「光と闇と、魔法使い。」第43話

私がいるから。

「君は頑固だねえ。お友達には会えないって言ってるでしょ」
 カキザキは笑顔を浮かべて言った。そして片手で何かを叩く。
「っ……!」
 柚の姿がそこにあった。頬が赤らんでいる。城の地下一階に存在する拷問部屋。出入口に立つ兵士が、まだ幼い子供を前にカキザキに意見した。
「カキザキ副団長! 子供相手に手を上げるのは……」
 するとカキザキは笑顔を崩さず口を開く。
「何? それは私に意見? それとも命令?」
 カキザキは柚から視線を移した。兵士は思わず逃げ出したくなったが、意を決して続ける。
「いえっ! 命令なんてとんでもない! ただ……」
「ただ、何?」
 カキザキの笑顔が不気味で、兵士の背筋が凍りつく。それでも彼は柚に目を向けながら言った。
「もし一般の少女を王牙が暴行したと国民に知られたら……! サイガ団長の選挙に影響があるのではありませんか……!」
 その言葉にカキザキは沈黙する。時間にしてものの五秒。しかし意見した兵士には、それが永遠のような時間だった。するとカキザキは手を叩く。
「そうか、あの人に抜けてもらわないと、私の給料アップが消えてしまう」
 納得して呟くカキザキを見て、兵士は腹の底から安堵の息を吐いた。背中の汗が一瞬で冷える。
「それじゃあこれは、丁重に自宅へ送り届けてあげて」
 カキザキは笑顔で兵士に告げる。兵士は慌てて柚に駆け寄ると、彼女の体を抱き起し部屋を出ようとした。しかし柚は首を横に振る。
「奇流に、会いたい」
 兵士は目を見開いたが、柚に小さく囁いた。
「……すまない、それはできない」
 柚はそれでも兵士にぎゅっとしがみ付いた。「奇流に、会わせて。少し、だけでも」兵士は思わずカキザキを振り返った。カキザキは何も言わなかったが、しばしの沈黙の後冷たい声でこう言った。
「素晴らしい純愛だね。若くて羨ましいよ。愛なんて、とてもくだらない物だけどね」
 柚はカキザキを睨み付ける。奇流に会いたい。その気持ちが、柚を強くした。その目を見てカキザキは柚に告げる。
「ふん……いいだろう、会わせてあげるよ。死にゆく恋人に、何を伝えるのか興味がある」
 カキザキは柚を乱暴に引き上げ歩き出した。部屋を出て真っ直ぐ行くと階段がありそこを下りた。更に地下に向かう。重い空気が柚の体に張り付く。そしてしばらく進むと、再び兵士が見張りにつく扉が見えた。兵士はカキザキを認めると、敬礼してその場を通す。扉の向こうには牢獄が四つ並べられ、一番奥へ促された。
 柚の視界に、一人の少年がいた。少年の銀髪は乱れ、正座をし項垂れている。自由を拘束する手錠がきつくはめられていた。
「き、る」
 柚の口から言葉が漏れた。
「奇流」
 柚は鉄格子を握り呼びかける。すると少年はゆっくりと顔を上げた。
「……奇流」
 柚の目から大量の涙が流れた。奇流は目の前の柚を、ただ黙って見つめる。
「柚……その頬、どうした……」
 奇流は口を開いた。柚は鼻をすすり、溢れる涙を必死に拭うが、どうしてもそれは止まらない。
「これは何でもない! それより奇流、自分の事を心配して……」
 柚の言葉に奇流の瞳は陰りを見せる。
「俺は……闇の魔法使いで……村を吹っ飛ばそうと……」
「違う! 違うよ! 奇流はそんな事していない!」
 柚は思いが届くように必死に叫ぶ。目の前の奇流は心底弱って見える。いつも笑顔で自身を励ましてくれた顔ではなかった。
「ドクターはずっと苦しんできた……自分のせいで俺達家族も巻き込んだって。ドクターは俺に、この力を使って全部を終わらせて欲しかったのかな……」
 弱弱しい声色に、柚はかぶりを振って否定した。
「おじいさんが奇流にそんな事……そんなの望む訳ない!」
「柚……」
 柚の目は真っ直ぐ奇流を捉える。奇流もまたその目の力強さに引き込まれ、お互い見つめあったまましばらく沈黙が部屋を包んだ。
「奇流、大丈夫だよ。私が、いるから。私が何とかするから! だから、大丈夫だよ!」
 柚は鉄格子を揺らさんばかりに握って叫んだ。するとその後方。喉を鳴らして二人を眺める者がいる。カキザキだった。
「いいね、いいよ君達! とてもドラマチックだね」
 奇流は鉄格子越しに眉根を寄せてカキザキを見た。
「俺が死んだらあんたらは満足かよ」
 するとカキザキの表情がすっと戻る。あの冷たい瞳。人を簡単に恐怖に貶める凍て付く眼差しを奇流に向け、カキザキは返した。
「満足? 思い上がらないでくれる? 君なんてたかだか団長のパフォーマンスの為に死ぬだけだよ。そうだ、闇の魔法ってやつ? 使えばいいでしょ。そうしたら逃げられるんじゃない? まあ呪文の一つもわからないだろうけど」
 言葉が終わると同時にカキザキは衝撃を受ける。柚が渾身の力を込めて体当たりをしたのだ。しかしか弱い少女の一撃に、少しもひるまず柚の胸ぐらを掴み上げた。ぎりぎりと首がしまる感触に、柚は苦悶の表情で目をつぶった。
「柚!」奇流は牢獄の鉄格子を掴んだ。「やめろ! 柚に手を出すな!」奇流の叫びを受け流し、カキザキは重い口調で言う。
「もうお腹いっぱいだよ。君達の青臭い茶番劇は終わりにしよう。あの世で仲良く一緒にいたら?」
「やめろっ……! カキザキ――!」
 奇流の咆哮に、辺りは一瞬眩く光った。カキザキは咄嗟に目を閉じる。そして同時に爆音が轟いた。思わず耳を塞ぎたくなる破壊音。数秒の後二人がそっと目を開けると、奇流のいた牢獄がひび割れ、鉄格子は脆くも粉砕されている。

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