見出し画像

【子育て】「この学年はコロナ世代だからコミュニケーション能力に問題がある」と言われたときの違和感

中学一年生の保護者会で、先生が言った。

「この学年は、コミュニケーション面に課題が見られます。小学校入学の時期にコロナの緊急事態宣言があって、人との関わりが制限された世代ですから」

実はこれは、中学校だけでなく小学校でも何度か聞いたことがある言葉だった。

たしかにそうだと思う。
この子たちは、入学してすぐに日常が変わった。

給食中の会話制限。
行事の縮小。
グループ活動の減少。
休み時間さえ距離を意識した。
マスクで表情も見えにくかった。

本来なら自然に積み重なるはずだった「人と関わる経験」が、確かに少なかった世代だ。

だから先生たちが「例年と違う」と感じること自体は、たぶん本当なんだと思う。

でも、その説明を聞くたびに、残る違和感がある。

本当にそれだけなんだろうか。

コロナは大きな要因。でも“説明装置”にもなりやすい

コロナは大きかった。
それは間違いない。

でも大きな出来事ほど、後から「すべての説明」に使われやすい。

昔なら、

「ゆとり教育だから」

「スマホ世代だから」

「少子化だから」

そんなふうに、その時代ごとのラベルで子どもたちを説明してきた。

今はそこに「コロナ世代」が加わった。

もちろん背景としては重要だ。
でも背景が、そのまま原因になるわけではない。

そこを混同すると、子どもの実態が見えなくなる。

「コミュニケーション能力の問題」という言葉の粗さ

先生が言う「コミュニケーション能力が低い」という言葉も、実はかなり大きい。

友達間のトラブルがおきている。
トラブルを解決できない。

人とぶつかって、どうしたらよいか考える機会が少なく成長した。

ということらしい。



コミュニケーション能力・・・その中には、

・自分の気持ちを言えない
・相手の話を聞けない
・誤解しやすい
・ぶつかったあと修復できない
・空気を読みすぎて黙ってしまう

こんなふうに、全く違う課題が混ざっている。

でもひとまとめにすると、「この学年はコミュ力が低い」で終わってしまう。

そうすると、何が起きているのかが見えなくなる。

これは、原因の単純化と同じくらい、課題の単純化でもある。

今の中一は、本当に“低い”のか

学校で評価されやすいのは、

・みんなの前で話す
・意見を調整する
・衝突を話し合いで解決する

という「学校型コミュ力」だ。

でも今の子どもたちは、それとは別の形のコミュニケーションを育てている。

だから「弱い」と断定するより、「育ち方のバランスが変わった」と見るほうが近い気がする。

原因を一つにすると、手当てもぼやける

いちばん怖いのはここだと思う。

「コロナのせい」で終わると、今必要な支援が見えなくなる。

本当は、

話し合いの練習が必要なのか。
感情を言葉にする力が必要なのか。
断り方を学ぶ必要があるのか。
距離感の取り方を知る必要があるのか。


子どもたちに必要なのは、世代ラベルではなく、具体的な経験と具体的な支援だと思う。

違和感を持つことは、否定ではない

「コロナの影響はある」

これはたぶん本当だ。

でも、

「だから今こうなっている」

と一本線で結ぶことには、慎重でいたい。

その違和感は、反発ではない。
もっと実態を見たいという感覚だ。

子どもを理解するためには、その解像度が必要なんだと思う。

“コロナ世代”という言葉の便利さに寄りかかる前に、
今目の前にいる子どもたちが、実際にどんなふうに困り、どんなふうにつながろうとしているのか。

いまいち実態が見えてこない。

いいなと思ったら応援しよう!

さりー よろしければ応援お願いします。記事を読んでいただき、ありがとうございます!