「光と闇と、魔法使い。」第5話

不老不死の研究
 
――マリベル村で、全てを終わらせる。
 奇流の脳裏に浮かんだ言葉。いつだったか、ドクターは冷たくくぐもった声色で、奇流にそう漏らしたのを鮮明に覚えている。
 その時の祖父が、いつもの穏やかな様子とはかけ離れていた。奇流はそれを恐ろしく感じたので、父である涼にそれを告げた。
 しかし涼は奇流に何も言わず、背を向けたのだった。涼は普段から無口で、瞳はまるで闇のように輝きを失っていた。それでも奇流は明るく向かって行くが、次第に涼は奇流と距離を置いた。それは奇流が一番強く感じていた事だ。奇流がドクターの家に通う度に、涼の心は離れていく。それも含めてだろうか。ドクターはわかっているのだろう。奇流と会う度に「すまないね」と心苦しい笑みを浮かべるのだ。

「結局、不老不死の研究はどうなったの?」
 奇流はドクターに向き直った。ドクターもまた地図から視線を外し、かぶりを振る。
「前国王の意向で、それは取り止めになったのさ。戦争の時、彼はまだ王子の身分だったから、不毛な争いを止められない自分がはがゆかったのだろう。戦争から三年後に父である国王が急逝し、幼いながら跡を継いですぐに、神霊樹は何人たりとも触れられぬ手配をしたと聞いたよ。戦争で数々の血を浴びたその木は、本来の輝きを失ってね。もう皆が欲しがる力は消滅したと言う学者もいるのさ」
「ふうん……」と漏らして奇流は本に向き直る。するとそのページに綴られた解説に、奇流は思わず声を上げた。
 その声にドクターは振り返り、奇流の手元を覗き込む。眼鏡を上げて目を凝らすと、表情を変えて音読を始めた。
「その力を目の当たりにした人々は恐怖した。全ての破壊を可能にする闇魔法。人々を癒す光魔法。他にも様々な魔法があるが、それぞれを宿し、誕生する者を魔法使いと呼ぶ。魔法使いは自身が魔法使いとして覚醒して初めて魔法と主従契約を結べる。それから自身で魔法を発動できる」
 奇流は立ち上がった。
「へえ。じゃあ本を読んで魔法を唱えたって、魔法が発動する訳じゃないって事ね」
 ドクターは目尻を下げ、小さく頷いた。
「誰でもできたらこの世は魔法が乱発する世界になってしまう。魔法使いは自身の能力を悪用せず、しっかりこの世のために使える者でなくてはいけない。どうやって選ばれるのかはわからないが、少なくとも闇の力が暴発すれば、この世界は消え去ってしまうだろう」
「そっか。まあ、魔法の勉強は少しずつ頑張らなきゃだな。今までドクターが色々教えてくれたけど、詠唱って覚えるの大変だからさぼってたし。でもさ、俺ももしかしたら魔法使いかもしれないよな?」
 目を爛々と輝かせ問う奇流に、ドクターはふっと笑った。
「そうかもしれないね」
 奇流は破顔し、両手の拳を強く握った。そして胸を張って声を上げる。
「いつか契約した時のために練習だ。えーっと……。最果ての地で眠る光の精霊よ。今、沈黙を破りて我の元へ集え。我は誓う。我が肉体が朽ち果てるまで、汝と共に在らん事を」
 たどたどしくなぞる奇流を、ドクターは黙って眺める。
「……覚醒の眠り人!」
 奇流が声高に叫んだ。そして部屋が静まり返る。
「……………………ふっ」
 奇流の頬が薄っすらと染まる。ドクターはくつくつと喉を鳴らし、遂に耐え切れず声を漏らす。それを見て奇流は抗議した。
「そんな笑うなよ! ああ、練習って恥ずかしいな。やっぱりやーめた」
 項垂れる奇流に、ドクターは口元に手を当てたまま首を横に振る。
「この世界の子供達は、誰もが一度は試しているさ。かく言う私もね」
 そう言って慰めると、奇流は肩を落として「だよね」と返した。
 
 ドクターの家で過ごしていると、時計が午後三時を指していた。
「そろそろ学校が終わるね。柚ちゃんを迎えに行く時間だ」
 穏やかな口調でそう促すと、奇流は素直に頷いた。
「明日はこの続きだ」
 奇流が指差したのは開きかけの一冊の本。栞をはさみ閉じると、表紙に『魔法使いの歴史』とあった。
 表紙は真っ赤な革張りで、幾度となく捲られた形跡があり酷く傷んでいる。それでも所々補修し、決してこの本を手放さない強い意志が見て取れる。かく言う奇流もそれを愛読していた。
 奇流はそれを眺めながら、先程の自身を思い浮かべた。魔法に対しての憧れが強かった彼は、そこに綴られた魔法使いの歴史と、魔法の一覧に胸を躍らせる。いや、奇流だけではない。この世界の子供達は、自分ももしかしたらと淡い期待を抱いて魔法学を勉強していた。それは五十年前の大戦を知らないからとも言える。当時あの惨状を目の当たりにした大人達は、口を揃って言った。
「魔法は絶対に、使ってはいけない」と。
 現在は使用が許されない魔法と言う存在。それでも奇流は自然と関心を寄せたのだ。この本に紡がれる魔法の数々は、奇流に多大な興味を抱かせた。
「また明日」
 ドクターは微笑んで言う。

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