「光と闇と、魔法使い。」第50話
第四章・決戦
家族が望むもの
サイガの告白に、一同は静まり返る。サイガはゆっくりと顔を上げると、息を吐いて続けた。
「不老不死などとくだらない欲望で俺の国は襲われた。無論家族も戦火に散ったよ。父は王牙の刃に沈み、母は俺を庇って倒れた」
ドクターも嫌気がさした当時の王族の欲望。一つの国を追い詰めた代償は、今ここに復讐者を生み出していた。
「王牙に入るには、相応の調査が入るはず」
カキザキはサイガに言った。
「そうだ、王族を守る存在。王族に牙を向く者がいてはいけない。しかしどこの家系ともわからぬ俺を拾って下さったのは、王妃だった」
サイガは語った。
「王妃は、王牙に入隊を懇願する俺に手を差し伸べて下さった。城へ乗り込んだ俺の剣幕に圧倒されたのか、国王に掛け合ってくれたよ。まあそんな王妃も、俊成様にとっては自分を蔑む最低な人間だった訳だがな」
サイガの話に、奇流は割って入る。
「復讐のために、俺の力を利用するのか」
サイガは高笑いをした。
「まさか闇の魔法がお前に眠っていたとは。国王になり実権を握り、ヘブンズヒルからガーベルジュを独立させる必要があった。東側との兼ね合いで今は全てを支配している訳ではないにしろ、一国としての機能を完全に取り戻す。それさえ終えれば後は簡単だ。闇の魔法使いを捜し結界を解き、ヘブンズヒルを跡形もなく消し去る。時間はいくらかかるかわからないが、確実に進んで行こうと思っていたのさ。それがまさかドクターワタライの失踪から、こんなとんとん拍子に事が進むとはな」
不敵に笑っているサイガに、奇流はにじり寄った。
「お前の気持ちは、わかる」
奇流の言葉に柚は驚きの声を上げた。「奇流!」奇流は手で制して続ける。
「俺も自分達をこんな目にあわす王族なんて要らないって思ってた。憎かった。けど俺は復讐なんか考えなかったぞ」
サイガは無言で奇流を見つめる。柚も心配そうな表情を浮かべていた。
「お前は家族を殺された。その無念は痛いくらいわかる。けどサイガ。復讐なんかして何になる? お前の家族はそんな事望んじゃいない」
奇流の言葉にサイガは目を細めた。そして荒く呼吸する奇流を鼻で笑う。
「……家族は願っているはずだ。この国の崩壊を! 俺の復讐を! 自らの無念を……晴らす事を!」
サイガは語気を強める。拳を握りしめ、何かを思い出すように目を閉じた。
「……あの悲惨な戦場を、俺は生き残った。それには意味があったんだ。多くの人間の無念を背負って生きる使命を与えられた。そのためには利用できる者は利用して、切り捨てる者は切り捨てる。至極当然の話だ」
奇流は憤りを隠せなかった。堪らず声を荒げる。
「お前がやっている事は王族と何も変わらないじゃないか! お前の復讐に利用された人間に、罪があったのかよ!」
奇流の必死の言葉も、サイガには届かない。サイガは小さく舌打ちをすると、俊成に向き直って告げた。
「俊成様、あなたはどう思う?」
俊成はぴくりと反応した。
「あなたもまた、王族を憎み、国民を憎んだ。そして自らの父をその手にかけたあなたは、俺と同類だ。違いますか?」
事情を知らない者は眉を潜めた。しかし俊成は気にする様子も見せず淡々と返答する。
「確かに、僕はあなたと同じだ」
「それはお前が殺させたのも同然だ! お前が国王になる為に!」奇流の叫びを俊成は一歩踏み出して止める。
俊成は唇の端を歪めた。
「僕も……全てを一新する思いで突き進んだ。この国の醜い部分……全てあなたが僕に教えてくれた。あなたこそがこの国を、そして僕を導いてくれる存在だと信じていた。僕は……あなただけは僕の気持ちをわかってくれると思っていた」
サイガは笑った。「ええ、もちろんわかりますよ」そして俊成を指差し言う。
「あなたが生まれながらにして背負った重責。能力が追い付かない焦り。それとは裏腹に膨らむ周囲の勝手な期待。そして失望――。あなたは、心底疲れていた」
それを聞いて、俊成は寂し気に笑みを浮かべた。
「そんな僕でも……サイガさんだけが支えだったよ」
絶望の中の、光。それはどんなに心強いだろう。暗闇を這いずり、泥沼にもがき、息をするのもやっとな狭い世界で、それはどれ程心強かっただろう。奇流は思った。絶望の日々の中、ドクターが生きる希望を与えてくれた。ドクター、ドクター。奇流は心の中で何度も名前を呼んだ。
「あなたが王族への復讐の一番手に選んだのは僕だった……父が亡くなった時、真っ先にあなたは僕の元へやって来た……僕は愚かだったから、笑顔であなたに言った……これでサイガさんが国王になれると……そんな僕にあなたは――」
――無能な人間でも、利用価値はそこそこありましたよ。
「僕の心を砕くのには、充分な言葉だった。それでも、僕は――。あなたに利用されるならそれで構わないと思った……」
俊成は顔を上げた。長い年月をかけて俊成の心を支配したサイガ。それでも俊成にとっての光は、彼だったのだ。
「……本当に利用しやすい人だ、あなたは」
サイガは呟いた。そしてその瞬間――。割れんばかりの唸りが一同に降りかかる。奇流は何事かと辺りを見渡した。それが外から聞こえる物とわかった時、奇流の全身を恐怖が支配した。
「時間だ」
サイガが漏らしたと同時。音もなく駆けた彼は、あっという間に奇流の間合いに入った。皆が声も出す間もなく――無論奇流が抵抗する間も奪われ――サイガは奇流の腹に一撃を食らわすと、目を開けたまま上体が沈む彼を担ぎ、扉に向かって駆け出した。あまりにも無駄がない一連の動きに、ようやく皆が事態を理解した時には、サイガは扉をゆっくりと開けていた。
空乃は、風丸は、俊成は、カキザキは、そして柚は見た。扉の向こう。中央広場へ続く階段。その先の広場にうごめく無数の人々。そして耳を貫かんばかりの歓声。そう、奇流の処刑を待ち構える人々の、叫び声だ。
「ワタライに死を! 死の制裁を!」
柚は両手を口に当てて、その場にへたり込んでしまった。目の前の光景に圧倒されたのだ。大勢の人々の敵意と言う名の力に、心を折られそうだった。
「奇流……!」
目元に溢れる涙が、一回の瞬きで頬を伝い落ちた。大きな瞳は目の前の現実を映し出し、恐怖がじわじわと体を蝕んだ。数十秒間動けなかった。しかし頭を大きく左右に振り、口元を覆っていた両手で頬を一度はたいた。自身を鼓舞し、奮い立たす。このままでは奇流が死んでしまう。
柚は走り出した。「柚ちゃん!」空乃の声を背中に受けるが、そのまま走るのをやめない。
「風丸君!」空乃の声に風丸は頷いて返した。すぐさま柚を追いかける。
「そこまでだ!」三人の前に立ちはだかったのは王牙だ。ワタライ家の処刑が実行されるのだ。辺りを王牙が囲っているのは当然だった。
「奇流!」柚は兵士に抑えられながら叫んだ。
「奇流! 嫌だ! 奇流! 死んじゃ、やだあっ……!」
伸ばす手は、奇流には届かない。そしてその声も、無情にも届かない。
「奇流ちゃん……!」
空乃は抵抗した。しかし柚に気を取られ、地面に取り押さえられる。そして風丸もまた、そんな空乃を助けようとし、自らの背後を取られた。
「奇流っ! 奇流――――っ……!」
柚の悲痛な叫びは、風に溶けて消えた。
