「光と闇と、魔法使い。」第11話

焦り

「カキザキ浩介こうすけ
 名刺をテーブルに置き涼は腕を組む。
「王牙がわざわざ来るなんてご苦労だな」
 雅恵が淹れたコーヒーに口をつけると、涼は苦々しく唇の端を歪める。カキザキは何度か頷くと、こちらもカップに手を伸ばした。
「そうなんですよ。困った話で」
 熱かったのだろうか。カキザキはカップから唇を離し、大袈裟な程息を吹きかけた。湯気が消えるのを見計らって再度口に運ぶ。満足気に何度か頷くと、奇流に顔を向けた。
「君、医者の仕事をさせろとか、ワタライ家を自由にしろとか、城に乗り込んだんだって?」
 突如話を振られ、奇流は一瞬言葉が出なかった。城に乗り込んだとはとんだ脚色であるが、しかしすぐに「うん」と肯定すると、カキザキはふうんと小さく漏らした。
「もしかして、ドクターワタライにお願いされていたのかなあ。こんな少年を使って卑怯なじいさんだよ、うん」
 カキザキの冷めた言い方に、奇流はむっとして言い返す。
「違う! 俺が勝手に行っただけだ。ドクターは関係ない」
 カキザキはさして興味がなさそうに「あっそ」と言うと、涼に向き直って両手を叩いた。
「とにかく、今はドクターワタライの行方を捜すのが先決ですので、あなた達は大人しくして下さいね。くれぐれも余計な行動はとらないように」
 そして背伸びをすると、リビングの扉に手をかけた。しばし沈黙し、ゆっくりと振り返りこう告げる。
「ワタライが何故いなくなったかわからないが、見つけ次第処刑される事は頭に叩き込んでおいて下さい、ね」
 歪んだ笑顔に奇流はぞっとした。全身が波打つような鳥肌が駆け巡る。
「処刑……」
 そう漏らした奇流をしげしげと眺め、「当然でしょ」とさらに畳みかける。
「王妃の計らいで極刑は免れたくせに、抜け抜けといなくなるなんて。見つけ次第処理しろと、王牙に命が出ているんだよ」
 そしてカキザキはワタライ家を後にした。残された三人はしばらく口も開かず、時計の秒針が進む音だけが部屋に響いていた。
 
 ベッドに身を投げ、奇流は考える。
 ドクターが町を抜け出したのは事実。町中の捜索でも見つからなかったし、方法はどうあれ、ここにはいないと言うのは紛れもない事実だ。
 なぜ? 寝返りをうち思考を巡らす。なぜ突然いなくなったんだろう。奇流は必死に考えた。ドクターの言動を思い浮かべ、普段と違った様子はなかったか思案する。しかし何も思いつかず、奇流は勢いよく頭を振った。
 空気の入れ替えをしようと窓に手を伸ばす。するとすぐ傍に兵士の姿を確認できた。まるでワタライ家を監視するかのような近さに、奇流は無意識に窓から離れた。
 どうする。このままここにいていいのだろうか。
 もやもやした何かが奇流の中で渦巻く。神妙な面持ちで唾を飲み込んだ。
 ドクターを捜しに行きたい。でも町からは出られない。ドクターが見つかれば処刑。処刑。奇流は苛立って頭をかきむしる。行動したいのにできない自分が歯がゆくて仕方ない。そもそも行方の見当さえつかず、どこに捜しに行くと言うのか。それでも大人しくしていられなかった。
 足早に階段を下り、リビングへ向かった。興奮で息が乱れている。
「父さん」
 呼ばれた涼は、気だるそうに顔を上げた。
「ドクターを捜しに行きたい」
 キッチンから雅恵が顔を覗かせる。食器を持つ手が微かに震えていた。
「町にいない」
 そう一言呟くと、再び目を閉じて俯いた。話をすぐに終わらせようとする言動に、苛立った奇流は涼の元へ詰め寄った。
「町の外に捜しに行きたいんだ」
 涼より先に反応したのは雅恵だった。「まあ……!」慌てた様子で食器を置き、奇流に駆け寄る。
「なりませんよ、坊ちゃま」
 奇流の肩に手を乗せた。指先に力が入る。奇流は雅恵を真っ直ぐ見据えた。
「余計な動きをしてごらんなさい。私達に危害が及ぶかもしれません。ただでさえ町中の緊張した空気を感じるでしょう。お願いですから、余計な真似はしないで下さい」
 懇願とも言える雅恵の口調に、奇流は反論しようと口を開いた。しかしすぐにそれを涼が制した。
「外に出られないお前がどうやって捜しに行ける。あいつは王牙の捜索で、すぐに見つかるだろう」
 王牙によって発見されたら即刻処刑――わかっているくせに。なのに、何故。奇流は涼に掴み掛った。眉根を寄せて、声を張り上げる。
「いい加減にしてくれ! どうして自分の父親をそこまで突き放すんだ! 父さんは間違ってる!」
 奇流は勢いよく飛び出した。雅恵も追おうと姿勢を変えたが、涼はそれを許さない。
「旦那様……!」
「……放っておけ」
 重苦しい空気が流れる中、二人はただ奇流が消えた扉を見つめていた。

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