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第1話 発達特性がある子供を中学受験させようと思ったきっかけ①

大きなきっかけ。
それは新型コロナウイルスの感染拡大でした。通常の生活を含めて多くのものを奪い去りました。子供も好きなことを思い切り楽しむ機会を失い、行き場のないストレスを抱えていました。そのストレスは、残念ながら、弱い立場の子ども、抵抗しない子どもたちへと向けられていきました。学校もまた、未曾有の事態に試行錯誤を繰り返すばかりで、子どもたちの苦しみに十分に対応できているとは言えない状況でした。

子供もまた、この見えない圧力に苦しめられていました。以前はあんなに明るかった子供の笑顔が、次第にぎこちなく、そして少なくなっていくのを見るのは、母親として何よりも辛いことでした。私自身もまた、子どもが笑顔を失っていく中で、深いストレスと無力感を抱えていました。子供のエネルギーは発散されず、本来持っていたはずの好奇心も育っていないように感じましたが、どうすることもできませんでした。

特に心を痛めたのは、大好きなはずの算数でした。ペーパー問題ばかりになってしまった算数は、発達特性を持つ子供にとって大きな負担となり、得意なことで褒められる機会が減ってしまったのです。子供はきっと、「どうせ見てもらえない、認めてもらえない」と、心の中で諦め始めていたのかもしれません。これでは、私がこれまで大切にしてきた「子どもの好奇心や好きなことを伸ばしてあげる」という子育てとは真逆の状況です。私のキャリアよりも優先して頑張ってきたのに、報われないと感じ、私自身も満たされず、苦しい日々でした。

ある日、久しぶりに登校した子供の笑顔は、やはりぎこちないままでした。私の直感は、何かあったのだと告げていました。大好物を作って食卓を囲む中で、子供は少しずつ、その日の出来事を話してくれました。それは、いじめに近い行為でした。帰り道に「葉を食べろ」「紙を食べろ」と命じられ、最初は拒んだものの、最終的には言われた通りにして我慢したというのです。その話を聞いた時、想像を絶する子供の苦痛を思い、私の胸は張り裂けそうでした。もしかしたら「なんて弱い子だ」と思う人もいるかもしれません。しかし、子供にとっては、それに従わなければ明日もっとひどい目に遭うかもしれないという、必死の葛藤の末の選択だったと思ったのです。そんな子供を見て、私は「なんて無力なんだろう」と、自分を責め続けました。

しかし、その絶望のふちで、私の中に一つの強い覚悟が芽生えました。「絶対に、いじめた子どもたちよりも幸せな人生にしてあげるんだ」と、心に誓ったのです。

学校にはすぐに相談しました。加害者も分かっていました。しかし、学校側は「からかいの一種」と捉えていたのかもしれません。コロナ禍で皆に余裕がなかったことも理解できます。結局、加害者側がテーブルについてくれることもなく、話し合いは進みませんでした。私にできる精一杯の願いは、次のクラス替えで子供と加害者を違うクラスにしてほしいということだけでした。小学校1年生から様々なからかいや誤解、いじめに遭ってきた子供は、もう「たたかうこと」に疲れ切っているように見えました。私ももう、学校が状況を変えてくれるとは思えず、自分たちで環境を変えていこうと思い始めていました。

けれど、具体的に何をどうしたらよいのか、全く分からない手探りの状態でした。

そんなとき、一つの出会いがあったのです。

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