「光と闇と、魔法使い。」第38話

第三章 光と闇

衝動と、予感


 立ち尽くす奇流に、キリハラは畳みかける。
「君は光の魔法使いじゃなかったの?」
 キリハラは努めて冷静に話しかけるが、一国を壊滅させた闇の力を前に、表情はこわばっていた。奇流は何も言わない。混乱しているのだ。そんな奇流に変わって反論したのはスイだった。
「何をべらべらと……それは僕を冒涜している、と受け取ってよろしいですか」
 スイは忌々し気にキリハラを睨み付ける。そしてなおも口を開いた。
「僕が闇の魔法? 何を根拠に……それ以上言ってみろ。僕は許さない」
 すると村長が意を決したように割って入った。
「現に結界は解かれた」
 村長の言葉にスイは唇を噛む。
「光の結界を解くには、それこそ同等レベルの強力な魔力が必要と聞いていた。果たして今の奇流にそれができるのか? 無理じゃろうな。それならそなた達は闇の使い手と考えるのが自然じゃないかの?」
 スイはかっとして村長に掴み掛った。「あんたなあ……!」それを遮ったのは奇流だ。
「スイ、落ち着け」
 スイは不満気に奇流を見た。しかし主の命令だ。スイは渋々手を離す。
「何を落ち着いていられるんですか。僕は長年光の存在として誇りを持ってきた!」
 いつもと違うスイの様子を、奇流は黙って見つめた。よっぽどの事だ。奇流はキリハラ達に反論しようと口を開きかけたが、思い留まりスイに向かって告げた。
「……とにかく、ドクターを捜す事が先決だ」
 奇流は歩き出そうとしたが、キリハラがそれを止める。
「魔法禁止法の違反は見逃そうとしたわ。それは君達が光の魔法使いだと思ったから。しかしそうでないなら話は変わるわね」
 キリハラは奇流の腕を掴んだ。
「……放して下さい」
 奇流はそっと呟いた。しかしキリハラは増々握る手に力を込める。すると村長が静かに後ずさりをした。そして瞬間的に走り出したが、スイの動きに敵うはずがない。すぐに回り込まれると、体勢を崩し倒れこんだ。
「村長!」
 奇流とキリハラは同時に叫んだ。キリハラはスイをきっと睨み、その視線を奇流に戻す。
「村長に手出しはしないで……!」
 キリハラの言葉に、奇流は落ち着いた様子で返答した。
「手出しも何も、俺達はただドクターを捜したいだけだ」
 しかしキリハラは表情を緩めない。なおも奇流に突っかかった。
「奇流君の気持ちはわかるわ。けどね、闇の魔法は全てを破壊するの。もう使われてはいけないのよ。またあの悲劇を繰り返す気なの? あなたは俊成様を騙したの?」
 キリハラの言葉が奇流の心を深くえぐった。騙した? 奇流は考える。俺は、何も。しかしキリハラと村長の視線は厳しく、奇流とスイを敵とみなした力を持っていた。
「キリハラさん、俺はとにかくドクターを」「動かないで!」
 腕を振り払おうとする奇流に、キリハラは叫んだ。
「一体何を考えておる……?」村長の苦々しい表情が奇流の目に突き刺さる。そして彼は叫んだ。「王牙に連絡しなさい! キリハラさん!」
 それは奇流の気持ちに滑り込む。何だよ、まるで……。奇流はぼんやりと考えた。まるで俺とスイは悪人じゃないか。掴まれる手を見つめて思う。神霊樹の結界が解かれた。奇流にとってはただそれだけの事だ。しかし皆にとってそれは重大な事で、光の結界を解けるのは対の力。昔からそう信じている。
 だからスイは闇であり、奇流はその使い手なのだ。そう判断されたのだ。奇流はそっと目を閉じた。今までの人生を思う。ずっと蔑まれ、疎まれ、学校に通うのも許されず、ただ生かされてきた。皆が当たり前にできる生活が、奇流には夢物語だ。それはワタライで生きる奇流の運命だった。
 その運命を受け入れたのは涼であり、雅恵であり――。奇流だった。奇流はドクターを生きる拠り所にしていた。ドクターを救う事が自身を救う事。そうやって生きてきた。
 どうでもいい。奇流はぼんやり思考する。自分の行く手を阻む物が多すぎる。ただドクターを助けたいだけなのに。奇流の心の奥底から熱い何かが煮えたぎる。それは奇流の意思に反し、抑えられない。熱い、熱い。奇流は自然に呻き始めた。
「奇流君?」
 奇流の変わった様子に気が付いたキリハラが声をかける。
 行く手を阻む物。邪魔な存在。邪魔邪魔邪魔邪魔。奇流の噛みしめた歯がぎりぎりと鳴った。
「奇流君!」
 キリハラが奇流の顔を覗き込んだが、奇流は大きく手を払いのけた。どうしていつもいつもいつもいつも。奇流は両手で顔を覆い呻いていた。胸の底で湧き起こる熱い何かは――衝動。
「……………あ、ああああ、ああああああああああああああああああ」
 奇流は叫んだ。その咆哮は少年とは思えない程の迫力で、地響きのように皆の耳を突き刺した。キリハラは咄嗟に剣に手をかける。それをスイは見逃さず、村長を飛び越えて移動した。奇流の前に立ちはだかりキリハラと対峙したスイは、両手を構えてキリハラの動きを待った。
 当の奇流はまるで獣の如く吠えている。その目は赤く充血し、いつもと全く違う様子だ。スイは振り返りたかったが、一瞬でもキリハラから目を放せば彼女が何をするかわからない。メーベの森で華麗に獣を倒した彼女の動きを、スイは鮮明に覚えている。

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