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歴史の儚さ・切なさを感じる竜宮城の様な水天門/赤間神宮

「壇ノ浦古戦場跡」の散策、「平家茶屋」での昼食の後に訪れました。車で5分程です。
平安時代末期の1185(寿永4)年、源氏と平家の最後の戦いとなった「壇ノ浦の合戦」。
最初は平家の船団が優勢でしたが、潮流が急変し接近戦になり戦況が逆転、源氏が優勢になりました。敗戦を覚悟した二位の尼(平時子)は、「海の底にも都はあります」と8歳の安徳天皇を抱いて海峡に身を投じ、平家一門は滅亡しました。
「赤間神宮」は、わずか8歳で関門海峡に入水された平清盛の孫である安徳天皇を祀っています。壇ノ浦を望む水天門は鮮やかな竜宮造りで、二位の尼の願いを映しているそうです。
神社であるにもかかわらず、境内には「平家一門の墓(七盛塚)」があります。明治になるまでは「阿弥陀寺」というお寺でしたが、神仏分離令により「赤間神宮」となったようです。高浜虚子の句碑には「七盛の・・・」とありますが、「盛」のつく名の武将の塚は、六基しか見当たらず疑問が残りました。2018(平成30)年、「赤間神宮水天門及び回廊」は国の有形文化財に登録されています。

2021.11

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