「光と闇と、魔法使い。」第39話

破壊者の降臨

「どうして、いつもいつも」奇流は途切れ途切れに漏らす。皆はそれに耳を傾けた。
「どうして、いつも、邪魔をする。光、闇、そんなの俺は知らない。ただ、ドクターを、助けたいだけなのに」
 
 
 ――奇、流。
 
 
 奇流ははっとした様子で顔を上げた。自分を呼ぶ声に、辺りを見渡した。
 
 
 ――奇流、悔しいか。
 
 
 ……悔しい?
 
 
 ――無力な自分が情けないか。
 
 
 ……俺は、俺はただドクターを助けたいだけなんだ――。
 
 
 ――無力で哀れな存在よ。俺の力を貸そう。全てを滅ぼせ。全てを呪え。それが俺の力となる。それがお前の生きる糧となる。
 
 
 ……お前は、一体。
 
 
 奇流の体が漆黒に包まれる。スイは咄嗟に振り返り、目を見開き漏らした。
「まさか」
 キリハラは唖然としている。そして村長もまた、奇流を黙って凝視する事しかできなかった。
 風が巻き起こる。草木が揺られ、奇流の全身をまとった。漆黒の風は地面を舐めるように吹きすさぶ。そして一同の体を這い一瞬強く吹きつけると、思わず皆は顔をしかめた。
「何よ……これは」
 キリハラの言葉は巻き起こる風に溶ける。奇流はうつろな表情で立ち尽くしたまま、何も言わず風に身を委ねた。漆黒の闇が彼にまとわりつき、それは次第にとぐろを巻き、大蛇のように奇流の体を這った。
「そんな馬鹿な……!」
 スイは奇流に駆け寄った。
 その刹那――奇流の全身にまとわりついた風が、ごおっと音をたててそれを阻止する。スイは思わず後ずさり、自身の悪い予想が的中した事に気が付いた。
「……ルディ……っ!」
 憎々し気に吐き捨てたスイの頭上――皆が目を細めて注視すると、何かがゆっくりとその姿を一同の前に現した。
「よお、スイ」
 スイより数段低い声。黒のコートを身にまとい、ポケットに手を突っ込んで一同を見下ろす。その目は細く鋭く、青白い肌、黒いくせ毛が風に揺れている。スイより幾つか年齢が上に見えた。
「ルディ……! 何故貴様が!」
 スイの怒号に、ルディと呼ばれた男が高らかに笑った。
「次のご主人様が俺を目覚めさせたのさ。そんなに不思議な事かよ?」
 にやついた表情で語るルディに、スイは激怒した。
「違う! 何故貴様が奇流さんの中で眠っていたかと聞いているんだ!」
 そう、魔法は主の死亡に伴いまた新たな主の誕生と共に転生する。光と闇が同じ主の元に誕生するなど、スイが抱く常識から逸脱していた。しかしルディは愉快そうな笑みを浮かべたまま、スイに言葉をかける。
「何だよ、同じご主人が不満なのかよ。仕方ねえじゃんか。俺だって理由なんざ知らねえよ」
 スイは納得せず、歯をぎりぎりと噛みしめる。そんなスイから視線を戻し、ルディは奇流に言った。
「なあご主人様。お前、どうしたい? 手始めにこの村全部ぶっ飛ばそうか? さあ、とっとと俺と契約しようぜ」
 村長が唾を飛ばして激昂する。
「ふざけるなっ! そんな事、わしが許さん!」
 村長の言葉にルディは鼻で笑って返答した。
「お前の許可なんざ要らねえよ」
 胸元に手を突っ込み、何かを出した。首にかけられた銀色の髑髏のネックレスが見える。薄汚れているそれを指でつまみ、一同の前にひけらかす。
「これ、前の主人の怨念がたーっぷりこもった呪いの産物だ。死してなお圧倒的な絶望感で、俺との契約をまだ完全に断ち切ってない。つまり」
 そして反対側の手をかざすと、一同に聞こえる程強く唱えた。
「紅蓮の炎は全てを焼き尽くす終焉の狼煙となり――」
 途端にスイが叫んだ。「やめろルディ!」一同は訳がわからず困惑の面持ちでルディを眺める事しかできない。この状況をまるで楽しむかのように、ルディはにやにやと口元を歪める。
「我と共に地獄の道を歩み、破滅の世界を築き上げよ――」
 ここにいる者の中で、たった一人スイだけがこれから起こる未来を理解していた。
「汝の魔力を持って示せ。この世に溢れる絶望を」
「……消えるっ……!」そう漏らした時、ルディは一段語気を強めて叫んだ。
「この世に怒りの――」
「動くなっ!」
 ルディの詠唱を遮る高らかな叫び声は、奇流でも、スイでも、キリハラでも、村長でもない。一同が声の先に顔を向けると、数十名の男達が辺りを取り囲んでいた。
「ワタライ、奇流……」
 そう言って一歩踏み出した男の姿。奇流はぼんやりした頭の中で、それがカキザキだとわかった。
「闇魔法なんて聞いてなかったけどねえ……」
 カキザキはルディを見上げて眉を潜めた。かつての大戦でその力をふるった闇魔法。まじまじと眺めたが、やがて奇流に視線を戻した。
「君、魔法禁止法違反で逮捕するから」
 奇流は何も言わない。しかしスイが皮肉を込めて吐き捨てた。
「この状況、見てわかりませんか?」
 カキザキの制止でルディは呪文の詠唱をやめた。しかしもしも彼がそのまま続けていたら、スイだけがわかるであろう何かが起こったのだ。奇流の逮捕だと言っている場合じゃない。スイはカキザキを睨み付けた。
「そんな顔されても困るよ。私は彼を逮捕しろって言われて来ているだけだからさ」
 カキザキの言葉にスイは苛立ちを露にした。「あんたなあっ……!」「おいおい待てよ」スイを遮ったのはルディだ。スイは視線をルディに引き戻す。
「俺を無視して何ごちゃごちゃやってんだよ。気分わりー」
 ルディは舌打ちをすると、素早く奇流の背中に回り込む。
「なあ、こいつら消していいか? 奇流は俺の次の主人だ。主人の意向は確認しなきゃなあ」
 スイはきっと目を向ける。何をふざけた事を。内心一喝する。今までお前は主人の意向を無視して、好き勝手暴走してきたじゃないか……!
 奇流は呆然と立ち尽くす。しばらくそのままだったが、ルディはふっと鼻を鳴らすと苦々しく言った。
「何だよ……てめえも今までの人間と同じか。闇の力を前にしたら、大半の人間は怖気づいて結局逃げ出す。……つまんねえ人間」
 そして背中を小突くと、奇流はその場にへたり込んだ。ルディはにやりと笑って再び上昇する。
「なあスイ。俺は楽しくて仕方ない。無力な人間共が俺の力で慌てふためくのを見るのが、愉快でたまらねえよ!」
 スイは拳に力を入れた。「ルディっ……!」しかし成す術がない。主人の奇流が放心状態だ。
この状況を打破できる力は、今のスイにはなかった。
「お前は俺に、勝てねえよ」
 そう言い残しルディは風に乗って何処かへ飛び去った。残された者達はその姿を見送る事しかできない。カキザキは王牙の団員に何やら合図を送ると声を上げた。
「ワタライ奇流。魔法禁止法違反で逮捕しまーす」

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