「光と闇と、魔法使い。」第49話

生きる理由

 その言葉にその場にいた全員の動きが止まった。一番呆気にとられたのは当人であるカキザキだ。思わずナイフを落としそうになるのを何とか堪え、俊成に歩み寄る。
「……は? 何言ってんの? 王牙を解体なんてできる訳ないでしょ」
 しかし明らかにうろたえている。そんな様子を見て俊成はくつくつと笑いを堪える様子で答えた。
「王牙の解体は以前から出ていた案だよ……だってそうでしょ。最近は砦も強化されているし、ガーベルジュの人間が反乱するのも考えにくい……実際に王族を護衛する仕事なんて最近あった?」
 カキザキは素早く歩み寄り俊成の胸ぐらを掴んだ。そしていつもの彼から考えられない叫び声を、この国の王子に向かって浴びせる。
「ふざけるな! 大体そんなのお前一人の力ではどうにもならない! やれるもんならやってみろよ! 団長の……サイガ団長の署名を持って来いよ! 王牙の解体は、団長の同意が絶対だ!」
 俊成は動揺するカキザキを真っ直ぐ見つめて口を開く。
「そうだね……はい、これ」
 俊成の手にあるのは、【王牙解体同意書】と書かれた一枚の紙。カキザキは目を見開いてその文字を辿る。
【王宮専属護衛団・王牙の解体に同意する。団長・サイガ国雅】
「サイガ、国雅」
 カキザキは震える声で漏らした。間違いなく自分の上司の筆跡だ。愕然として何度も文字を目で辿る。
「サイガさんは自分が国王になるから……王牙がどうなろうと知った事ではないんだよ」
 カキザキはしばらく沈黙した。そして次第に体を揺らすと呻き出す。「……サイガあああああああっ……!」
「ねえ、だから君は王牙の副団長じゃない……あえて悪い言い方をすれば、君はただの一般人。わかる?」
 俊成はカキザキの手をそっと自身の襟首から離すと、更に顔を近づけて付け加えた。
「傭兵ギルドに僕が……登録をしておこうか?」
 長年王牙の権力に浸かっていたカキザキのプライドを崩壊させるのに充分な言葉だった。カキザキは頭をかきむしり、子供のように地団駄を踏む。子供の時の誕生日を彷彿とさせる行動だった。
 副団長として君臨してきた男は、自身の唯一の上司によって簡単にきられた。優秀な男。そんなサイガの言葉を鵜呑みにしてしまったか。カキザキはナイフを片手に部屋を飛び出す。
 奇流はすぐさま柚の元に駆け寄った。きつくしめられた縄を解くのに難儀すると、俊成がすぐさま小型ナイフを差し出した。縄から解かれた柚は、奇流の胸元に飛び込んだ。
「っ……!」声にならない声を出し、柚は奇流にきつくしがみついた。奇流もまたそんな柚を黙って抱きしめる。
「ごめんね……そろそろ逃げないと」
 少しの間見守っていた俊成だったが、いよいよ時間がないと切り出した。俊成の言葉に慌てて二人は体を離す。「ごめん」奇流は俊成に向き直る。
「僕ができたのは……王牙の解体を進める事だけだ。君の処刑はどうしても僕の力ではくい止められなかった……」
 奇流は笑顔を見せた。
「いや、充分です。ありがとう」
 柚は心配そうに奇流を見つめる。
「でも、奇流……」
 奇流はかぶりを振る。
「もちろん処刑なんかされてたまるか。とりあえず逃げて時間を稼いで、その間にどうにか方法を考えるしかない」
 奇流の言葉に空乃も風丸も頷いた。
「魔法禁止法違反に該当する処罰をきちんと調べて、不当な処分だって訴えよう。奇流君のおじいさんも捜さなきゃいけないし」
 風丸に奇流は頷いた。「皆、ありがとう」
 一同は駆け出した。

 出口に向かって突き進む。途中何人かの兵士が呻き声を上げて転がっていた。
「どうした!」
 慌てて駆け寄る奇流に、兵士は首を左右に振って答える。
「いいからお前は先に行け……大丈夫だから」
 ナイフで切り付けられたらしい手元を見て、奇流は眉根を寄せた。それでも留まろうとする奇流に、兵士は「いいから……!」と顎で道の先を示す。
「カキザキ……!」
 怒りに狂ったカキザキが、目の前に現れた兵士に次々と切りかかっているのだろう。奇流は舌打ちをする。そして苦悶の表情で頷くと、兵士を置いて走り出した。
 俊成が誘導する裏の出口に向かう。しかしそこは無残に破壊されていた。残されたのは表の扉。リスクは高いがそこに向かうしかなかった。すると皆を制止する声が響いた。
「奇流ちゃん!」
 声を上げたのは空乃だ。一同は足を止める。目の前にいるのはサイガとカキザキだ。
 睨みあった両者。奇流達は回避したかったが、出口を塞ぐ形で会いまみえる両者に成す術がない。奇流は柚を庇う形で、目の前の二人に神経を集中させる。
「あんた裏切ったな……!」
 カキザキの形相は恐ろしく、完全に箍が外れている。それはここにたどり着くまでに見た負傷者の数を見ても明らかだ。そんな彼を見据えるサイガに動揺は微塵も感じられない。むしろこうなる事を予期していたかの如く、至って冷静な表情に見えた。
「カキザキ……考えてもみろ。王牙が果たす役割はもう少ない。戦争が乱発した時代とは訳が違うじゃないか」
 サイガは語り出す。カキザキは何も答えず、肩を上下させながら黙ってサイガを凝視する。
「何、お前ならすぐに傭兵登録されるさ。幸い傭兵は仕事に事欠かない。食うに困る事は絶対にないだろう。それをわかっていてサインしたんだ」
 カキザキの表情が歪んだ。
「……私は、王牙の、団長になるんだ。エリート集団の、頂点になるんだ」
 途切れ途切れに紡ぐ言葉に、サイガは大笑いをした。
「なあ、カキザキ。王牙に何の魅力があるって言うんだ。王宮護衛団とは名ばかり。一般の兵士とやる事はさして変わらない。昔から続く王牙のブランドに、まさかお前まで酔ってしまったのか」
 馬鹿にして吐き捨てるサイガに、カキザキは増々苛立ちを募らせる。
「お前の話は後々きちんと聞いてやる。今はこれから始まる処刑に照準を合わせろ。明日の国王選挙で俺が無事に国王になったら、色々と口利きはしてやるさ」
 話に割って入ったのは俊成だった。
「その人を信用してはいけないよ……」
 カキザキは振り返る。
「サイガさん……あなたは元から王牙も、そして王族も消すつもりなんでしょう」
 俊成の言葉に疑問を呈したのは奇流だ。
「王牙も、王族も消す?」
 キリハラが奇流に告げたあの言葉。サイガの目的はこの国への復讐――。
 俊成は続けた。
「あなたはこの国に強い憎しみを抱いている……私にこの国が犯した過ちを説き、私を常に励まし、傍にいてくれた。そして自分が革命を起こすと誓ってくれた」
 俊成は核心を突いた。
「サイガさんは五十年前の大戦の……ガーベルジュの生き残りなんだよ」
 一同は絶句した。俊成の告白に息を止めてサイガを振り返る。当のサイガは口を開かず黙って俊成を見つめたが、彼の追及は止まらない。
「そして復讐のために、この国に忍び込んだ」
 サイガは目を細めた。そして静まり返る一同を見回すと、次第に肩を揺らし声を漏らす。
 カキザキは唖然とした表情でサイガを見つめた。
「……俺は腐った王族を皆殺しにし、王牙を崩壊させ、全てを消し去る。その為だけに、生きてきた」
 奇流は目を見開いて立ち尽くした。

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