「光と闇と、魔法使い。」第44話
取引
「副団長! 一体何が!」
何事かと複数の兵士が駆けつけた。すぐに目の前の状況に愕然としたが、奇流を確保するべく動き出す。しかしそれをカキザキは制した。
「いいよ、彼は逃げ出せない。逃げ出さない。だから手を出さないで、下がって」
カキザキの言葉に兵士達は一瞬戸惑った表情を浮かべたが、カキザキの鋭い眼光にすぐに一礼してその場を去った。
「奇流!」
柚が駆け寄ると、奇流は自身が起こした現状を理解できないのか何も喋らない。
「奇流?」柚が優しく名前を呼ぶと、ようやく奇流が柚に視線を戻した。
「何の騒ぎだ」
サイガが険しい面持ちで現れる。奇流は咄嗟に柚を庇い前に出た。サイガは奇流を一瞥すると、カキザキに視線を移して問う。
「どういう事だ」
カキザキははっと息を吐いた。そして前髪をかき上げると、「見てわからないですかねえ。彼が暴れちゃって。これも闇魔法の片鱗ですかね」と吐き捨てる。カキザキはあくまで笑顔でサイガに対応した。
「そんな話ではない。何でここに一般人が紛れているのかを聞いているんだ。それにこの頬……お前の仕業か」
サイガは奇流の後ろから顔を出す柚を見て言った。カキザキの笑顔は崩れない。
「だったら何です? あ、選挙の心配ですか。すみませんねえ。王牙の名前を出さないように、彼女にきつく言っておくので、心配は無用かと」
カキザキの言い分に奇流はかっとなって一歩踏み出す。しかし柚は服を引っ張りそれを制した。
「お前が副団長の立場を利用して好き勝手するのは構わん。だが、俺の立場を考えて行動するのを忘れるな」
サイガの言葉にカキザキは笑みを浮かべたままだ。しかし奇流はその笑顔が完璧に作られた物だとわかっている。カキザキの感情は壊れているのだ。彼の人間離れした行動に、渦巻く恐怖心を隠せない。
サイガは奇流ににじり寄った。奇流は動じず、ただ黙ってそれを見つめる。目の前に立つサイガを見て、改めてその背丈の高さ、鍛え上げられた筋肉、鋭い眼光、見るだけで威圧される大きな剣に目を奪われる。サイガを構成する全てが迫力を帯びていた。
「一つ、取引をしよう」
サイガは口を開く。「取引?」奇流の眉間に皺が寄った。
「ドクターワタライを自由にしよう。無論、発見しても危害は加えない」
その言葉に一同は驚いた。カキザキでさえ自身の上司の言動に、一瞬眉を潜めた。
「団長、何を」カキザキの言葉を無視し、サイガは続ける。
「君には私の部下になってもらいたい」
奇流は目を見開いた。柚もまた同じだ。「え……」奇流が漏らした驚きの声に、柚も同調した。
「奇流が、王牙に?」
柚の言葉にサイガは声を上げて笑う。
「王牙ではない。私は明日、国王になる。私の右腕として、色々と活躍して欲しいのだよ」
サイガは奇流を見下した。その言葉に奇流が口を開く前に、カキザキが詰め寄った。
「どういう事ですか団長」
カキザキの問いに、サイガは首を傾げる。
「どういう事とは?」
サイガの仕草にカキザキは思わず語気を強めた。
「ドクターワタライを自由にする引き換えにこいつを右腕に? 何の意図があるんですか」
サイガはくつくつと喉を鳴らす。
「カキザキ……お前ともあろう男が、こんな事で冷静さを失うなよ」
サイガは右手を口元に当てて笑いを堪えている。そんなサイガにカキザキは目を細めた。
「あんた……こいつの闇魔法で何か企んでるな?」
カキザキの言葉にサイガの動きが止まる。二人の緊迫したやり取りに、奇流も柚も口を挟む余地はなかった。
「……そうだとしたら?」
重いサイガの言葉に、カキザキはしばらく押し黙る。そして口を開いた。
「……別に何も。私は団長になれるならそれでいいですから」
カキザキは唇の端を歪めた。サイガは再度笑う。
「お前は本当に優秀な男だな」
サイガはそう言うと、奇流に向き直る。奇流は唇を噛んだ。
「俺の力を利用して何をする気だ」
奇流の問いにサイガは溜息をつく。
「国王として、この国の潤滑油として使わせてもらいたいだけだ」
奇流は内心舌打ちをした。何かを企んでいる。そう、この力は全てを破壊する闇なのだ。まともな使われ方をしないのは、至極当然の話。奇流は右の拳に力を込める。それでもドクターが自由になるなら。悪魔の囁きが聞こえた気がした。
「もし断るなら、君もワタライも処刑する。答えはすぐに出るはずだが」
にやりと笑うサイガに、奇流は何も言えない。すると今まで黙っていた柚がサイガに牙を向けた。
「そんなの絶対に許さない! 奇流はあんたに利用させない!」
奇流の前に立ちはだかる。「柚」奇流の制止も振り切り彼女は続けた。
「私馬鹿だった……王牙は国民のヒーローだって、ずっと思ってた。でも違ったのね。平気で暴行して、命を軽んじる取引をもちかけて……最低な人達だなんて、思ってもいなかった」
柚の声は次第に勢いをなくす。国民のヒーローのまさかの真実の姿。あまりにショックで、今になって虚無感が自身を襲う。
「サイガ……」口を開いたのは奇流だ。奇流は神妙な面持ちで彼に尋ねる。
「本当に、ドクターは自由になれるのか」
奇流の言葉に、柚は目を丸くする。「奇流?」
「父さんも雅恵さんも……自由になるんだな?」
「……奇流!」
柚は奇流にしがみついた。「何言ってるの?」それでも奇流はサイガを見据えたまま動かない。
「約束しよう」
サイガは笑みを浮かべた。柚はわなわなと震え叫ぶ。
「奇流! 駄目! 絶対に駄目! そんなの嘘に決まってる!」
カキザキが柚の腕を掴んだ。それでも柚は声を振り絞った。
「ねえ奇流、おじいさんもお父さんも、誰もそんなの望んでないよ! 悪い事に利用されるなんて知ったら、皆悲しむよ!」
カキザキは柚を壁に叩きつけた。「うっ……!」背中に受けた衝撃に、思わず顔が歪む。
「柚!」奇流はカキザキに向かった。しかしすぐに「動くな」と柚を顎で指し奇流を止める。
その不敵な笑みが憎らしい。奇流は怒りを抑え睨み付けた。
「奇流、お願い。奇流が利用されるなんて嫌だよ……奇流とずっと一緒にいたいよ……!」
一筋の滴が床に落ちる。柚は奇流を見て言った。
「絶対に奇流もおじいさんも死なせない。だから、そんな取引受けちゃ駄目だよ!」
しびれを切らしたカキザキが、柚に向かって手を振り上げた。「さっきからごちゃごちゃとうるさいな……!」奇流は思わず駆け出したが、すんでの所でその手は柚に届かない。
「やめろ」
サイガがぎりぎりとカキザキの腕を掴みしめ上げる。カキザキは表情を崩さず冷たい瞳でサイガを見た。
「今更善人面ですか」その言葉にはっとサイガは息を漏らした。「貴重な人質だ」サイガは奇流に向き直り告げた。
「一時間だけ待とう」
カキザキは柚を乱暴に引き寄せる。サイガもそれに続くと、「柚!」と叫ぶ奇流を手で制してこう言った。「彼女をもう泣かせるな」柚は何度も奇流の名を呼び、取引に応じぬよう何度も叫んだ。
奇流は何も言い返せず、三人が去った扉を見つめた。
