「光と闇と、魔法使い。」第55話

 終章・羽ばたき

その後の彼ら

「それは無理な話だな」
 目の前の商人にきっぱりと涼は言った。
「ええっ。ワタライさん、お金に厳しいなあ」
 商人は頭をかきながらしばし思案し、意を決して声を張り上げた。
「ええいっ! それじゃあ全部まとめて五百リッチだ!」
 涼は納得して財布を取り出す。ほっとした商人は頭をかいて言った。
「商人の半分は町を離れてここに世話になって……。まさかあんたがこうやって買い物に来るなんてなあ……」
 しみじみとする商人に涼は何も言わず、僅かに笑みを浮かべてその場を後にした。
「号外ー、号外だよー」
 狂歌のか細い声が耳に入った。涼は空から降る一枚の紙を、荷物を持つ手と反対側でキャッチする。そこには大きな文字で見出しが躍っていた。
『サイガ国雅氏の陰謀・王族の深い闇とは!』
 涼はふっと息を漏らす。歩きながらそれを眺めた。
『ガーベルジュの生き残りであったサイガ氏は、ヘブンズヒルへの復讐のために忍び込んだ。
 国の乗っ取りを企て――』
 そこまで読むと古い建物が見えた。涼は扉に手をかける。
「……ただいま」
 涼の声に一人の女性が駆け寄った。
「お帰りなさいませ、旦那様」
 雅恵は洗濯物が入った籠を両手に持ち、涼を迎えた。涼は頷くと、買い出しした物をテーブルに並べる。
「これ全てで五百リッチだ」
 誇らし気に語る主人を見て、雅恵は思わず口元に笑みを浮かべる。しかしすぐに真剣な表情に戻り、籠を持つ手に力を込めた。
「旦那様、私は本当に……一緒にいてもよろしいのですか?」
 雅恵は涼の妻、美月の持病の薬をすり替えた。長年それを隠しワタライ家に居続けたのだ。
「……雅恵さん、美月は、わかっていたと思う」
 涼の言葉に雅恵は息が詰まった。涼はゆっくりと続ける。
「雅恵さんのワタライ家に対する気持ちも……痛い程わかっていたはずだ。それでも彼女は彼女なりに、ワタライの為に……」
 雅恵はぎゅっと目をつぶり俯いた。
「美月は気が付いたと思うんだ。雅恵さんの必死の訴えで、きっと……自分の過ちに気が付いたんだと思う。だから……」
「……奥様は……奥様は……」
 涼は雅恵の肩に手を置いて呟いた。
「……やり直そう、また一から。時間はかかっても……全てを、やり直そう」
 雅恵は小さく首を縦に振った。
 
「どいてどいてどいてー!」「空乃ちゃんおよしよー!」
 今日も元気な空乃の声。風丸も笑顔で追いかける。道端にしゃがみ込み、目を凝らしてお金が落ちていないか確認する。空乃の日課にも、彼は根気よく付き合った。
「風丸君、奇流ちゃんと柚ちゃんに会いに行こう!」
 空乃の提案に風丸は同意した。そして踵を返すと、また全力で駆け出した。
「奇流ちゃーん、柚ちゃーん」
 町の北側に二人はいた。花畑が広がり、そこが二人の落ち着く場所だったからだ。
「それにしても五十年でここまで変わるなんてね」
 そう言ったのは柚だ。そう、皆はガーベルジュに身を寄せていた。ガーベルジュは小さな国だが、五十年の時を経て幾つかの町が復興している。その中の一つに奇流達は数か月間の予定で暮らしていた。
 スイとルディの戦いにおいて、ヘブンズヒル城下町は大半の機能を停止していた。学校も壊滅的な被害にあい、復興に向けて少しずつ国民が動き出している。南の村リンシア、そして何と東の国ガーベルジュもヘブンズヒルの住人の受け入れを申し出てくれたのだ。
「全く本当に腐った連中だったな」
 奇流は憤慨する。王族は全てにおいて自分本位な集まりだったのだ。一連の騒動の発端は、確実に彼らにある。
「でもドクターも悪いよな。いくら王妃の頼みだからって、自分が罪を被る必要はなかったんだからさ」
 奇流の言葉に空乃も同調する。しかし柚はドクターを擁護した。
「確かにそうだけど、おじいさん言ってたよね。この国の為に、それを受け入れたって」
 ドクターは長年神霊樹の件に巻き込まれ、心底王族に嫌気がさしていた。しかし時期国王である俊成が父を殺害したとなれば、この国の混乱は免れない。国の未来の為に彼は決断した。しかしそれが自らの息子や孫を長年に渡って苦しめる物になろうとは、思ってもいなかったのかも知れない。
「まあ……もういいか。こうやって今は自由になった。父さんなんか買い物も行くんだよ。今まで雅恵さん任せだったのに、どういう心境の変化かな」
 そう苦笑する奇流を皆は微笑ましく見守る。そして柚は話題を変えた。
「そう言えば、サイガさんはどうなったの?」
 空乃は一枚の紙を取り出し差し出した。
『サイガ国雅氏は王族内の会議において、国外追放処分となった』
 空乃は、勢いよく奇流の背中を叩いた。
「あんな騒ぎを起こしておいて追放処分だけ? 甘すぎない? そんなんじゃまた復讐を企むんじゃないの?」
 奇流は背中の痛みに顔をしかめながら、憤慨する空乃に答える。
「まあな。でもさ、王族もそれを危惧しながら、それでもサイガにやり直すチャンスを与えたんじゃないか? 俊成も王妃も……皆これから少しずつ、自分達の罪と向き合って生きていくんだからさ」
 奇流は花畑を眺めながら息を吐く。空乃は唇を尖らせたが、渋々納得した様子でそれ以上は言わなかった。
「ヘブンズヒルから完全に解放されたガーベルジュが、数日の内にサイガを受け入れるってよ。また一からこの町のために働くのが、サイガができる償いじゃないか」
 奇流の言葉に皆が頷いた。そして俊成にも言及した記事を見て、柚は安堵の笑みを浮かべる。
「王妃様が、一から一緒にやり直しますって。国の復興作業に全力で取り組むって。よかった、皆無事で……」
 そして小さく付け加える。
「人が死んじゃうのは、悲しいから……」
 そんな柚に、奇流は力強く言った。
「……そうだな、柚」
 しんみりとした雰囲気を一掃したのは、空乃の叫び声だった。
「ああああああっ!」思わず奇流は腰を浮かす。
「何だよ! 驚かすな!」
 胸に手を当て怒りを露にする奇流に、空乃は右手を差し出した。
「…………何だよ」
 訝し気に掌を見つめると、空乃がその手で奇流の頬を張り倒す。
「いってえええええっ! 何だよ空乃!」
 突然の傍若無人な振る舞いに、奇流は空乃の肩を揺らす。しかし空乃はされるがまま言った。
「報酬、忘れてない?」
「……報酬?」
 空乃のにやついた笑みが奇流の鼻につく。奇流はその表情に苛つきを隠さず顔をしかめると、しばし言葉の意味を考えた。
「本当に馬鹿ねえ! 人捜しの報酬百万リッチよ! まさか奇流ちゃん踏み倒す気?」
 奇流は呆気にとられて無言になる。しかし次の瞬間空乃が矢継ぎ早に畳みかけた。
「うちに滞在した際の光熱費五千リッチ、食費一万リッチ、お茶代四千リッチ、布団のクリーニング代四万リッチ、締めて合計――風丸君!」
「百五万九千リッチです!」
 風丸がすかさず宣言すると、奇流は首を垂れた。
「……あのなあ……所々相場と合わないし、ましてや布団なんかなかったじゃねえか! しかも最初の話だと百リッチだぞ百リッチ!」
 奇流が空乃の肩を両手で掴むと、空乃は小首を傾げてウインクをし追い打ちをかけた。
「いやー、百リッチだと、色々割に合わないでしょ!」

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