「光と闇と、魔法使い。」第37話

闇の力を持つ者。

 うっそうと茂る草が、奇流の足を撫でる。あえて管理はされていないのだろうか。ほとんど人が足を踏み入れない村の北側を進んだそこは、ひんやりとした空気が体を包む。奇流は村長の後に続いて歩を進める。
 急に立ち止まった村長に思わずぶつかりそうになりながら、奇流も止まる。眼前に広がるのは四方を囲む鎖。『立ち入りを禁ず』と書かれた看板が中央に配置されている。神霊樹は奇流の数十倍も背丈が高い大木であった。 
 幹や枝に黒く染みが付いており、それはどこか不気味さを感じさせた。あれが人々の血だろうか。奇流は思った。鎖に囲まれ大地に根付き、うっそうとした森の中で佇んでいる。人を癒す力。それがあるかはわからないが、間違いなく当時この国は、この木を巡って悲惨な戦争を起こしたのだ。
 奇流は思わず目をつぶる。
「この木の力はわしにはさっぱりわからん。世界を見守る木。人々の心を癒す木。色々な呼ばれ方をしとったが、それを果たして誰が証明できようか」
 村長は奇流達を振り返り言った。
「この木が何か手掛かりになりそうかね」
 問われた奇流は黙って神霊樹を見つめた。そしてスイとキリハラを交互に見やると、村長に向かって口を開く。
「ドクターの言葉を考えるなら、ドクター失踪に関わる何かがこの村にあると思うんだ。それは具体的に何かわからないけど……」
 奇流が神霊樹を見上げた。この木を巡る陰謀にドクターも巻き込まれた。しかしそれは消滅した話。今になって何故ドクターは失踪したのか。国王の手術の失敗は。様々なピースが奇流の頭を駆け巡る。それがぴたりと当てはまる様相は残念ながら見えない。奇流は知らなすぎるのだ。全て自身がいない時の話だ。人から聞く話を地道に頭で組み立てるしかない。
 奇流は木に向かって踏み出した。キリハラが「いけない!」と声を上げた瞬間――目がくらむ程の閃光が辺りを包むと、奇流は無意識に目をつぶる。どれくらいたっただろうか。瞼の裏で光が消え去るのを感じ、キリハラは前方に目を向けた。
「奇流、君」
 キリハラは絶句した。目の前の光景があり得なかったからだ。村長も思わず目を見張る。ただスイだけが至って冷静に自分の主を見つめていた。
「俺……」
 ぽつりと漏らす奇流に、一同は何も言えなかった。少し前まで神霊樹を覆っていた鎖は四方八方粉々に砕け散り、辺りに散乱する。神霊樹は微かな光を帯び、明らかに先程までと違う様子を一同の前に現していた。
「これは一体……」
 キリハラが唾を飲んだ。村長も唖然とした様子でただそれを見つめている。スイは奇流に近づき、そっと手を取った。
「……奇流さん、何を」
 奇流はかぶりを振った。ただ近づいて、その木に触れようとしただけ。そう、それだけなのだ。奇流の意思とは違う何かが働いた。
「神霊樹、何人たりとも触れる事は許さぬ――」
 重い響きでそう言ったのはキリハラだった。一同は彼女に視線を移した。
「この大陸には、魔法の禁止に伴い結界を張ったと聞いたわ。でも大陸全土を結界で覆う事は困難。そこでたった一本生き残った神霊樹を礎に、何とか結界を張るのに成功したと」
 キリハラはまじまじと奇流を見つめた。自分でもわからない。奇流は戸惑うばかりだ。するとスイがキリハラを見て言った。
「魔法を封じる結界は、そんじょそこらの魔法使いができる芸当じゃない。当時の僕の主人には当然無理だった。しかし王族は主人に詰め寄った。そこで焦った主人は、無数の書物を調べできもしないその場しのぎの結界を張った。神霊樹の力で何とか形にはなったものの、主人は扱いきれない高等魔法の反動で身体に多大なダメージを残し、死んだ。神霊樹はその結界を維持するために強大な力を吸い取られ、現在は今にも朽ちそうでしょう」
 スイは淡々と告げる。五十年前の大戦で光の力として闇に対抗したスイ。魔法の禁止が決まった時、この国を――大陸を魔法の恐怖が再来しないよう周囲から責められた王族は、光の魔法使いに結界を強要した。しかし高等魔法に魔力や技量が追い付かなかった使い手は死に、神霊樹の命も削り、スイ自身も主の死と共に深い眠りについた。
「だから僕は魔法を使っていないでしょう。契約をしても魔法を封じる結界がある以上、僕は無力ですから」
 キリハラは静かに言った。
「それを解くには普通の人間では無理な話。それこそ闇の力を持つ者でない限り――」
 そこまで言ってキリハラの口の動きは止まった。彼女が何を考えているのか、村長は直ぐに察した。そして咄嗟に奇流とスイから距離を置く。
「え、何を……」
 戸惑う奇流に向かって、キリハラは言った。
「まさか君は」
 そして一瞬の間の後、奇流とスイを見据えてはっきりと告げる。
「……闇の力の、持ち主なの?」
 奇流は目を見開いた。
 
 ノックもなく勝手に部屋に入ったが、机に向かう俊成は振り返らずに口を開く。
「サイガさん……何か?」
 サイガはくっと唇の端を歪める。「やってくれましたね」そう伝えると、俊成はゆっくりと振り返って答えた。
「一体何の事で……」
 しらばっくれる俊成に、サイガは大袈裟に肩をすくめた。
「ワタライ奇流をマリベル村へ向かわせたと、部下から報告がありましたよ。私の不在時に勝手な事を……」
 俊成はようやく椅子を回転させると、「勝手?」と自嘲気味に鼻で笑う。
「王族相手に勝手な真似、ですか……」
 サイガは扉に背を預け腕組をする。するといきなり口調が変わった。
「なめるなよ小僧」
 俊成は表情を崩さない。
「お前は終わった人間なんだよ。国王の第一子として生まれただけの無能な存在。あれだけ公務を放棄しておいて今更国王になる? そしてワタライに手を貸す勝手な行動。お前がやっている事は身勝手だよ」
 サイガはまくしたてた。内心の苛立ちを隠さず詰め寄る。
「あなたが国王になると……この国は終わる……」
 俊成は目を細めた。異議を唱えようとするサイガを手で制し続ける。
「僕はあなたの道具となるために存在してきた……しかし気が付いた。あなたはこの国を光へ導く存在ではないと……いい加減化けの皮を剥いではいかかですか?」
 俊成は立ち上がり両手を広げて語気を強めた。
「復讐のためにこの国に忍び込んだ……団長さん」
 サイガの眉がぴくりと動いた。

いいなと思ったら応援しよう!