「光と闇と、魔法使い。」最終話

正しい力の使い方

 帰り道、柚が身を寄せる家に着いた。すると畑仕事をしていた友明と和代の姿が見える。商人として店を出す以外にも、畑作業の手伝いをしているのだった。
「奇流、あんた学校が再建したら、通えるんだって?」
 和代は土まみれの手をはたいて白い歯を見せる。奇流もまた笑顔を向けて答えた。
「うん、いつになるかわからないけど」
 照れて頭をかく奇流の背中を友明は叩く。
「本当によかったな、奇流」
 奇流は頷いた。そして柚に向き直ると、「明日は町の様子を見に行こう」と声をかける。復興作業は危険を伴うので子供の往来は禁止されているが、やはり生まれ育った町を見たい気持ちは抑えられないのだ。
「うん、じゃあ明日ね」
 柚が手を振った。
 
「もうすぐ資材が届くわ。リストと照合してから各現場に配布して」
 てきぱきと指示を出す女性が、奇流と柚の視線に気が付いて手を振った。
「キリハラさん」
 キリハラは額の汗をぬぐって二人に近づいた。
「広場付近は特に危ないから気をつけてね」
 その言葉に頷いて、奇流はキリハラに礼を言う。
「キリハラさんが色々掛け合ってくれたんでしょ? 俺の家の事とか、学校の事とか……」
 キリハラは困ったような笑みを浮かべて答える。
「私はこの国をもっとよくしたいと思って、行動しただけよ」
 キリハラは周囲を見渡して目を細める。町はボロボロの状態だが、力強く宣言した。
「ガーベルジュは私達に救いの手を差し伸べてくれたわ。あの悲劇の元凶である私達の国にね。
 それに応える為にも、前を向いて進まなくてはいけない」
 キリハラは清々しい顔立ちだった。人々が瓦礫の撤去に追われ、一日でも早いこの町の復興を誓い汗を流して働いている。
「奇流君は、おじいさんとゆっくり話せた?」
 奇流は曖昧な笑みを浮かべる。「まあ色々とね。でも話したりないって感じだよ。もっと魔法の基礎も勉強したいし」その言葉にキリハラはそっかと呟く。
「結局おじいさんは城内にいたんだって? それを聞いた時は驚いて顎が落ちそうだったわ」
 キリハラは顎をさすりながら奇流に話す。それに驚きの声を上げたのは柚だった。
「あ、柚知らなかった? 結局ドクターは城への隠し階段を使って城内に潜んでいたらしい。驚きだろ? 王妃が匿ってたんだよ」
 奇流は唇を尖らせて文句を言った。まさか城内にいるとは誰も思うまい。ドクターは王宮専門の医師団に在籍していた当時から、城の全てを把握していたのだ。
「何で王妃様が……」
 柚の疑問にキリハラが口を出す。
「おじいさんは、サイガが国王に名乗り出た時に危機感を抱いたのよ。俊成様の件以来サイガを注視してきた。彼がガーベルジュの生き残りと感づき、この国を破滅へ導くのを危惧した」
 そして奇流が続ける。
「で、それを防ぐ為にひっそりと王妃に掛け合った訳さ。ドクターには大きな借りがあるから王妃も無下にはできない。それを見越して出掛けて行った。けれど思った以上に事態は深刻だった。誰もサイガを疑わない。そう、王妃でさえもそれは例外ではなかった。説得に時間がかかって運悪く点呼の兵士にいないのがばれちまった、ってのが顛末さ。しかも警備が手薄になった城内に父さんが乗り込んだ時も、案外すんなり王妃とドクターに会えたらしい」
 柚は深く聞き入った。そして小首を傾げると、浮かんだ疑問を口に出す。
「おじいさんは奇流が魔法使いだって、最初から気が付いていたのかな?」
 奇流は口をへの字に結んで唸った。そして「さあ」と肩をすくめると、「もしかしたら気が付いていたのかもな」と笑った。サイガの目論見に気が付いたドクターは来るべき魔法の争いに向けて、奇流に光魔法の基礎をいくつか施したのか。今思えばもっと真面目にやればよかったと、奇流は心底後悔している。
「これから時間はたっぷりあるわ。少しずつ、進んで行けばいいじゃない」
 そう微笑むキリハラに、奇流は頷いた。しかしすぐにぎょっとして一歩後ずさりする。
「そう言えば……俺の処分は……」
 魔法禁止法違反。奇流はルディとの決戦の後、すっかり疲弊し眠り込んでいた。目が覚めた時にはガーベルジュに身を寄せており、城の人間と出会ったのは今日が初めてなのだ。緊張した面持ちで尋ねる奇流に、キリハラは口を開けた。
「残念ながら……打ち首よ」
 奇流と柚は唖然とした。抗議しようと一歩踏み出した柚に、突然笑い出したキリハラが手を左右に振って否定する。
「ごめんなさいっ……嘘よ嘘」
 二人は大きく安堵の溜息をついた。キリハラはすかざす続ける。
「王妃様も俊成様も言ったわ。暴走した闇を止めてくれた奇流君を、処罰できる訳がないって。もちろん他の王族もそう。それに今までの自分達の行動を顧みる必要もあるし、あなたを処刑するなんてできないわよ」
 奇流は自分の掌を見つめた。暴走した闇を止めた光。二つの相反する力は、間違いなく自身に宿った物だ。顔を上げると奇流は再び尋ねる。
「魔法を封じる結界はどうするの? 俺、まだそんな力ないんだけど……」
 奇流の心配を振り切るようにキリハラが返答する。
「いいのよ、もう。結界を張らなくても、いいの」
 キリハラは伏し目がちに呟いた。「でも」食い下がる奇流を遮って言う。
「だって奇流君が、これから正しく使ってくれるでしょ?」
 その瞬間、三人の背後から声が響いた。
「近寄るな! もっと離れろよ!」
「何だよスイ、つれねえ事言うなって」
 奇流は大きく息を吐いた。奇流の姿を認めたスイが、大きく声を上げる。
「奇流さん、こいつ本当に嫌なんですけど!」
 こいつと呼ばれた男――闇魔法のルディが満面の笑みを見せてけたけたと笑う。
「本当にお前をからかうのは楽しいぜ。あ、ご主人様! いやあこの町ぐちゃぐちゃっすね!」
「誰のせいだよ、誰の」
 呆れて言う奇流に、ルディはきょとんとして奇流を指差した。
「いやいや俺じゃないっての! 全部お前のせいだよ!」
 奇流はコートの襟を両手で掴んで猛抗議する。ルディは「ええええっ」と戸惑いの声を上げた。
「だってほぼ最後の魔法のせいっすよ! ああ、本当に効いたなあー。体中を貫く閃光……思い出しただけでもぞくぞくするうー」
 体をくねらせるルディに、スイは心底呆れかえり吐き捨てた。
「気持ちが悪い! ……ああ、何でこいつも僕と同じ主人なんだあああ……」
 三人のやり取りを見て柚はくすくすと漏らす。
「大体奇流さんが言うから、お前に治癒魔法をかけたんだ。感謝しろよ!」
「でもご主人様のたどたどしい魔法のせいで、まだ完全回復してねえんだけど……よし、ご主人様! 回復したらまた何処かで暴れようぜ! 手始めにこの町を……」
 今まさに復興に勤しんでいる者の前で言う事ではない。キリハラは呆れたように頭を抱えた。
「……お前は懲りてないのかよ」
 奇流はがっくりと肩を落とし、楽しそうに笑うルディに呟いた。
 
「マリベル村へ行く?」
 その日の夕食時、奇流はすっとんきょうな声を上げる。ガーベルジュ内の町の空き家にワタライ家は仮住まいをしていた。涼と雅恵も同席する夕食。奇流はこの数日の内に少しずつなれたが、やはり何処かむずがゆい。待ち望んだ家族の再生だったが、全てすんなりと進む訳ではないのだ。ドクターと涼は無意識に奇流を介して話をし、昼間も互いに顔を合わせない。しかしこうして食事を皆で囲む事が、再生への一歩だと奇流は感じていた。
「……どうして?」
 ドクターの顔を覗き込むと、食事の手を止めて彼は答えた。
「久しぶりに村長に会いに行こうと思ってね」
 村長はかつての家庭教師であり、ドクターが唯一悩みを相談できた存在だ。幽閉が解かれたドクターは、数日分の荷物を準備し出発に備える。
「マリベル村で全てを終わらせる」
 ドクターの口から出たその言葉に、奇流ははっとして目を見開いた。
「……お前がもしその力を持っているなら、そこで全てが始まり、そして終わらせられるのではと思ったよ」
 奇流はドクターを凝視した。結界を解き神霊樹を解放する。拙い魔法で縛りつけられたそれは今にも朽ちそうな程弱っていた。そして皆が恐れた闇魔法も、正しい者が正しい在り方で、正しく導く必要があった。五十年に渡る因縁は、マリベル村で始まりそして終わる。
 何度か頷いて食事を再開した奇流は、あっと声を漏らした。
「メーベの森にすげえ獣がいるんだよ」
 奇流は思い出しながら手を震わせた。ギルアントと呼ばれる獣は、一瞬で奇流を恐怖で縛り付けた。顔をしかめながら体験談を皆に話す。するとドクターは「それは大変だったね」と慰めた。大体ドクターを捜しに、と言いかけた奇流に向かって、ドクターは声を出した。
「ここから村まではとても遠い。馬車の他にもきちんと傭兵を雇ったから大丈夫さ。キリハラさんにお願いしたら、彼女は色々と忙しくてね。他の傭兵を紹介してくれたよ」
 奇流はナイフを落としそうになりながら慌てて言った。
「え? 何でキリハラさんに……」
 するとドクターが笑顔を見せる。
「彼女の家は代々傭兵として活躍していたんだよ。彼女は国の統制官として働いているが、元々は傭兵ギルド一のやり手だったのさ」
 奇流は漏らした。「どうりで強いはずか……」そしてドクターに向き直ると、「気をつけて行って来て」と声をかける。
「雅恵さんお代わり」
 屈託なく皿を差し出す奇流に、雅恵は目を細めた。奇流が目覚めてから、ワタライの過去を全て告白した彼女に、奇流は頭をかきながら言った。
「……今はまだ頭の中が混乱しているけど、少しずつ考える」
 自らの母の過ち、そして雅恵の犯した罪。奇流は驚く事も、ましてや雅恵を責める事もせずそう言ったのだ。内心溢れる憤りは当然だが、奇流は素直にそう思った。少しずつ――時間はかかってでも、少しずつワタライ家は再生できる。奇流はふと口元に笑みを浮かべた。そんな奇流に雅恵は何度も頭を下げた。
 
 大きな荷物を馬車に積み、ドクターが振り返る。奇流や涼、雅恵も見送りをする為に家の前に集まった。
「必ず帰るから」
 そう言ったドクターに一同が頷くと、約束の時刻に差し掛かった時一人の男が姿を見せた。
「…………カキザキっ!」
 奇流は瞬時に警戒の表情に変わった。当のカキザキはさして気にせず、奇流達の前で立ち止まる。
「キリハラ統制官からの依頼でね。傭兵としての初仕事だよ」
 王牙は解体され、サイガは取り調べの後ガーベルジュに戻る予定だ。他のほとんどが、全壊を免れた傭兵ギルドに登録され、こうして少しずつ新たな道を踏み出したのだ。奇流は憎々し気に睨み付けたが、しばらくして仕方なく息を吐いた。
「まああんたの強さは間違いないし……ドクターを頼むよ」
 そう言って手を出す奇流に、カキザキは唇の端を歪めて返した。
「まだまだ半人前の魔法使いよりは、数倍役にたつだろうね」
 にやつくカキザキに、奇流は内心舌打ちをする。
「私はこれで終わる男じゃないよ。いつか王牙を復活させて、必ず団長になって見せるさ」
 カキザキの変わらぬ野心に、奇流は思わずはっと笑った。そしてドクターに目線を移すと、彼もまた目尻に皺を寄せている。
「それじゃあ、行ってくるよ」
 ドクターは右手を上げた。長年の幽閉から、自由を与えられた彼の表情は清々しかった。奇流の胸の奥がつんとする。今までの様々な出来事が胸を去来した。カキザキと歩き出すドクターに、その姿が見えなくなるまで手を振った。大きく、大きく。ドクターの自由が心底嬉しかった。隣に目を向けると、涼の目元が微かに光った気がする。しかし奇流は気が付かない振りをして、再びドクターの背中に視線を戻した。
                                       完

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