「光と闇と、魔法使い。」第53話

君に託した物

ルディは奇流に向かって声をかける。
「お前しぶといな。ただの人間の癖に、なかなかやるねえ」
 奇流はそれに答えもせず、冷たくルディを見据えた。
「……何だよその顔は。うぜえな」
 そしてルディは首を鳴らすと、ゆっくりと奇流の頭上に移動する。
「お前の主人は俺なんだろ。俺の命令なしで暴走するなよ」
 奇流の言葉にルディは一瞬目を丸くし、その後腹を抱えて爆笑する。
「は? いいよ、ワタライ奇流」
 ルディは闇をまとい、疾風の如く奇流の前に降り立った。そして奇流の手を取り、目を見開いて声を出す。
「俺と契約するか?」
 ルディの言葉と共に、暗闇が辺りを支配する。そんな中、奇流は前を見据えてルディと手を取り合っていた。何も言わず、真っ直ぐにルディを見つめる奇流。
「ほら、お前は俺の主人なんだろ? もう俺の力も尽きそうなんだよ。さすがにいつまでも死んだ主人の力は借りられない。もういなくなるのがわかるんだよ」
 髑髏のネックレスに目をやった。そこから漂う不気味な雰囲気が、奇流にも伝わる。前の主人の怨念が込められ、ルディに魔法を使用させる事を可能としていた。
「な? な? お前だって闇の力が欲しいだろう。全てを支配する快感を得たいだろう。早く俺と契約をして、共にこの世を支配しよう」
 迫るルディに奇流は何も言わなかった。そんな態度を気に食わないルディは、大きく舌打ちをして手を払う。
「結局できないんじゃねえか……。俺が闇だから、ほとんどの人間は俺を拒否する。俺が、光なら」
 ルディはそこまで言って唇の動きを止めた。見開いた目のまましばらく呆然としている。そしてはっと一息漏らすと、首を左右に何度も振って笑い出した。
「ルディ……! 暴走は許さない。私が絶対に止めてやる!」
 奇流の前に立ち塞がったスイを見て、ルディの表情が一変する。笑顔が消え去り、暗い声が響いた。
「止める? お前が、俺を?」
 そして何かを考えるように天を仰ぐと、気だるそうに表情を歪めた。眼球を震わせて、凍て付く視線を二人に向ける。
「光が闇に適う訳ねえんだよ……! でかい口は俺に勝ってから叩きやがれ」
 それが開戦の狼煙となった。
 
 スイはルディに飛び込んだ。しかしルディはふっと上体を反らし、スイの拳を受け流す。すぐさま右足を繰り出すが、これも虚しく空を切った。
「ちっ……!」
 苛立つスイにルディは声を張り上げた。「無駄だ! 打撃で俺に勝ち目なんざねえよ!」そして風の弾丸を無数仕掛けると、スイは両手で顔を庇う。容赦ない風の飛礫がスイの体を直撃する。
「ぐうっ……!」
 衝撃で体が弓なりにしなる。スイは顔を歪めた。ルディは手加減をしている。呪文の詠唱もせず、下級の魔法でスイをじわじわといたぶった。それが堪らなくスイには屈辱だった。
「なあスイ、お前とっととそいつに魔法の基礎を叩き込んでおくべきだったんだよ。それさえもできず俺に勝負を挑むなんざ、百万年はええんだよ!」
 奇流は拳に力を込める。魔法の基礎。悔しさが全身を駆け巡った。とてつもない情けなさが自分を襲う。本来光も闇も、魔法使いの器があって成立する物だ。そう、闇を止めるのは自分の役目だ。その自覚がありながら、自身の力を信用できないでいた。ドクターの家で何度も読んだ書物。それをただなぞっただけでは、効力を発揮しないのは聞いている。しかし自分がいないとスイは無力だ。それを頭でわかっていながら、一歩が踏み出せない。
 ちくしょう、もっと魔法の勉強を――。悔やんだが直ぐに振り払う。今更、遅い。
 混乱の渦にある人々を誘導する涼の姿があった。ルディの暴走により建物は瓦解し、その度に狂乱し叫ぶ人々。町の外へ避難し、少しでもここから離れなくては。その考えが先行し、我先にと押しのけ合い、皆はもつれながら走った。そんな人々の動きに逆流し、柚の両親が広場へ駆ける。柚の手を取り避難を促すが、はっきりと柚は拒否した。
 柚の目線には奇流の姿があった。何度も声を上げて強く引っ張るが、頑なに抵抗する娘の覚悟に両親はそれ以上何も言えず、柚を抱きしめる。同じく逃げる様子を見せない雅恵に、涼が叫んだ。
「雅恵さん! 早くここから逃げるんだ!」
 雅恵は口を半開きにしたまま、主人の顔を凝視していた。声は届いているはずなのに、ぴくりとも動かない。魂が抜かれたような雅恵に、涼はさらに声量を上げて言った。
「雅恵さん! あなたを死なす訳にはいかない! 俺はあなたと共に生きる! だから逃げろ!」
 涼の願いに雅恵は目を見開いた。そして何度か小さく頷くと、群衆の流れに沿って駆け出した。途中何度も振り返るが、涼に促され南へ走る。そんな一連のやり取りと、一目散に出口へ走る群衆を見下ろし、ルディは心底愉快そうに声を上げた。
「おらおらもたもたすんじゃねえぞ!」
 人々に向かい魔法を放とうとするルディに、スイは猛烈な体当たりを見せた。
「っと、あぶねえ」
 それさえも難なくかわすルディ。一つ一つの抵抗は成す術なく、それどころかスイの体力は確実に奪われていく。
 そしてルディは右手をかざすと、聞き覚えのある言葉が辺りに響いた。
「紅蓮の炎は全てを焼き尽くす終焉の狼煙となり――」
 奇流は即座に危険を直感した。マリベル村でルディがこれを唱えた時のスイの様子が思い浮かんだからだ。ルディの破壊対象はもはや奇流とスイだけではない。目の前にいる全てを消し去る衝動が、彼の体を支配している。奇流は上空で繰り広げられる二人の高速の争いを、ただ見つめる事しかできないでいた。
「奇流!」
 奇流を呼ぶ声がする。振り返ると、そこには厳しい表情を浮かべるドクターの姿があった。
「……ドクター」
 ドクターは頷いた。そして奇流を一喝する。
「お前に託した物を、忘れたとは言わせないぞ!」
 その言葉は奇流の体を貫いた。自分に託した物? 奇流は呆然とドクターを眺める。
「我と共に地獄の道を歩み、破滅の世界を築き上げよ――」
 詠唱を中断させようとスイは必死に向かうが、ルディはそれを楽しみながらにやついた表情を浮かべていた。スイの腕が無情にも右に左に空を切る。ルディはまるで歌うかのように小刻みに頭を左右に揺らす。そんな様子を見て、遂にスイの気持ちが折れかかった。
「奇流! お前にはこの国を救う責任がある!」
 奇流ははっとして上空を振り返った。この国を救う責任。光魔法の使い手として、暴走する闇を止める責任が自分にはある。魔法を宿って誕生した者は、よくも悪くも生涯にわたってその力と生きていくのだ。ドクターの叱責を受けて我に返った奇流は、震える声でたどたどしく紡いだ。

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