「光と闇と、魔法使い。」第30話

特別授業開始

 成績優秀者十名とその保護者。その中で奇流は圧倒的に浮いていた。ひそひそと話す者さえいないが、その視線は好奇心を物語る。どうして風丸君と一緒なんだろう。奇流の耳にはそう聞こえた。しかし奇流はなれっこなのだ。自分を取り巻く様々な感情を目の当たりにしてきたからだ。
「君は」
 奇流を見て、対応にあたる城の男が声を出す。すぐに風丸が割って入った。
「母が今回不参加なんです。でも僕一人では不安なので……」
 上目遣いで言う風丸の言葉に、男は困惑の表情を浮かべた。
「よろしくお願いします」
「うーん」と漏らしながら熟考する。自分の一存でいいのか決めかねていると、そこに女が現れた。
「どうしたの?」
 風丸の表情が弾けた。「キリハラさん!」奇流はキリハラと呼ばれた女を見つめた。背は高く茶色い長髪を一つに結び、目は切れ長で色白だった。男は「実は」と奇流を横目に説明する。
 キリハラは事態を理解して奇流を見た。奇流は軽く会釈をすると、キリハラは男に声をかける。
「入れてあげなさい」
 思いもよらない言葉に男だけでなく、奇流も驚いた表情をした。
「でも……この子は」
 男は言葉を濁した。しかしキリハラは動じず、風丸に向かって口を開く。
「今回も一番だったのね。さすがだわ」
 風丸は照れた様子で頭をかいた。そして「では皆さん、お入り下さい」とキリハラが促すと、皆は奇流達を気にしながらも進み出す。男はなおも食い下がろうとするが、「何かあれば私が責任を持つ」とはっきり告げたキリハラにそれ以上何も言えず、皆の列を追いかけるように城内へと進んで行った。
「あんた、どうして」
 奇流が漏らすと、キリハラは特段表情を変えず答える。
「特に理由は」
 そして颯爽と歩き出すと、風丸は奇流に向かってウインクをし「やったね」と囁いた。
 奇流も「ああ」と返す。生まれて初めて足を踏み入れる城を見据えて歩を進めた。
 中央広場より北へ進み、長い階段を上る。万が一の敵の襲撃に対応できるよう広場より高い造りになっており、厚い城壁がぐるりと四方を囲む。正面は常に二人の門番が睨みをきかせていた。
 一歩中に踏み出すと、奇流は感嘆した。煌びやかな装飾に彩られ、思わず目を細めたい程の色彩が突き刺さる。右に左に顔を動かす奇流を見て、風丸は小さく笑った。
「だって仕方ないだろ、初めてなんだし」
 風丸を見下ろして奇流は唇を尖らせた。
「ごめんね。あ、もうすぐ授業がある部屋だよ」
 そう言って指差した先に、一枚の扉があった。奇流達は最後だ。入口をくぐると、既に全員が着席してこちらを振り返る。奇流は前を見据えた。奇流の目が捉えたのは、一人の男の姿だ。国王の実子でありながら、表舞台から姿を消した男――ツヅキ俊成だった。奇流は唾を飲み込んだ。
「席はそこだよ……」
 空間が静寂だから聞こえたのだ。俊成は耳をそばだてないと聞こえない程小さく、奇流に向かって声をかけた。俊成の横に腰かけたキリハラは、無言でマイクの音量をオンにする。彼女もまた、長年引きこもりだった俊成の肉声を久しぶりに聞いたのだろう。
 促された二人は会議室の一番後ろ、左後方に着席した。風丸は姿勢を正すと、奇流同様穴が開く程俊成を見つめる。
「全員揃ったので……授業を開始します」
 マイクのおかげで、一番後ろの奇流達にも声は届いた。風丸はいそいそとノートとペンを取り出した。奇流は辺りを見渡して、他の生徒の保護者を観察する。すると大人までもが筆記用具を取り出し、勉強する姿勢を見せていた。「まじか」奇流は小さく漏らしたが、すぐに前に向き直る。
「あ、自己紹介を……しようか」
 思いついたように言う俊成に、キリハラは小さく頷いて続きを促した。
「僕の名前はツヅキ俊成……三十五歳……皆さんはほとんど見た事がないかもしれませんが……一応国王の長男です」
 とつとつと告げる俊成の一言を逃すまいと、皆がペンを走らせる。簡単な自己紹介までも、自らの知識として吸収する姿勢が見て取れる。
「時期国王選挙に立候補していますので……皆さんよろしく……」すると咳払いが聞こえた。キリハラである。
「俊成様。建物内での選挙に関する発言はお控え願います」
 俊成は「ああ」と思いついたように言った。「選挙法を気にしているのかい……春香はるかはまじめすぎる人間だね」くっと唇の端を上げると、初めて奇流はその女性が春香と言う名前だと知る。名前で呼ばれた違和感からか、キリハラは露骨に顔をしかめた。
「まあ、そうだね。やめておこう……勘違いして欲しくないのは、決して選挙に出るから今回の授業を引き受けた訳じゃないんですよ……」
 俊成は笑いを堪えた様子で言った。一同は笑っていいものか悩んだ曖昧な表情を浮かべて俊成を見る。写真で見た無表情ではない彼に、奇流は意外性を覚えた。決して表情豊かではないが、とっつきにくさは感じられない。

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