「光と闇と、魔法使い。」第19話
廃墟にて 奇流と空乃
「さっすが奇流ちゃん! 頭上の攻撃も物ともしないなんて!」
いててとゆっくり上体を起こすと、「空乃」と奇流は呆れた顔で言う。
「奇流ちゃんちに行ったらいないって言うし。もう暗いのに帰らないの?」
スイはペラペラと明るく話す空乃を不審そうに眺める。奇妙な出で立ちの少女。空乃はスイが目に入っていないかと思う程、彼を蚊帳の外に奇流と話す。そんな様子にスイは次第に苛立ちを覚えた。
「いや、まあ。ちょっとやる事があって、当分帰れないんだよ」
奇流の言葉に空乃は猛攻撃を仕掛ける。
「え! 何で何で何で? 何するの! あたちも協力するわ!」
空乃の申し出に奇流は困った顔をした。
「いや、本当に当分帰れないかもしれないんだ。そんなもんに友達は巻き込めない」
すると空乃はにやりと唇の端を歪めた。「百リッチでどう?」親指と人差し指を丸め、お金を形どる。奇流は思わず噴き出した。
「おいおい金とんのかよ」
「あったりまえよ! この空乃ちゃん、どんな事もできますとも! 犬の散歩、五百リッチ。家事代行、千リッチ。落とし穴作成、二千リッチ」
ヘブンズヒルの物価はチョコレート一枚約百リッチ。それを考えれば百リッチで何でも協力する空乃は善人だ。奇流は苦笑する。
「人捜し、五千リッチ」
そのフレーズに奇流ははっとした。その様子を見逃さなかった空乃は、奇流の顔を覗き込んで目いっぱい背伸びをする。
「奇流ちゃん、やっぱりおじいちゃん捜したいんでしょ。あたちわかるわ! 奇流ちゃんは大事なお友達だもん。今回は特別に、友情価格の百リッチであたちも捜してあげる! ね、決定!」
「待った!」割って入ったスイに、空乃は初めて存在に気がついたかのような表情を浮かべ、すぐに「何よ」と無愛想に投げかけた。「商売の邪魔はさせないわよ」
空乃は両手の指を重ね、ぽきぽきと鳴らす。小柄ではあるがサイガとはまた違った威圧感を感じながら、スイはふんと鼻を鳴らす。
「さっきの殺気は何ですか」
眉を潜めて問いただす。
「……さむっ」
空乃は身震いして口をすぼめた。
「ごまかすな! 先程感じたのは間違いなく殺気だ! 友情価格? ふざけないで頂きたい。どこの世界に、大事なお友達を殺そうとするやつがいるんですかね」
スイは追及の手を緩めない。空乃の顔に近づき、今にもぶつかりそうな距離で吐き捨てた。
「よってあなたの協力など不要。今すぐ立ち去れ。それができないなら――」
スイは目を細めた。空乃は何も言わない。しかしすぐにははっと笑いを漏らした。
「殺気? あたちが奇流ちゃんに?」
奇流に視線を変えて空乃は言った。
「当たり前じゃない。奇流ちゃんはあたちが、必ず殺すもの」
さすがのスイもぎょっとした面持ちで固まった。そして奇流を見ると、困ったように笑う姿がそこにはあった。
三人は空乃の家に移動した。中央広場から西へ数百メートル。それ程離れていないのに景色が一変する。廃墟が軒を連ね、明らかに異様な雰囲気を醸し出す。
ここはヘブンズヒル城下町の中で唯一の汚点と呼ばれる地区だった。元は兵士が多く住む栄えた場所だったが、ガーベルジュとの大戦によって多くの犠牲者を出した。それ以来夜な夜な剣を振りかざす兵士の霊が出る、呻き声が聞こえる、夜道を追いかけられたと様々な噂が絶えず、恐怖した人々は次第にこの地区を後にした。それ以来厳重な門で締め切り、人々の往来は最小限に抑えられた。現在は片手で数える程の住人しかいない。空乃もそのうちの一人だった。
「臭い物には蓋をしろか」
スイは辺りを見回しながら呟いた。奇流も複雑な面持ちで辺りを見渡し、空乃に目線を移す。門一つによって、まるで華やかな城下町から隔離するかの如く存在するこの場所に、奇流は来る度に胸が締め付けられた。そんな奇流の様子を察してか、空乃は明るい調子で口を開いた。
「あたちは生まれた時からだから、なれたもんよ」
奇流は空乃の頭を撫でた。「ちょっとー。子供扱いしないでよね」と唇を尖らせる空乃だったが、その表情はどこか照れくささを隠したようだった。二人のやり取りを黙って見ていたスイが、咳払いをして声をかける。
「奇流さんは、ドクターワタライの居場所に見当はついてます?」
奇流が話し出す前に、空乃が割って入った。
「あたちは知らない。大体奇流ちゃんのおじいちゃんなんて、直接会った事ないもん」
「……あなたに聞いていませんよ」
呆れた表情で、スイは若干語気を強めて空乃に言い放つ。
「僕はあなたを信用していない。当然ですよね。自らの主人を必ず殺すなんて言われたら、信用しろと言う方が無理な話だ。なるべくなら関わりたくない。しかし主人が着いて行く以上、僕はそれに従わなければいけない」
奇流はスイの言葉を聞いて、そっと口を開いた。
「ここが空乃の家だよ」
指差した先には、今にも崩れそうなコンクリート造りの平屋が見えた。
「中で話そう」
スイと空乃の肩をぽんと叩き、三人は向かった。
