「光と闇と、魔法使い。」第35話
ワタライは失敗しない
体が揺れている。奇流が目を覚ますと、そこには自身の体を揺らすキリハラの姿があった。慌てて飛び起きる。窓に目を向ければ、眩しい太陽の光が部屋を包んだ。持参した朝食もそこそこに、奇流達は宿屋を出る。まずどこから捜せばいいのか決めあぐねていると、ここでもキリハラが的確に導いてくれた。
「まず全体を見てごらん」
キリハラの言葉に奇流は村の全体を捉えた。宿屋が村の南西に位置しており、そのすぐ北側に家が三件連なっている。中央にはこの村にしては大きい家。そして村の西エリアには五件の家と小さな畑、井戸が見える。
「あれ、ない……」
奇流は辺りを見渡しながら言った。キリハラが「え?」と返すと、即座に奇流は続ける。
「神霊樹がこの村にあるって聞いてたんだけど」
キリハラは「ああ」と呟いて村の北を指差した。その先には階段が見える。
「神霊樹はあそこを少し進めばある。後で行きましょう」
奇流は頷くと、まずは村長に挨拶をしようと促すキリハラに着いて行った。中央にあるそこは木造の古い建物だったが、しっかりとした造りなのだろう。古さは感じられるが劣化はしておらず、一目見てこの村の有力者の家屋だと悟った。
「おや、キリハラさんか」
応対してくれたのは、奇流と同じくらいの背丈の男の老人だった。いや、奇流より身長は高いのだろうが、腰を深く前に曲げて杖に体重をかけた姿勢。白髪を一本で束ね、髭も長く顔は皺が目立つ。キリハラは「村長よ」と奇流達に紹介した。奇流もまた自己紹介をする。スイが名乗ると、村長は髭を撫でた。
「ほほう……魔法か。間近で見るのはいつ振りかのう」
村長はスイの全身をまじまじと見つめる。これだけの年齢の、五十年前の戦争の経験者だ。スイは特に声を出さず、黙って村長を眺めた。
「して、こやつが器か。こりゃあ結構結構」
今度は奇流に目線を移動する。奇流は何が結構なのかわからず曖昧に笑うと、助けを乞うようにキリハラを見た。するとキリハラは早速切り出した。
「この子達が人捜しをしておりまして。その手掛かりがこの村にあるみたいなんです」
キリハラの言葉に村長は笑顔を崩す。「人捜し?」奇流は身振り手振りを加えながら事情を説明した。少しでも手掛かりが欲しい。必死に訴えると、黙って聞いていた村長が口を開いた。
「何とまあ、ワタライが消えたとな」
再び髭を撫でて宙を眺める。何やら考え込んでいるが、奇流は急かして続けた。
「何か知らない? ドクターはこの村に来ているとか」
すると村長は声を上げて笑い出した。
「この村に。はて、何故そう思う?」
村長はすぐに真顔に戻り、鋭い視線を浴びせた。思わずどきっとする力強さだったが、奇流はひるまず考えを述べる。
「ドクターは言っていた。マリベル村で、全てを終わらすって」
村長は「ふむ……」と言って長考した。奇流は両手に力を込めて村長をじっと見る。
「迷惑な話じゃなあ。この村を選びよったかい」
村長はにっと笑みを浮かべた。そして唇を舌で舐めると、奇流に言った。
「お前さんの父さんは元気かな?」
奇流ははっとした。村長は奇流の家族を知っている。いや、あの事件でワタライ家は有名であったが、父の様子をわざわざ尋ねるのは、少なくともある程度見知った人物であろう。奇流は声を上げた。
「村長は父さんを知っているの?」すると村長は、「……まあ座りなさい」と奇流達一行を促した。
木の香りが漂う室内。奇流達が通された場所は様々な花が生けてあり、花瓶から凛と顔を出し皆の目を楽しませた。村長は奥から平たい古い座布団を人数分用意すると、それぞれに放り投げる。
「もちろんお前さん達家族は有名じゃよ。まあそれとは別に、わしはワタライとは旧知の仲じゃ」
奇流は姿勢を正して続きを待つ。キリハラもすっと伸びた背中を微動だにせず、老人の話を待った。
「あいつはとにかく天才だった。幼い時から頭脳はずば抜けていたし、人々を救いたいと医者になったのもあいつの人柄が出ていた。そして息子の涼はそんな父を心から尊敬し、自分も父の跡を継ぐと息巻いていた」
いつかの雅恵の話を奇流は思い出していた。今の奇流にとってそれは想像つかない話だ。涼はドクターを敵視していたし、そんな父しか奇流は知らなかったからだ。
「あの手術は……わしも不思議なんじゃ。何故失敗したのか。国王は若い時から心臓を患っていたが、あの手術の成功率は低くなかった。それにワタライが失敗するはずがなかったんじゃ。しかし実際は国王は手術ミスにより死亡――と世間では騒がれた」
奇流は唇を噛んだ。その一件でドクターは人殺しのレッテルを貼られ、見る見るうちにワタライ家は失墜したのだ。
「奇流、教えてやろう。キリハラさんも知らんじゃろうな。あの事件には裏があると言われておる。そしてわしもそう思っておる」
奇流の心臓は激しく波打った。鼓動がけたたましくなるのを感じた。「裏?」奇流は目を丸くして漏らす。キリハラの表情も変わった。
「ワタライは失敗しないのだ」
そうきっぱりと言い放つ村長に、一同は釘付けになる。
「あいつは稀代の天才じゃ。どんな人間であろうと救ってきた。それこそガーベルジュの大戦において、あいつは王族の制止も振り切ってガーベルジュへ向かった。そこには簡素な施設しかないものの、息があった者はあいつが全員救ったのじゃ。無論ほとんどはあいつが着いた時には息絶えていたがな……」
村長は当時を思い出しながらゆっくりと、時々目をつぶりながら語った。奇流の拳の内側に汗が滲む。
「そんなあいつが、何故万全の設備のなれた環境で失敗をするのじゃ。不思議に思わんかね」
喉がからからだ。村長の話は自分の考えを根底から覆す物だった。
