「光と闇と、魔法使い。」第14話

奇流と柚 

 奇流は商店街を歩いていた。夕暮れ時、いつもなら自分に向けられる視線や囁きを感じるが、今の奇流は違う。何かを考えているようで、いないようで。どこかふわふわした気持ちで歩んでいた。まず行く場所がある。奇流はそこで足を止めた。
「おや、奇流じゃないか!」
 大声を上げたのは和代だった。すぐに奥から「馬鹿、声がでけえ」と友明の叱責を受けて、和代はしまったという表情で奇流に手招きした。
「とりあえず中で話そうか」
 奇流は黙って従った。即位式が延期になった事は、ドクターの失踪が原因であるのは既に国民の周知の事実だ。
 奇流が外に出ると、途端に話の対象になってしまう。それは今までとは比べ物にならない程に。
「大変だねえ……。じいさんどこに行ったんだか」
 お茶を淹れながら和代は言った。するとすぐに「奇流!」とバタバタ足音をたて柚が現れた。
「柚、学校はどうした」
 奇流は驚いた様子で柚に尋ねる。柚は「それどころじゃないっ……!」と奇流の目の前に座り込んだ。
「……そっか、ごめんな。心配かけて」
 柚の頭に手を乗せ、軽く何度か撫でた。柚は今にも泣きだしそうな顔をしている。それでも唇をへの字に曲げ、何とか涙は流さまいと堪えていた。
「ここにも兵士が来たんでしょ」
 奇流はお茶を出してくれた和代と、奥で煙草を吸っている友明の顔を見比べて聞いた。
「……まあな。いきなりどかどか上がり込んでよ。こっちは即位式があるから店は開けちゃいなかったが、そんなのおかまいなしに商品の入れもん全部ひっくり返して荒らしやがってよ」
 ドクターを必死に捜したのだろう。想像ができる。ドクターの家がもぬけの空だった時、点呼の兵士は青ざめたはずだ。なぜならドクターだけは食料から日用品に至るまで、全て城の使いが直接家に運ぶのだ。奇流の家は、王族から支給される生活する上でぎりぎりの金額で、自由に買い物は許された。  
 ここが王族の考え方だと奇流は常々思う。当事者であるドクターは永久に家に閉じ込め、その家族である奇流達はあえて外に出ないと生きていけないようにする。そしてその度に国民から後ろ指差され、嫌悪の視線を受ける。それが事件の風化を防ぎ、奇流達を生涯晒し者にするのだ。
 ドクターが家にいないとなれば、大慌てで町中の捜索をしたに違いない。この失態を、できるなら上に報告したくない。そんな事を人は考えるであろう。兵士は兵長に、兵長は王牙に、王牙は王族に。
「結局どこにもいないって話だろ。でもあの人が町から出るなんて不可能だし、一体どうなっちまったんだろうなあ」
 友明は煙草の火を消して奇流の近くに腰を下ろす。和代も右手を頬に当て、「さあ……」と不思議そうな表情を浮かべた。
「奇流もあまり外出するんじゃないよ。言いにくいけど、商店街の連中もこの話題で持ち切りだ。あんたがどこかへ逃がしたと考える輩もいるのさ」
「どうやって!」「わかってるよ、柚」
 珍しく怒りを露にした柚に和代は言った。柚の腿に、滴がぽたりと一つ落ちる。
「どうして奇流がこんなに苦しまきゃいけないの? 奇流は関係ない。奇流は悪くない。それなのにどうして皆、奇流に酷い仕打ちをするの……!」
 今にも消え入りそうな、か細い声だった。そしてくっと喉を鳴らして静かに涙する。三人はそんな柚を黙って見つめたが、奇流は穏やかに言った。
「大丈夫だよ、柚。俺は大丈夫だ」
 ――大丈夫だよ。
 柚が幾度となく救われた言葉。そう言われると、今まで柚は何でも大丈夫な気がした。
「……どうして、私が」
 柚は怒りを自らに向ける。
「どうして私が、そう言ってあげられないんだろう……」
 両親は視線を交わした。
「私はいつも奇流に助けてもらってばかりで……。奇流はいつだって大変なのに、どうして私は奇流に支えてもらってばかりなんだろう。学校の送り迎えなんて、奇流の負担でしょう? 商店街に来るのは、嫌な人達に自ら会いに行くようなものでしょう? それなのに……。私は奇流に甘えて、自分ばかり……」
 柚は遂に堰を切ったように、声を上げて泣いた。奇流は柚の頭を軽く撫でる。それでも柚は泣き止まず、涙でぐちゃぐちゃな顔を覆い泣いた。
 和代はそっと柚を抱き寄せる。柚は心のどこかで奇流に対し、ずっと申し訳ない気持ちがあった。自分の弱さを受け止めてくれる奇流に、ただ甘えてきた。奇流がいればよかった。奇流の苦労を知りながらそれに蓋をして、自分の傍にいる彼に寄りかかっていた。
 いつからだろう。自分は奇流の荷物だと感じたのは。もう随分前か。両親が奇流に言った。「柚をよろしく頼むよ」
 その言葉にどんな真意が含まれているのか。それは柚にわからなかったが、奇流は小さく頷いた。それから奇流は学校がある日は毎日顔を出し、柚に声をかける。
 商店街を歩く奇流の気持ちを考えた事はあった。ごめんねと言った時、彼は決まってこう返す。
 ――大丈夫。
 大丈夫な訳がない。柚の心は素直にそう思った。仮に自分が奇流の立場なら外出は控えたい。いや、例え誰でもそれは同じだろう。それでも奇流は会いに来る。柚の隣にいてくれるのだった。

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