「光と闇と、魔法使い。」第20話
名案?
殺風景だなと、奇流は来る度に空乃の部屋を見て思う。天板の丸いちゃぶ台が中央に一つ。床には空乃が愛用する座布団が一枚置かれていた。
「好きに座って」
空乃はちゃぶ台に置かれたポットのお湯を、湯呑に入れながら言った。奇流はちゃぶ台を挟んで、空乃の真正面に陣取った。スイは奇流の横で腕組をしながら浮いている。空乃は一度もスイについて尋ねなかった。明らかに普通の人間ではないと気が付いているだろうが、何も言わなかった。お茶を三つ置くと、浮いているスイをちらりと見ただけですぐに奇流に視線を戻した。
「で、おじいちゃんはどこにいるの?」
お茶をすすり空乃は質問する。
「確証はないけど、思いつく場所はある。マリベル村だ」
奇流も湯呑を持った。唇を近づけると、茶葉のいい香りが鼻腔をくすぐった。空乃が淹れるお茶はいつも格別だ。最初は見なれない飲み物に躊躇したが、今では楽しみにしている。一口飲むと、いつもと同じ美味しさが口に広がった。
スイに勧めるが首を横に振る。奇流は肩をすくめたが、空乃はさして気にした様子を見せず続けた。
「沈黙の何とか」
そう、沈黙の鳥籠と称される隔離された村。奇流はもちろん、空乃も足を踏み入れた事がない村。
「俺が思い浮かぶのは今の所そこだけだ。ただ行って確かめる価値はあると思う」
スイのお茶も飲み干し、奇流は力強く言った。湯呑を受け取りすぐにお代わりを準備する空乃に、奇流は礼を言ってそれを受け取った。
「奇流ちゃんがびびっときたなら行くしかないわね。問題はどうやってここから出るか」
町の出入りは常に二人の兵士が見守っている。空乃は通れるだろう。しかし奇流は論外だ。空乃は自分だけが行くと申し出たが、奇流は即座に却下した。
「俺が行かなきゃ意味がない。どうして抜け出したのかすぐに聞く必要がある。いつもドクターは俺に謝っていた。自分が家族に迷惑をかけているって。そんなドクターが町を出るなんて、確実に何かあるって事だろ?」
奇流は湯呑を持つ手に力を込める。空乃は頷くと、しばらく考え込んだ。
「あそこには王族が管理する神霊樹がある。だからマリベル村へのルートは、兵士の警備も厳重なんだ。兵士に怪しまれないように出られたら……」
奇流は自分で言って笑った。「それができれば苦労はしないか」
そう、ましてやサイガに会ってはお終いだ。奇流がそこを通りたがっているのを知っているサイガは、マリベル村を怪しんでいるかもしれない。もしかしたら既に村へ兵士を送っているかもしれない。
様々な思いが奇流を駆け巡る。かもしれない、かもしれない。いくら考えても答えが出ない。それなのにぐるぐると考えてしまう。
「熱いっ!」
空乃の叫びが響いた。奇流は慌てて空乃に駆け寄る。
「空乃、急いで冷やせ!」
湯呑から溢れたお湯をひっかけてしまったのだ。奇流はすぐさま水道の蛇口をひねる。空乃の手を取り蛇口に近づけ、冷水をしばらく当て続けた。
「酷くなさそうだけど、氷で冷やすか」
小さな冷蔵庫を開けて奇流は漁った。空乃はその間も、奇流に言われて水を当て続ける。
「何だよ、アイスしかねえじゃん。まったく、普段どんなもん食ってんだよ。少しは野菜も食えよ? ……バランスが大事だって、雅恵さんうるさかったな……」
数時間会っていないだけで、随分懐かしむ言い方だ。奇流はほとんどを家で過ごしてきたので、雅恵の口癖をしっかりと把握していた。
「奇流ちゃん」
流水を眺めて空乃は言った。
「ん?」アイスを一つ掴んで奇流は振り返る。
「いるじゃない、あたち達には大事な友達が」
振り向いた空乃は、何か企む生き生きとした表情を浮かべていた。
