「光と闇と、魔法使い。」第48話
ワタライは負けない。
「空乃!」
空乃と風丸は奇流に駆け寄った。
「奇流ちゃん! 抜け出せたのね!」
空乃の笑顔に奇流は返事もそこそこに尋ねた。
「柚を……柚を見なかったか⁉」
すぐに二人の顔が険しくなる。
「場所はわからない。けど人質に取られてるって」空乃の言葉に奇流は被せる。
「ああ、そうだ。殺されるかもしれない。どこかにいるはずなんだ!」
奇流は再び駆け出した。二人は慌てて追いかける。
「スイもいないんだ……! 皆俺のせいで……!」
奇流は悔やみながら走る。
「柚! 返事をしろ! 柚!」
奇流は長い廊下を駆け、部屋を一つ一つ開けながら柚を捜す。一体ここは城内のどこに位置するかもわからず、ただ無我夢中で駆けていた。すると風丸が奇流に叫んだ。
「奇流君!」
奇流は風丸の声に振り向いた。
「そっちは中央エリアだよ! 誰かを監禁するとしたら、人の出入りが少ないこっちじゃないかな」
風丸が指差したのは先程まで空乃と閉じ込められていた西側だ。恐らく柚も近くにいたのではないか。風丸の勘を頼りに奇流も後に続く。すると奇流の必死の呼びかけに呼応するように、微かな声が奇流に届いた。
「き……る」
奇流はそこにめがけて走り出した。廊下の一番奥。人目に付きにくいうっすらと暗いそこから、間違いなく聞こえるのは柚の声。奇流は勢いよく扉を開けた。予想に反してあっさりと扉は開いた。するとカキザキが待ち構え笑顔で手を上げる。
「やあ」
カキザキの目の前に、椅子に縛られた柚が座っている。「奇流!」柚は涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で、奇流の名を呼んだ。
「てめえっ……!」
向かう奇流にカキザキは手を前に出して制した。見ると柚の首にナイフを突きつけている。
奇流は思わず足を止めた。空乃も風丸も同様だった。
「動かないでね。ナイフの扱い上手じゃないから、ちょっとした弾みでスパッといっちゃうよ?」
カキザキは刃先で柚の肌を撫でる。奇流は息をのんだ。柚も細かく体を震わせ、奇流を見つめていた。
「交渉は決裂したらしいね」
カキザキは笑顔のまま奇流に言う。奇流は険しい表情を崩さず、カキザキの隙を探る。しかし王牙のナンバー2であるこの男が、ナイフの扱いが苦手など嘘に決まっている。あらゆる武術、剣術に長けた精鋭部隊の副団長だ。その強さは何も知らない奇流にも容易に想像できた。下手に動いて柚の身に何かあってはいけない。奇流はごくりと唾を飲み、口を開いた。
「あいつの思い通りになんかさせない」
奇流の言葉にカキザキははっと笑い出す。
「君ってつくづく正義のヒーローを気取るんだね。でもさ、元はと言えば全部君が悪いんじゃない?」
カキザキは目を細めた。奇流は「何だと?」と返す。
「だってさ、元々君がドクターワタライを捜しに行ったから、色々動かざるを得なくなっちゃった訳だよ。あいつが失踪しただけなら王牙でパパッとやっちゃったのに、ああでもないこうでもないって色々探るから、色々面倒な事態になった訳でしょ」
カキザキの間の抜けた喋り方に、奇流は段々と怒りを増幅させた。酷い言い分だ。自分達の正当化しか考えていない主張に、どうせ王族もそうなんだろうと感じた。成程、ドクターはこれに嫌気がさしたのか。奇流は鼻で笑う。
すると奇流の背後に気配を感じた。いち早くそれを察知したのはやはりカキザキだ。急にトーンの下がった口調で奇流の背後に告げる。
「……何か御用ですか。俊成様」
奇流達が振り返ると、俊成の姿がそこにあった。俊成はゆっくりと歩を進めると、奇流達の前に出て口を開く。
「王牙が……何を物騒な騒ぎを起こしているの……?」
俊成は柚に視線を向けてカキザキに尋ねる。カキザキは動揺する素振りも見せず、冷静に返答した。
「ワタライ奇流に加担する異分子の排除に問題が?」
俊成はカキザキを見つめた。「へえ……」と小さく漏らすと、一つ咳払いをして続ける。
「君にそんな力はないよ……」
カキザキの眉毛がぴくっと動く。しかしあくまで冷静に返した。
「俊成様はこいつらを助けたいんですか?」
俊成は唇の端を上げた。
「助けたいんじゃなくて、処刑する必要がないって言ってるんだよ……魔法禁止法違反は即刻打ち首の刑じゃないでしょ」
カキザキは柚に向けた刃先を引っ込め、今度は俊成に向かって刃を光らせる。
「あなたは自分の立場を考えた方がいい。はっきり言ってあなたが選挙に勝つ可能性は皆無だ。誰もあなたを時期国王として見ていないんですよ。長年引きこもりのなんちゃって王子が、今更偉そうに国の法律を語らないで戴きたい」
一触即発の雰囲気の中、奇流は両者の表情をつぶさに観察する。キリハラが言うには俊成は自分を蔑む全ての人間に恨みを抱いていた。そう、王牙とて例外ではないのだ。
「……ワタライは、負けないよ」
ぽつりと漏らした俊成に、全員の視線が向けられる。そして再度、今度ははっきりとカキザキを見据えて俊成は言った。
「ワタライは、君達の力に屈しないよ」
カキザキは唇を舐める。今まで作り笑顔を崩さなかった彼が、明らかに苛立ちを表に出した。
その言葉に俊成を見つめる目は、忌々しい物を捉える冷たい輝きに変化する。
「……何だ、あんたもワタライ擁護派かよ」急に口調が変わる。
「ドクターワタライは国王を死なせた。その瞬間ワタライの未来は決まったんだよ。一族が総出で罪を償う。一生かけてね。そういう運命だ。それを異とする者、つまりあんたも同罪だ」
カキザキの声色は重かった。俊成はカキザキから目線を外さない。そして髪をかき上げると、カキザキに向かって口を開いた。
「僕は腐っても王族だ……」
カキザキは首を傾げる。「だから?」俊成はふと笑みを浮かべた。
「本日を持って、王牙を解体する」
