「光と闇と、魔法使い。」第6話
敵意
歩を進めると、賑やかな声が戻る。学校が終わり生徒が校門をくぐっていた。その中から柚の姿を見つけると、向こうも奇流に気が付いた。柚は晴れやかな顔つきになり、小走りで駆ける。
「いつもありがと、奇流」
柚は申し訳なさそうに言った。
「でも、毎日商店街に来るの辛いよね。……本当にごめんなさい」
俯き小さく吐き出す。まだまだ活気が出る店が並んでいた。夕食の支度の買い出しで客が溢れるからだ。商店街を抜けた先が住宅街のため、この通りを歩く子供は多い。そんな中奇流を認めると、途端に声を潜めて何やら話し込む大人の姿があった。子供達もそれを見て、こちらに目線を移動させる。
「大丈夫だよ。俺は辛くない。柚を見送るのもこうやって迎えに来るのも、俺がやりたいからやっているだけだ」
奇流は笑顔を向けた。「でも」柚は素早く続ける。
「お父さんとお母さんに頼まれたからでしょ」
奇流は立ち止まった。首の後ろをかきながらしばらく何か考え込み、ふっと横を向く。
「確かに頼まれた。けどそれをやろうと思ったのは俺だ。だから柚は、何も気にしないでいいんだよ」
奇流の優しい微笑みに、柚の心は軽くなる。いつもそうだった。生まれながらにして辛い環境でありながら、それを嘆かずいつも明るい奇流に柚は憧れた。柚が悩みを口にすれば黙って聞き、彼なりの解決案を出す。そしていつも最後には、大丈夫だと笑ってくれる奇流に、それだけで柚はいつも救われた。
「またおめえかあ」
聞き覚えのある声が二人の背中を捉えた。この商店街の喧騒の中でもはっきり聞こえる程、周囲を巻き込む強い悪意が滲む声。振り返らずとも声の主はわかった。
「ワタライさんとこの坊ちゃんのお出ましだぞー」
この男はワタライの名を必ず出す。その名に周囲は一斉に注目した。「学校は終わったのかい」声の主はべたついた髭を撫でまわし、二人の前に回り込む。やはり今朝魚屋で会った男だった。
「あ、そうか。おめえは学校に通えないんだよなあ」
わかって言っている。剥き出しの悪意と、ワタライに対する圧倒的な敵意。今まで奇流は嫌と言う程感じてきた物だ。無意識に拳に力が入る。そんな奇流の様子に構わず、男は執拗に視線で舐めまわした。
「おめえさんは可愛い顔してるから、学校に行ったらさぞやモテモテだっただろうよ。残念だったな通えなくて。ぜーんぶじいちゃんのせいなのになあ」
奇流の目が大きく開いたと同時に、柚が大きな声を出した。
「いい加減にしてください!」
すると男は一瞬目を丸くしたが、すぐに「嬢ちゃん、大人しそうに見えて強気じゃねえか」と口角を上げて、柚の腕を掴もうとした。いつも耐えてきた奇流だったが、柚に危害が及ぶのは絶対に許せない。ありったけの力を込めた右手を振り上げた時、「どいてどいてどいてー!」辺りにこれまた聞き覚えがある少女の声が響いた。奇流は柚の手を取りさっと身を引くと、物凄い勢いでその少女は突進して迫る。
「ぶつかるー! どいてどいてどいてー!」「空乃ちゃんおよしよーー」空乃と呼ばれた少女の後ろから、同じく猛スピードで追いかける少年の姿。何事かと皆が振り返った時、どおんと鈍い音がして、空乃と少年はようやく止まった。
「奇流ちゃん、柚ちゃん、こんにちは!」
空乃は右手を真っ直ぐ上に伸ばした。先程までの緊迫した空気をいとも簡単に破裂させた二人に、奇流と柚は思わず苦笑いをして挨拶を返す。
「よお、空乃。風丸」
すると空乃は、両手を合わせて目を輝かせて言った。
「さっすが奇流ちゃん。あたちのスピードに負けない速さで柚ちゃんを守るなんて、見込んだだけの事はあるわ」
「そりゃどうも」
二人は、奇流の腰程の低い身長だった。空乃は栗色の髪を高い位置で一本に結っている。一方の風丸は、丸い瞳と茶色いふわふわしたくせ毛が幼さを増幅させる。
二人はまるでマスコットキャラクターの外見で、妙な出で立ちでもあった。空乃いわくニンジャと呼ばれる物で、遥か昔のニッポンと言う国に存在した者の格好らしい。黒に近い暗い色合いの服を着て、にこにこと笑っている。
「あ! そうだ空乃ちゃん。ああ……おじさん、泡ふいて倒れてるよお……」
風丸は口に手を当て、男を足でつんつんと突きながら困り顔になる。
見ると、先程まで奇流に絡んでいた男が大の字に寝そべっていた。空乃は「あら?」と白々しく首を傾げると、「風丸君! 気にしない気にしない!」と大笑いをしながら背中を叩いた。そしてすぐに倒れた男のポケットをまさぐる。
「ちょっと空乃ちゃん、およしよーー」「けっ、大した金額じゃないわ」空乃は苦虫を噛み潰したように吐き捨てると、大した事がない金額を自身の腰に巻いた巾着に素早く突っ込んだ。
「風丸君がくれたこの袋すんごくいいわ! デザインもあたち好み!」
風丸は「ありがとう、でもお金返し」と言いかけたが、すぐに空乃は奇流と柚に向き直った。
