「光と闇と、魔法使い。」第8話

父と子 

 自宅に戻った時、いつもと同じく夕食の匂いが鼻腔をくすぐる。リビングに足を運ぶと、ソファーに腰かける人物に向かって声をかけた。
「父さんただいま」
 涼は奇流を一瞥し、しばし黙った後「お帰り」と聞き逃しそうになる程小さな声で返した。
 奇流はダイニングの定位置に陣取ると、キッチンに顔を向けて口を開ける。
「雅恵さん、ただいまー」
 料理を器に盛り付ける女性。ゆっくり振り返り、「お帰りなさいませ、奇流坊ちゃま」とこれまた小さく返答する。奇流は頬杖をついて料理を待った。
 すぐに、目の前に湯気がたつ品々が運ばれる。
「旦那様、用意ができました」
 雅恵の言葉に涼は奇流の向かいに座った。
「いただきまーす」
 奇流の声に二人も手を合わせ食事が始まった。かちゃかちゃとナイフとフォークを扱いながら、奇流は今朝からの出来事を詳細に語る。
「ドクターに魔法の勉強をしてもらってるんだけど、やっぱり俺には無理みたいだ」
 肉を頬張りながら話し続けると、かちゃんと皿が音をたてた。
「奇流」遮ったのは涼だ。
「何度同じ事を言わせる」
 涼の冷たい声色に、奇流の眉間に皺が寄る。雅恵も手を止め涼を見据えた。
「あの男をドクターなどと呼ぶのはやめろ。お前がそう呼ぶ度に、私の心はざわつく」
 奇流は咀嚼を続け涼を見つめた。
「あの男はワタライ家の名前に大きな傷をつけた。どこでも蔑まれ、監視され、そしてそれは一生続く。わかるだろう、お前にもこの辛さが」
 くぐもった声だった。奇流のナイフを握る手が微かに震える。
「自分の父さんを、あの男なんて呼ぶなよ」
 しばらく黙っていた奇流が、涼に返した。
「……あの事件の後から、俺はあいつを父親だと思った事は、ない」
 重い響き。雅恵は目頭を押さえ、首を振った。「奇流坊ちゃま」振り絞るように声を出す。
「少しは旦那様のお気持ちも考えて下さいませ。国王亡き後、ワタライ家がどれ程の非難に晒されたか。それでも旦那様は必死に復興を願ってきた。それなのにあなたは毎日あの人の元へ通い続け、それがどんな仕打ちであるかわかりましょう」
 あの事件。奇流が生まれる前にドクターが国王の病の手術に失敗し、国民の怒りが爆発した事。本来は死刑もやむを得ない中、王妃の計らいによりそれは回避された事。町の外へ出るのは許されず、ワタライ家――ことさらドクターは、特に王族の監視下に置かれている事。
 奇流は何も返さず、ひたすら肉を切り口へ運んだ。涼と雅恵もそんな奇流をしばらく眺め、食事へ戻る。重い沈黙の中食事は続いた。それがワタライ家の日常の風景だった。

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