「光と闇と、魔法使い。」第9話
ワタライ家の過去
何と言われてもいい。
奇流は一つ大きく息を吐いた。
今の状況を黙って受け入れるのは耐えられない。
大きく背伸びをする。
かつて名家と呼ばれたワタライ家。代々医師の仕事を受け継ぎ、ガルディバ大陸全土にワタライの医術は必要とされていた。
復興を願うなら、なぜ黙って受け入れるんだ。なぜ今の状況を打破しようと動かないんだ。
踏み出す足に力が入る。商店街がある通りを真っ直ぐ進み、中央広場に出る。見上げると壮大な階段が待ち構え、その先に目的地である城は存在していた。
「……貴様はワタライの人間だな」
屈強な体格の男が冷たい視線を浴びせた。奇流は王族に直談判しに行ったのだ。兵士は顔を見た瞬間、奇流がワタライ家の人間だとわかる。ワタライの人間はそれ程周知されているのだ。
「父さんに仕事を与えて欲しい」
奇流の言葉に門番は面喰った様子を見せた。
「ドクターも医者の仕事をさせて欲しい。普通の暮らしをさせて欲しい。王族に伝えてくれないか」
奇流は額を石畳にこすりつけた。「おい、やめろ」「お願いします!」両手が石畳にめり込まんばかりだった。「お願いします! どうか、王族に……!」充血した目を力の限り開き、歯を食いしばって震えていた。
「どうか、どうか……!」懇願する奇流に、兵士は口を開いた。
「やめろと言ってるだろう!」
兵士の一喝で、奇流は押し黙る。そして両目をぎゅっとつぶった時、頭上に影ができた。
「……気持ちは、わかる」
兵士はゆっくりと腰をかがめた。
「だがな、これは王族の決定だ。俺達は王族に仕えている立場だ。王族の決定に反する事はできないんだよ」
それでも奇流は動かない。地面に刺さった爪が、割れんばかりに震え悲鳴を上げる。唇が微かに動く。「俺は」声にならない声だった。奇流は咳払いをすると、腹の底から絞り上げる。
「今の状況がいいなんて絶対に思わない。ワタライ家を、一生王族の監視下に置く意味もわからない」
兵士は大きな息を吐いた。
「国が、許さないんだよ」
思わぬ言葉に、奇流は目を見開いた。
「何もお咎めなしじゃ、国が納得しないんだ。死刑は王妃の計らいで回避された。それだけでもすごい事だ。なあ、生きているだけで万歳じゃないか」
そこまで言った兵士の動きが止まった。奇流が振り返ると立ち尽くす涼の姿があった。
「生きているだけで万歳、か」
口の端を歪め呟く。兵士はバツが悪そうにもごもご何か言いかけたが、首元をかいてごまかした。
「死んだように生きるのも、非常に酷な事ではあるがな」
兵士は目を逸らす。涼の表情があまりにも恐ろしかったからだ。まるで全てに絶望したかの如くそれは冷たく、負の感情のみが渦巻いている。
「ワタライさん、この子にきちんと言い聞かせて下さい。またここに来たら問題にしますよ。ましてや今日は国王即位式だ。余計な揉め事はごめんですよ」
咳払いを一つして告げると、涼は顔色を変えず踵を返した。二人は黙ってそれを見つめていたが、奇流は立ち上がり服の汚れを払う。そして涼の後に続いた。
国が、許さない。
奇流の脳裏にドクターの悲し気な笑みが浮かぶ。思わず目を固くつぶる。
マリベル村で、全てを終わりにする――。
顔を上げた。そこにはいつもの風景が広がるばかり。一生ここから出られず、このまま死んでいく。ワタライは国民の監視下で途絶える。十五の少年ながら、自分の行く末をすらすらと辿れた。それはあまりにも簡単な末路だったからだ。
奇流の足取りは重かった。いつものように底抜けの明るさが、全てあの言葉に奪われた。
「国って、なんだよ」
呟きは風に流され、誰の耳にも届かず消えた。手の甲を額に当て、しばし考える。
生きている。そう、確かに生きているだけで万歳。そうかもしれない。
先程の兵士の言葉を繰り返した。しかし涼が言った、死んだように生きるのも酷。それも奇流には痛いくらいにわかるのだ。
ドクターは王宮専属医師団の団長を務めており、息子の涼もいつか父みたいになりたいと願って生きてきた。しかしあの事件以降ワタライ家の信用は失墜し、後ろ指を差された。
それから、ワタライ家の歩む道のりは困難を極める。涼は生粋の勉強家であった。父を誇りに思い、厳しい勉学に励み、いつか自分もと息巻いていたのだ。全てはワタライ家の為だった。
こんな事なら、沈黙の鳥籠と称されるマリベル村にでも飛ばされたかった。雅恵がいつだか言った。世間の目が届かない辺鄙な村。そこなら人目を気にせず生きていける。そう思ったからだ。王族はそんな心理的な意味も含めて、あえてこの町に留まる事を強要したのだろうか。
奇流はまだ生まれていなかったので、全て家政婦の雅恵から聞かされた話だ。彼女もまた、涼と共に苦難の道を歩んだ人間となる。眉を潜めとつとつと語る彼女を、奇流はいつも傍に腰かけ見てきた。
