「光と闇と、魔法使い。」第34話

到着

 どのくらい歩いただろうか。キリハラが休憩を提案した。奇流にとっては一刻も早く村へ向かいたかったが、なれない道を長時間歩き続ける体力もなく、その提案に首を縦に振る。
「スイは歩かなくていいなあ。羨ましい」
 水筒を口に近づけて言う奇流に、スイははっと鼻で笑った。
「何だよ」馬鹿にした態度に奇流は唇を尖らせる。
「確かに足がもつれる事はありませんが、僕はあくまで主と言う器がないと無力ですよ。羨望される存在ではありませんね」
 スイは奇流の横でくるくると回る。キリハラはそんな二人のやり取りを見て口を挟んだ。
「ガーベルジュの大戦以降、魔法は禁止されたはずよ」
 スイはキリハラを一瞥した。「それが?」ただならぬ気配を察知し、奇流は二人をなだめるように慌てて割って入る。
「そうだけど、急に現れたからさ。罰則とかあるなら全部終わってからにしてよ。今俺が捕まったら、ドクターの処刑を止められない」
 奇流は思った。そうだ、それは突然だった。兵士によって殺されかけた時――自分の死を意識した時にスイは現れた。魔法についてドクターから習ってはいたが、まさか自分が光魔法の使い手になるとは。奇流はそもそも何故自分なのか疑問を持ち、スイに尋ねた。
「なあスイ。そもそも何で俺がスイの主人なんだ?」
 するとスイは、端的に答える。
「偶然です」
 奇流は「はあ?」と間の抜けた声を漏らした。スイは苦笑して続けた。
「心の綺麗な人間に光の魔法が宿る、と言いたい所ですが、主人の誕生と共に僕達魔法も誕生する。善人だろうと悪人だろうと判断しかねますから。第一生まれながらにしての悪は案外少ない物ですしね」
 奇流は大きく息を吐いた。「そうかあ」するとキリハラが口を出す。
「闇の魔法も目覚めた可能性はないの?」
 スイの表情がさっと曇る。
「奇流さんには話しましたが、大いにあります。もしそうなら、今度こそ僕はやつを食い止めなくてはいけない」
 奇流は小さく頷きながら真剣に聞いた。キリハラはふっと息をつくと、「その闇の力の持ち主は一体誰なのかしらね」と言う。スイはしばらく黙り、ゆっくりと口を開いた。
「これは偶然ではないと思うんですよ。ドクターワタライの失踪、ツヅキ俊成の突然の国王即位表明、一連の流れの中で僕は目覚めた。つまりこの流れに乗る者の中に、力を宿している者がいると思うんです」
 スイの言葉に、奇流はばっと二人に向き直って叫んだ。
「サイガ国雅!」
 その言葉にキリハラは口にしていいか悩むように黙ったが、奇流から催促されて話し出した。
「サイガ団長なんだけど」
 思い出して語るキリハラを、奇流とスイはじっと見つめる。キリハラは手にした水筒を地面に置き、続けた。
「三ヶ月前。ヘブンズヒルとガーベルジュとの対戦から五十年の今年……その悲劇を二度と繰り返さぬよう、城内で式典が行われたの。そこで王妃が挨拶をしていたんだけど……」
 キリハラは黙った。奇流は先を急かす。「それで?」キリハラは一拍の間の後、再度口を開く。
「偶然サイガ団長に目が行ったの。すると忌々し気な表情を一瞬浮かべる姿があった。ほんの一瞬。恐らく他の者は気が付かない程――。あの時の団長の表情が、今もずっと私の中で引っかかっているわ」
 ガーベルジュの大戦。ヘブンズヒルの王族が刻んだ忌まわしき歴史。スイは言葉を重ねた。
「今年で丁度五十年。それも一連の流れに組み込まれているではないですか」
 奇流は喉を揺らす。キリハラがずっと引っかかると言うサイガの表情。
「……行きましょう、マリベル村へ。もしかしたら思った以上に、私達に時間はないのかもしれない」
 すっくと立ち上がるキリハラに、奇流とスイは頷いた。
 
 すっかり日が暮れて今夜は野宿かと覚悟した時、キリハラの足が止まった。目の前に広がるのは蔦が絡む古びた門。閉め切られていたが、キリハラが腰につけた袋から鍵を取り出し差し込むと、カチャッとはまる音がする。そしてゆっくりと両手で押し出すと、鈍い音を響かせながら門は開いた。
「ここがマリベル村よ。今夜はまず宿の確保が優先ね」
 キリハラはなれた足取りで奇流達を促した。奇流の鼓動は早くなるばかり。すぐにでも手掛かりを捜索したい衝動に駆られたが、それを見透かしてキリハラは言った。
「この村には街灯なんてない。こんな暗闇で何もできないわよ。村を出入りする商人向けの宿があるから、今夜はそこに泊まりましょう」
 キリハラは奇流の背中をポンと叩いた。奇流は渋々と言った様子で仕方なく了承し、スイと一緒に後に続く。宿屋と言われるそこはさして大きくない。ベットは一つの部屋に四つ並べられており、宿主もいなかった。利用者のほとんどはマリベル村から来る商人と傭兵なので、綺麗に整頓されている訳でもない簡素な施設だ。奇流はキリハラをちらりと見た。
「どうしたの?」
 その視線に気が付いたキリハラは、荷物を下ろしベットに腰をかける。
「いや、キリハラさんも同じ部屋でいいのかなって」
 奇流の言葉に横にいたスイは「うわ……」と軽蔑する表情を浮かべた。
「違うって! キリハラさんは女の人だし、一応気を遣ってだなあ」
 慌てて弁明する奇流を見て、キリハラは微笑む。奇流はスイに掴み掛る手を放し、つられて微かに笑う。
「気遣いありがとう。でも生憎部屋は一つ。気にしないでゆっくり休みましょう」
 奇流は頷いた。それからすぐに桶に湯を張り体の汚れを落とすと、もう体はくたくただった。
 ドクターの事を考えていたが、数分後には泥のように眠りについた。

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