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覚え書き。

去年からどうしても行きたい場所があった。
ホテルはいつも満杯で、タイミングのよい連休もなかなか無く、
まぁ、いつか行けるだろうとのんびり構えていた。
それが急に行ける予定が立ったのは先月のこと。
気持ちは上がったが、丁度そのころ愛猫の調子が悪く、
この子の状態で決めようと思っていた。
でも、そう日にちも経たない内に18歳だった我が家の愛猫は
旅立つこととなった。

私はひたすら泣き、少しずつ気持ちを持ち直して、
8月を迎えた。
旅行は7日から1泊で行く予定にしており、
楽しんで来ようと思っていた。

しかし8月1日、急に腰痛が出現した。
若かりし頃からの持病である、坐骨神経痛の再発だった。
半年くらい前に数年ぶりに再発し、寛解していたところだった。
またやってしまった!と思ったが、いつも3日程度で治まるので気楽に考えていた。
しかし今回は一向に治らない。なんなら悪化の一途をたどる。
仕事もろくに出来ず、いよいよ休まなければならない状態になった。
旅行をどうしようか迷いに迷ったが、こんな状態で行っても楽しくないと思い、
泣く泣くキャンセルの手続きを開始した。

旅行に行けなかった悲しさはあるが、
7月中旬から今日まで、沢山感じることがあった。
愛猫の旅立ちは、すごく悲しかったけど、
猫が私にくれていた優しさや、生きるということへの向き合い方を教えてくれた。
猫を介護する夫の献身さ、思いやり、愛情は、
尊敬に値するものだった。
それは私にもちゃんと向けられ、今回の腰痛しかり、インフルエンザやコロナにかかった時もそうであった。
旅先の色んなキャンセルの手続きも、仕事先の仲間も、みんなすごく親切で優しかった。
こんなに自然と「ありがとう」という感謝の言葉がでてくる日々に、すごく幸せを実感した。

そしてこの腰痛は、身体からの限界の合図だと思った。
「〇〇しなければならない」にしばられ、
沢山の情報に振り回され、
ちっとも自分と向き合っていなかったことに気付いた。
気付いたというか、ずっとそうだった。
だから、身体や心の奥底のものが求めてるものなんてわからないし、
感じ方もわからない。
今回の腰痛が原因で片足の筋力が低下して、足首が上がらなくなっていたことさえ、自分では気付けなかった。

なので、一旦SNSを遮断…とまではいかないが、最低限にしてみることにした。
自分がやってみたいと思えることだけやる。
癖で色々動きたくなるけど、今は自分の復習の期間。
そうすると、なんだか自分のこれからのテーマが見えてきた気もする。
でも、またそれに縛られないように、今はゆっくりする。


どこかに行かなくても、
何かに参加しなくても、
学び、気付けることは沢山ある。

すぐに「しなければならない」「こうあるべきだ」に縛られるので、
忘れないように覚え書きでした。


ありがとうございました。


JUN

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