人工美と自然美の調和「グラングリーン大阪」/ホテル阪急グランレスパイア大阪
大阪・関西万博を訪れるついでに、35年ぶりに梅田に立ち寄り。余りの変貌ぶりに驚き、思わず「ここホンマに大阪か?」とキョロキョロ。かつて雑然とした梅田貨物駅だった跡地は「グラングリーン大阪」という、まるで外国映画にでも出てきそうな洒落た街並みに。キラキラ輝く高層ビル、スタイリッシュな人々!! ランチで入店したタイ料理のレストランでは、妻はガパオライスとアイスレモンティーを注文。 私は「中身は昔ながらの大阪のはずや!」と、グリーンカレーと「冷(レイ)コー!」と懐かしい単語で試してみました。アイスコーヒーを意味する、大阪ならではの響き。すると店員さん、一瞬の沈黙ののち「失礼ですが・・・もう一度よろしいですか?」と事務的な反応。隣席のお客さんの怪訝そうな視線が私に注がれ、顔から火が出るとはこのことです。内心で「そこに愛はあるんか?」とぼやきながら、店員さんにアイスコーヒーと訂正。妻からも「そんな古典、通じるはずないじゃん!」と冷ややかなお言葉。大阪は見た目だけではなく、中身までスマートにアップデートされていました。
初日は夜間チケットで、アメリカ館・イタリア館等の人気パビリオンを予約なしで狙う戦略。早めにホテルにチェックインしようと探したものの、場所が分かりにくく一苦労。地元のサラリーマン風の人に尋ねても、ヨドバシカメラの上にある「ホテル阪急レスパイア大阪」を案内される始末。今年3月開業の「ホテル阪急グランレスパイア大阪」は、「グラングリーン大阪」南館サウスタワー内にあります。5階はフロント・ロビー・レストラン等、7~25階はスタンダードフロア、26~27階はクラブフロア。「ホテル阪急レスパイア大阪」の上位ブランドで、より質を高めた空間を目指しているようです。緑や木のぬくもりを感じさせるアースカラー基調の木家具や、天井から床までの大きな窓は開放感があり、自然体でくつろげる空間です。
朝食は5階、オールデイダイニング「MAISON VERTE(メゾン ヴェルテ)」、営業時間は7:00~10:00(ラストオーダー9:30)で、万博東ゲート9時到着とすると7:00開始はそれほど余裕がありません。どちらも大阪・梅田駅至近でアクセス抜群のホテルですが、何故このように間違えやすい名称にしたのでしょうか??? 翌日、万博会場からホテルに戻る際は、以下の通り行くと迷うこともなく徒歩4分ほどでした。
1.JR大阪駅の「うめきた地下口」改札を出て
2.「グラングリーン大阪 南街区」方面の地下通路を直進し
3.サウスタワー(ホテルが入る棟)のエレベーターで5階ロビーへ
「グラングリーン大阪」は、「うめきた2期地区開発事業」のプロジェクト名で、オフィス・商業施設・ホテル・住宅・都市公園を含む複合施設の名称です。開発地は梅田の北側、旧梅田貨物駅跡地(北ヤード跡地)です。「梅田」という地名の由来は「埋田(うめた)」。つまり、湿地を埋め立てて田にした土地です。江戸時代このあたりは低湿地で、堂島川や曽根崎川の氾濫で水はけが悪く、水田にするため埋め立て・整地が行われました。当初は農地として利用され、都市の中心部(大阪城下町)の外縁に位置するエリアだったということです。
1874(明治7)年に大阪駅が開業。駅の開業と同時に、梅田周辺は商店や旅館、荷扱い施設が集まって急速に市街化。1901(明治34)年には貨物駅(後の梅田貨物駅)が拡張整備され、高度経済成長期に物流拠点としてフル稼働、大阪の経済を支えました。
1970年代以降、貨物輸送は「コンテナ輸送」が主流になり、都心部に大量の貨物列車やトラックが出入りするのは渋滞や環境面で限界に。1980年代以降、貨物輸送の拠点が吹田・百済・淀川貨物駅などに移り、梅田貨物駅は衰退しました。梅田の機能が縮小したのは再開発のためではなく、貨物輸送の全国的な機能再編が主因のようです。2000年代には「梅田北ヤード再開発(うめきたプロジェクト)」が本格始動。2013年には「グランフロント大阪」(うめきた1期)が開業。2024年以降「グラングリーン大阪」(うめきた2期)が順次開業予定のようです。
北街区と南街区を分け「うめきた公園」を東西に横切る通りを歩いていると、工事中のフェンスに梅田の歴史が掲示されていました。大阪勤務で5年間暮らした20代の頃が懐かしく甦ります。真新しい商業施設のガラス壁面に映る古ぼけた老夫婦の姿。隣にいる大阪のおばちゃん、この地で出会った今の妻です。時の経過はなんと残酷なことか・・・。












































2025.07
