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老後、あこがれの田舎より、クルマなしで暮らせる場所が正解?

田舎の古民家に心を奪われかけたことがある。

広い庭付きの古民家。縁側に座って湯飲みを片手に庭を眺め、畑では季節の野菜を育て、朝は鳥の声で目覚める。好きなだけDIYで家に手を入れる。
そんな絵を、勝手に頭の中で描いていた。

妻に話したら、一言で終わった。
「私は田舎はムリよ」
完敗である。反論の余地がなかった。

移住系のサイトを眺めていると、都会では考えられないような値段で広い古民家が出ている。ああいうのを見ると、つい夢が膨らむようにできているのだと思う。

だが冷静になってみれば、私は庭の草むしりを毎週喜んでやるタイプではない。草むしりがイヤで、庭は人工芝を敷いた。畑仕事も、収穫の場面だけはワクワクする想像をするが、大きな畑で毎日の水やりや草取りのことはすっぽり抜け落ちていた。

都合のいいところしか想像していなかったわけである。

脳は定年後に「休ませてくれ」と言う

なぜ田舎暮らしに気持ちが傾いたのか。あとから調べていて、ひとつ思い当たる話に出会った。「注意回復理論」というものだ。

人間の脳は、毎日かなりの量の情報を処理している。現役時代であれば、納期、人間関係、会議、メール。常に何かに注意を向け続けている状態だ。便利な都会暮らしは、その分だけ脳への刺激も多い。

そこで言われているのが、自然に触れることで注意力や集中力が回復しやすくなるという考え方である。山を眺める、鳥の声を聞く、ゆっくりとした時間の流れ、そういう場では、無理に集中しなくても脳が勝手に休んでくれるらしい。

バカの壁の著者 養老猛司さんのyoutubeに、人間は自然と距離をおくことにより、感性がどんどん鈍くなっている、という話が頭の片隅に残ってしまったのかもしれない。

だとすると、定年後に田舎暮らしへ憧れる人が多いのも、わからなくはない。長年こき使ってきた脳が、もう少し静かなところで休ませてくれと訴えているのかもしれない。私が古民家に惹かれたのも、案外、単なる田舎への憧れというより、働き続けた脳からの催促だったのだろう。

成功談は記事にならない

田舎暮らしについて調べていて、もうひとつ気づいたことがある。

「移住して人生が変わった」という話より、「移住して後悔した」という話が、ネット上ではほぼ同じくらいの熱量で出てくる。人気があるならもっと成功談ばかりでもよさそうなものだが、そうはなっていない。

これはたぶん、成功した人の話が地味すぎるせいだと思う。「特に問題なく、毎日穏やかに暮らしています」では、誰も読みたがらない。一方で失敗談には「そんな落とし穴があったのか」という驚きがあり、読む側も「自分は用心しよう」と少し安心できる。

失敗談が目立つのは、田舎暮らしの失敗率が高いからではなく、単に失敗談の方が話として面白いからなのだろう。

20年後の自分は、今の自分とは別人である

田舎暮らしを思い描くとき、人は先に美しい部分を見る。広い庭、自然、新鮮な野菜、ゆったり流れる時間。

だが現実には、庭の草刈り、庭木の剪定、車がなければ何もできない不便さ、近所付き合いといった側面もちゃんとある。理想の裏には、必ず生活という現実がくっついてくる。

そしてシニアの場合、もうひとつ見落としがちな視点がある。
「今の自分」と「20年後の自分」は別人だという点だ。

60代なら車も運転できるし、多少遠くても歩ける。だが80代になって車を手放したら、話は変わってくる。今まで車で10分だった距離が、歩く人間にとっては急に大きな壁として立ちはだかる。

だから老後の住まい選びで大事なのは、「今、気持ちがいい場所か」ではなく、「将来、車がなくても暮らせる場所か」という、あまり心躍らない視点の方だったりする。

それで結局、今の家かぁ

高齢者の住み替えに関する調査を見ても、実際に重視されているのは買い物の便利さ、医療機関へのアクセス、交通の便といった、わりと地味で現実的な項目ばかりだ。壮大な自然や広い庭を最後まで求める人は、思ったより少ない。

私が今住んでいる場所を見てみると、気候は温暖、買い物にも困らず、病院も近くにあり、駅にも歩いて行ける。老後の生活条件としては、意外とそろっている方だと思う。無理に住み替える理由が見当たらない。

クルマを手放した後の生活がどうかで、私の田舎移転の夢も消え去った。

妻に言わせれば、

「あなた、庭いじりをしていて、夏に熱中症になったじゃない」

……返す言葉がない。理論武装したつもりが、実績で負けている。

だが、それだけでもない気がしている。自然に癒やされたいのは休日の自分で、安心して暮らしたいのは老後の自分だった。

シニアの法則
人は疲れると自然を求める。しかし老後に必要なのは、憧れの場所より、クルマがなくても暮らせる場所らしい。


著者について
研究員として仕事をして気づけば40年。昨年、63歳で定年退職して1年が過ぎた。このブログは元研究員の視点から感じる勝手なひとりごとである。