天守閣なき名城/鹿児島(鶴丸)城跡 御楼門
鹿児島市内を歩いていると、史跡のスケールの大きさに圧倒されます。その代表格が、かつての薩摩藩主・島津家の居城であった「鹿児島(鶴丸)城跡」です。「鶴丸城」という愛称は、背後にそびえる城山の形が、まるで鶴が羽を広げたように見えることに由来するのだとか。驚くべきことに、この立派な石垣に囲まれた城には、日本の城の象徴である天守閣が一度も建てられませんでした。なぜ、一国一城の主である島津家が、あえて天守を設けなかったのでしょうか。
その理由は、島津家に伝わる有名な格言「城をもって守りとなさず、人をもって守りとなす」に集約されているのだそうです。武田信玄の「人は城、人は石垣、人は堀」と同じように、組織における人材の大切さを伝える言葉です。立派な建物や高い天守は、戦いにおいてはかえって目標になり、最後には籠城して逃げ場を失うだけの飾りに過ぎない。それよりも、厳しい鍛錬を積んだ武士たちこそが最大の防御であるという信念です。
この鶴丸城跡を巡っていて、ふと思いを馳せたことがあります。それは、薩摩の地が育んできた石の文化と、そこから生まれた現代のイノベーションです。鹿児島は火山灰の堆積層であるシラス台地など、火山がもたらした厳しい自然環境の中にあります。島津家は古くから、この土地の素材を活かす技術を磨き続けてきました。島津斉彬公が幕末に推進した「集成館事業」のなかに、このシラスを有効活用して日本初の洋式磁器(薩摩ガラスや耐火レンガ)を開発するプロジェクトがあります。粘土や火山灰という土や石の成分を高温で焼き固め、新しい素材を生み出す素材革命こそが、現代のセラミックス産業の技術的な源流となっています。
この素材を科学するという精神、鹿児島出身であり京セラの創業者である稲盛さんに受け継がれているように思えて仕方がありません。京セラが世界を席巻したファインセラミックス技術は、石の研究の極致。まさに人工的に完璧な石(結晶)を育てる技術が、現在の半導体産業を支える重要な基盤技術になっています。
敷地内には、藩校「造士館(ぞうしかん)」の流れを汲み、現在の鹿児島大学の前身のひとつである「第七高等学校(七高)」の石碑が建立されています。かつて学問を志した若者たちがこの地で研鑽を積み、それぞれの分野で日本の近代化を切り開いていきました。天守閣なき城跡に立って思うことは、目には見えない人の力、人を育てるという伝統こそが、未来への礎だということです。





















2026.01
