「光と闇と、魔法使い。」第18話

第二章・鳥籠

国民のヒーロー

 男の目線が消えたのを確認して、奇流とスイは路地裏へ身を潜めた。すっかり暗くなったが、帰るつもりはなかった。まずはスイと話すのが先決だ。奇流は口を開いた。
「お前一体何者なんだ」
 奇流の疑問にスイは伏し目がちになる。「学校で魔法学は習っていません?」と肩をすくめると、奇流の返事を待った。しかし奇流は小さく「俺、学校行けないから」とスイに告げた。しかしすぐに明るく両手を広げて続けた。
「でもドクターに勉強は教えてもらってるからな。魔法は俺が好きな分野だ! まだまだ勉強不足だけど」
 スイは腕を組んで首を回す。そして話し出した。
「簡単に説明すると、僕は魔法を具現化した存在です」
 奇流にわかりやすいように噛み砕いて説明する。
「この世界には光と闇の力があります。光は人を癒す力。例えば治癒魔法が代表的です。闇は全てを滅ぼす力。地、水、火、風の四元素に強力な闇の力を加える。するとそれは恐ろしい力となって、全てを壊滅させる物となります。僕は光の魔法を人間の姿に変化させた存在なんです。古くから魔法はこの大陸で当たり前に使用されていました。それは習いましたよね?」
 スイは淡々と語った。奇流の知識はドクターから得た物だ。学校でどう指導されているかはわからないが、確かに魔法の存在は奇流も幼い頃から知っていた。そしてドクターも言っていた。ヘブンズヒルとガーベルジュの大戦の時、魔法を使って国が壊滅状態になったと。
「魔法は単体では効力を発揮できません。あくまでも器となる魔法使いの主人がいて、契約をしてこそ存在できるのです。そしてその主人が死ねば、今度は別の器が誕生する時にそこに宿る。そして契約。その繰り返しです」
 しばらく唖然とする奇流だったが、思い出してスイに問う。
「でもそうだ。魔法の使用は禁止されたはずだ」
 奇流は必死にドクターの話を思い出す。あの大戦以降魔法の使用は一切禁じられた。皆が驚愕する惨状に、国民は猛反発した。魔法の禁止を望む国民の意見と、東側も闇魔法を禁止すると言い出したので、さすがの王族もそれに従う他なかったのだ。
「この大陸は魔法が禁じられ、次第に世界から魔法と言う存在が薄れていった。主人の死と共に光と闇も長い眠りについた。魔法が薄れたこの大陸で、本来僕は目覚めるはずではなかったんですよ。しかしあなたの命が危険に晒された瞬間、僕は目覚めた」
 スイは顎に親指を当て思考する。奇流はそんなスイを見つめ、ぽつりと漏らした。
「俺が魔法使い?」
 スイは奇流の全身を眺め、伏し目がちに言う。
「そうですよ。しかし僕が目覚めた以上、闇の力もどこかで誕生した可能性は充分考えられます。これは不味い事態です」
「不味い事態?」
「ええ、闇魔法はこの世を消し去る事さえ可能な、強力な物です。もし悪用する人間が主人となったら、この世は終わりですから」
 奇流は生唾を飲み込んだ。そして神妙な面持ちのまま黙り込む。「契約すれば、あなたは光の魔法使いとしての力を得ますよ」と言ったが、突然の出来事に奇流は即答できなかった。
 何も言わない奇流を横目に、スイはふわりと浮いたまま宙返りをした。体がなまっているのか、動きを一つ一つ確かめるように様々な部分を動かす。そんなスイを眺めたまま奇流はその場に座り込んだ。 
 抑揚のない調子で契約や魔法の使い方について説明されるが、魔法の存在を知ってはいてもすんなりとのみ込めない。自身が魔法使いではないかと思った事はあったが、それはこの世界に住む子供達の大多数が抱く淡い夢だったのだ。
 奇流は曖昧な相槌を打ち、再びドクターの行方について思考を巡らせた。マリベル村へ行こうにも、あの男に目をつけられた以上難しい。しかしそこに何かある。奇流の直感はそう囁いているのだ。何もせず黙ったままでは、王牙が先にドクターを発見してしまう。
「サイガ国雅」
 ぽつりと言ったスイに、奇流ははっとした。聞き覚えのある名前だった。スイは奇流の後ろに指を向ける。顔を上げると、建物の壁に一枚の紙が貼られていた。
『国王即位式が中止! ドクターワタライ謎の失踪』
 奇流は飛び起きた。路地裏を申し訳程度に照らす街灯を頼りに、目を見開いてその見出しに釘付けになった。
『国王即位式が延期となった件で、王族からの詳しい説明は未だなされていないが、背景にはドクターワタライの謎の失踪が関係するとみられる。国王即位予定と噂されていた王宮専属護衛団・王牙団長サイガ国雅氏は何も語らなかったが、自身の晴れの場に水をさされ怒り気味か――』
 奇流は文字を指でなぞる。そこには一枚の写真が載っていた。先程まで対峙し、兵士を何の躊躇いもなく切り捨てた男が写っている。そうだ、サイガだ。奇流は空乃との会話を思い出した。
「一国の国王になろうともする人間が、あんな残忍でいいのかよ……」
 奇流は紙面を指差しながらスイに言った。
「恐らく護衛団の名を聞けば、国民は国全体を守ってくれる頼りになる部隊と錯覚するでしょう。サイガは言っていた。あくまでも王族を護衛する立場であり、他はどうなろうと関係ないと。しかし国民は気が付かないうちに、自分達の都合よく置き換えている。いざとなったら自分達を守ってくれると。まあ護衛団の存在は、他国からの襲撃の抑止力にはなると思いますがね」
 スイの言葉に奇流は絶句した。確かにそうだ。王牙は国民のヒーロー。柚もそう言っていた。
「ひとまず帰宅して休んだ方がいい。それからどうするか考えればいいのでは」
 スイの言葉に奇流はかぶりを振った。「それは無理だ」奇流の言葉にスイは眉を潜める。
「もう帰らない覚悟で家を出た。もたもたしてるとドクターが危ない。王牙に先に見つかれば即刻処刑だ。何が何でも先に俺達が見つけるしかないんだよ」
 威勢よく語る奇流を横目に、スイはさてどうしたものかと思考を巡らすと、頭上からの殺気を察知し素早く奇流を抱いて道へ倒れ込んだ。

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