏に様々な出来事が駆け巡る。たくさんの協力を得てここまで来た。今まで知る由もなかったこの国の裏側。蓋をしたまま葬られる運命を、自分の手で捻じ曲げて進んだ。

 ここで終わるのか?
 
 まだ、俺は何も、何もできていない。
 
 俺はドクターを、見つけていない。
 
「俺は、死なない」
 サイガの瞳に陰りが見える。
「こんな所で死んでたまるかよ」
 サイガは嘲笑して言った。
「残念だが……お前はここで終わりだよ」
 奇流はサイガを睨み付ける。
「そんな顔をしても無駄だ」
 サイガが言った時、正午を知らせる鐘が町に鳴り響く。この鐘の音が止んだ時、奇流の命が終わりを迎える。人々は息をのんで、鐘の音を耳にしていた。
「奇流! 奇流!」
 柚の両親の叫びも。
「奇流坊ちゃま!」
 雅恵の叫び声も。
「奇流――――っ!」
 柚の叫び声も。
 全てをかき消すレクイエムは、悠然と鳴り響く。
 そしてそれが余韻を残して止んだ時、サイガの大剣の刃が振り上げられた。
 不思議と恐怖を感じず、目を逸らす事もなく。
 日差しにそれがきらりと光った時、奇流の脳内は遠い過去にフラッシュバックする。
 
「父さん、俺も学校に行きたい」
「……それはできない。奇流」
「どうして? どうして俺は皆と違うの? どうして俺は皆と同じ事をしちゃいけないの?」
「奇流。いつか必ず、お前は自由になれるよ」
「……本当に?」
「ああ、必ずだ。父さんは諦めてしまったけれど、お前の目の輝きは、お前の強さを示しているよ」
「……うん、わかったよ父さん。俺は頑張るよ。絶対に、諦めない」
 
 父さん。父さん。父さん。
 
 胸が熱く、鼓動が高鳴る。込み上げる感情。名前のつけようがない、涙を伴って湧き起こる熱い想い。
 
 俺は、こんな所で、死ぬ訳には、いかない。
 
 振り下ろされる剣の動きがスローモーションに見える。そしてサイガの後方。
 叫び声が、サイガの背中を貫いた。
 すんでの所でサイガの手が止まった。沈黙が広場を包む。群衆は不気味な程静まり返り、奇流は唾を飲み込んだ。
「その処刑は不当だ! サイガ国雅!」
 奇流の視線の向こう側。
 城と広場を結ぶ階段に、ドクターと涼が立っていた。
 
 奇流の思考が混乱する。あれ程会いたかったドクターがいる。その隣に佇む涼の姿。そしてその背後には、俊成を始めとする多数の王族の姿があった。
「……ワタライ」
 サイガは事態の把握に戸惑った。しかしそれは表に出さず、眉間に皺を僅かに寄せただけだ。
「旦那様!」
 静寂を打ち破る雅恵の声が響く。
「サイガ国雅。奇流を解放してもらおう」
 涼の言葉に、サイガは息を吐いた。
「魔法禁止法を犯した者の処刑は、当然だ」
 そう答えるサイガに、俊成が加勢した。
「それを決めるのは……あなたではない」
 サイガは目を細める。
「あなたが選挙のためにワタライ奇流を処刑し、自身の力を国民に誇示する……それは明白ですよ」
 俊成の話に途端に群衆はざわめきだす。そんな様子を見てサイガは反論した。
「ワタライ奇流は法を犯している! 私は国を守る者として、危険因子をこのまま見逃す訳にはいかないのだよ。まさか俊成様……、あなたはこれを利用して、私を陥れる気か!」
 サイガは俊成を指差して叫んだ。再び辺りはざわつきだす。そしてそれは次第に、俊成を非難する声に変わった。
「サイガさんはこの国を守ってくれる方だ!」
「そうよ! サイガさんは国王になるのよ!」
「サイガ!」「サイガ!」「サイガ!」
 群衆のサイガを擁護する声は、奇流達をのみ込もうとしていた。群衆を背にしてサイガは不敵な表情を浮かべる。奇流は歯を食いしばった。長年築き上げたサイガの信頼は、そう簡単に崩れる物ではない。
 涼はそんな群衆を見つめていた。狂ったように叫ぶ彼らを見て、溜息をつく。自身が過去に遭遇した光景と全く同じだ。涼は唇を湿らせ、サイガににじり寄った。
「それ以上近寄るな。貴様の首も刎ねる事になるぞ」
 サイガの警告を涼は受け流し、一歩一歩近寄った。群衆は再び静けさを取り戻し、そんな光景を眺めている。群衆の波をかきわけ、飛び出してきたのは雅恵だった。
「旦那様!」
 涼は雅恵を一瞥した。しかしすぐに視線をサイガ、そして奇流に向ける。
「旦那様……!」
 雅恵の叫びに涼は口を開いた。
「お前のパフォーマンスのために、息子の命を奪われる訳にはいかない」
 サイガははっと笑いを漏らした。そして剣先を涼に向けると言った。
「その言い草は何だ。この処刑は正当な物であり、それ以上の侮辱は許さないぞ」
 奇流は固唾をのんで見守った。涼の視線は力強く、強大な敵を目の前にしても折れない。奇流は父の意思の強さを目の当たりにした。
「話は大方俊成様から聞いた。お前がガーベルジュの人間なのも、復讐のために奇流を利用したいのも聞いた」
 サイガは顔をしかめた。そして涼は広場に向かって両手を広げ叫んだ。
「この男は五十年前の大戦で家族を失い、この国に復讐するために国王になろうとしている! 息子の闇の力を狙い、それを利用してこの国を破壊する気だった!」
 涼の言葉に人々は顔を見合わせた。そして涼は矢継ぎ早に言葉を浴びせる。

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